クロとお昼寝
シャワーを終えると、まだ寝るには早いが、今日は外に行く予定もないので寝間着になる。白いTシャツに、水色の薄い生地のパジャマの下というラフな恰好だ。
髪もきっちりと乾燥させ、さっぱりとした所で、クロの所へ行く。
丁寧に仕上げたふわふわ感を背中で崩す、背徳的とさえ言える快感を味わいながら、悠然と寝転がるクロにもたれかかった。
左手で背中からふとももにかけて、右手で背中から首筋にかけての毛を撫でる。
このふわふわが、世界だ。
奇妙な全能感が私を支配した。
争いとは、この感触を知らぬ者の愚かな所行に過ぎないのだ、とかよく分からない考えが脳の隅々まで行き渡るようだ。
実際の所、これが幸福だ。この幸福を誰かが壊そうとするなら、私は戦うだろう。けれど、それ以外で争う理由など今の私にはない。
今この場でクロと触れ合う事以上に大事な事など、何もない。
全身の力が自然と抜けていく。力を抜こうと意識して抜いた、力の入った脱力感ではない。ただ自然体でいればいいのだと、心が安らいでいく。
目を閉じると、そっと、クロの首筋の毛に顔をうずめた。毛先が頬や首筋に当たってくすぐったいのは一瞬で、すぐに落ち着く。クロがぱさりと尻尾を私にかぶせてくれた。
静かに息をする。シャンプーの匂いがした。
クロは、体臭が薄い。犬を飼っている友人の家に行った時は、家の中に漂う濃い獣の匂いを意識する。残り香でそれなのだ。触れ合う時はもっと強く感じる。
クロは、それが薄い。
この子は、獣ですらないのだと感じるのは、そういう時だ。
シャンプーした今は、僅かな体臭もシャンプーのフレグランスに塗り潰されて分からなくなる。犬用ではなく人間用、もっと言えば今の私が使っている物と同じだ。
自分と同じ匂いがする生き物が隣にいるという事実に、不思議な安心感を覚える。
クロも目を閉じるのが分かった。お互いの静かな呼吸に、心臓の鼓動が時折重なる。比較的エコに配慮した設定温度のクーラーが努力している証の乾燥した冷気の中、確かな温もりを伝えてくる毛皮にうずもれていると、もう何もしたくない。
いや、ずっと、こうしていたい。
そして、それを邪魔するものなど、今の私の世界には、何もなかった。
激しい夕立の音で目覚めた。窓ガラスに雨粒が当たっている。
黄昏時、閉め切られたカーテンのせいで薄暗く、閉じた目に優しい闇を感じる。ひんやりとした空気の中、しかし肌に触れているのは、あくまでぬくぬくの毛皮。
名残惜しさを感じながらも目を開けると、こちらを見つめている黒犬さんと目が合った。
「おはよう、クロ」
こんな贅沢な昼寝をしたのは、生まれて初めてだ。
ああもう、脳味噌蒸発しそう。
にっこりと微笑んだ。
「ご飯にしよっか」




