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ブラックドッグのいる日常  作者: 水木あおい


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13/26

クロ尻尾

 ここ数日、クロを抱き枕にしたり、枕にしたり、背中合わせに寄り添ったりと、クロとの距離が近い。

 黒い犬の伝承を調べて、不思議な話やいっそ怪談に近い話を読み過ぎた反動だ。

 今日も、クロの腹から胸の毛に顔をうずめて寝ていた。

 いや、寝ようとしていた。

 この黒犬さんに睡眠が必要かは分からないが、クロは、私が寝る時は一緒に寝ている……ように見える。

 目は閉じられているし、規則正しい寝息も立てる。その度に、体はゆっくりと動き、心臓の鼓動さえ聞こえるのだ。

 それは、生き物としか思えない。

 けれど、この子は普通の生き物ではないのだ。抜け毛がない。トイレもしない。食事もこの巨体を維持するには少なすぎる。全身を濡らしていた雨水を、恐らくは自分の意志で透過させた事さえある。

 調べて分かった事は、結局の所、何も分からないという事だけだった。

 この子は、多分魔物の一種だ。よく言えば妖精や精霊。

 そういうものを人は、『隣人』と呼んできた。

 節分の時にも考えた。この子は魔物なのではないかと。

 そして、それでいいと思った。その気持ちは、今でも、変わっていない。

 色んな話を読んだ。

 飼い犬だと思っていた犬が悪魔の化けた姿だったとか、訪問した家でいつの間にか背後から肩に両脚を乗せてきた犬を飼い犬と思っていたら、その家では犬を飼っていなくて、その人は死んでしまったとか、そういう話が沢山ある。

 娘が申し出たナイフと金塊の交換に応じた黒い犬。

 宝の場所を教える、燃えるように赤い舌の黒い犬。

 乱暴者が犬に姿を変えられた、鎖をひきずりながらさまよう幽霊犬。

 戦争に巻き込まれた村で一人生き残った乳飲み子を育てた犬。

 魔法書を読んで犬になった息子。

 全ての話が、人にとって都合の悪い話ではない。死んだり不幸になった話は多いが、お金持ちになった話も、命を救われた話もある。

 そしてもう一つ、人が何か、他の人に見えないものを見る時がある。

 幻覚だ。

 クロは、私にとって都合がよすぎる。

 彼氏に振られたショックとか、両親や親戚が定期的に『まだ結婚しないの?』と言ってくるとか、仲のいい友人が結婚してなんとなく寂しいとか、仕事がたまにしんどいとか、叫びたくなるような、どうしようもない日々のストレスは溜まっていく一方だ。

 幻覚は、本人にとってはリアルで、現実と変わらないのだと聞く。

 クロが私の妄想であり、私だけが見ている幻覚だという可能性を否定する事は……私には、できない。

 それでも。

 クロの正体を知りたいと思って、ここ何日か、色々と調べたりしたけれども。

 私は結局の所、クロがどんな存在でも、一緒にいたいのだ。

 例え、どんな結末が待っていようとも。




挿絵(By みてみん)




 翌朝、目覚めた私は、素肌にふさふさの毛皮という、最早慣れ親しんだ感触を感じていた。

 しかし、その感触を感じているのは慣れ親しんだとはとても言えない場所、具体的に言うとお腹で、クロの尻尾が乗っていた。

 クロのぬくもりに甘えてタオルケットを放り出したらしい。夏用の寝間着代わりのTシャツもはだけていた。

 意識すると、素肌に尻尾が乗っているお腹がくすぐったかった。

「冷えないようにしてくれたの?」

 自分を見つめているクロが愛らしくて、はだけたシャツを整えると、私は手を伸ばして耳を折るように撫でた。

 そのまま頬から顎にかけて手を滑らせていく。ふさふさの毛が手の流れで滑らかな感触を伝えてきて、今日も会社だが行きたくない。いや、会社に行きたくないという消極的な姿勢ではなく、今日は積極的にこの子をずっと撫でていたい。

 それでも行かなくてはいけないのがお仕事という物だが、せめてもう少しだけ。

 もう少しだけ、この子に貰った優しさを返したいのだ。

 ああ、この子は、優しいな。

 多分、私よりも。

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