クロ枕
夏の夜は暑い。
健康とか美容とかに配慮して、なるべく眠る時はクーラーを使わないようにしている。
しかし、そんな事はもうどうでもいいからつけてしまおうかと真剣に考えたり、実際つけてしまったりするのが、去年までの私の日常だった。
そう、去年までの!
暑くなって知った新事実なのだが、クロは体温を変えられる。
この巨体がひんやりしているとか、今でも私は自分が何を言っているのか分からない。
どうも、冬場ぬくぬくしているから大抵クロを暖房器具だか超高級寝具だか分からないような扱いをして、つまり一言で言うとくっついている状態が、クロとしては嬉しいらしい。
そして、段々と暑くなるにつれて、あんまり私がくっついてこない事に気が付いたクロは、自分から体温を下げるという荒技に出た。
クーラーと違って廃熱も発生していないのだが、一体この子どうなっているのだろう、と、もう何度目になるか分からない疑問が頭に浮かぶ。
でも、宇宙の八割を占めるという暗黒物質を観測する事も、核融合で無限の電力を得る事も、今の人間にはできないのだ。霊的な超大型犬がどうやって熱を発生させたり、逆に冷やしていたりするかなんて分かるわけがない。
大事な事はたった一つ。
暑い中、常にひんやりとした毛皮という、夢にも思った事のない新感触を味わう事だ。
保冷剤ほど冷たくなく、しかしくっついていると汗が引く。それでいて夏、暑苦しくなりがちの起毛した毛が何かと荒れがちな心と肌をくすぐって、くっつくと、しばらく離れたくない。
離れる理由も、ない。
真夏の夜に、クーラーをつけずに眠るのがこんなに幸せに感じる日が来るとは。
――今、私より幸せな人間は、きっとこの世にいない。
「おやすみ、クロ」
とても傲慢な確信を抱きながら、ひんやりとした黒い毛皮にうもれるようにして安らかな眠りについた。




