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星にネガイを  作者: シロクロウサギ
第二部:年跨ぎスターライト半月戦争
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第八十九話 反応なし

「……」


 いつぶりだっただろうか、この空間に来たのは。

 自分の中にある光と出会った時と同じ、まるで宇宙空間のような何も無い場所。

 そんな所に彦乃はふわりと浮かんでいた。


「…あれ…ここって…」


 だんだんとしっかりしてくる意識が、自分は夢を見ているのか起きているのか分からなくさせていく。

 気付けば浮遊感と共に浮いていた身体もちゃんと地に足を付けて立ち上がる。

 足元に地面なんかないじゃないかって?

 彦乃が立とうとしたら立つ。そういう場所なのだから、ここは。


「光ちゃんのところ…?」


 ほとんどが暗闇で何も見えないに等しいその視界は、まるでこれからの自分を物語っているかのようだ。

 上か下かも分からない、まるで立っているような感覚が持てない空間の中で彦乃は見知った彼女を探す。

 ぼんやりとして自分が居るのかどうかも曖昧になってしまいそうな意識の中でもしっかりと光を探す為に捜索の目を緩めない。


「光ちゃん…? 居るの…?」


 光を呼んでも返事は帰ってこなかった。

 だが彦乃には分かる。

 彼女は見える場所に居ないだけですぐ近くに居るんだと確信が持てた。


「どこ…光ちゃん… なんで私は…」


 無意識に手を伸ばし、光を呼んでもそこに光は居ない。

 動かせば動かす程に力が入らなくなって行き、伸ばした手も力なく落ちていく。

 なんとかして踏ん張ろうにも、踏ん張るだけの力も出てこない。


「光ちゃ…」


「デブリの子が危ない…」


「えっ?」


 一言だけ、小さくて聞き取りづらかったが彦乃は決して聞き逃したりはしなかった。

 聞き間違いでもなければ幻聴でもない。

 確かに光の声が聞こえたのだ。


「待って、光ちゃん… デブリの子…桜ちゃんがどうしたって…うっ」


 光の声の聞こえてきた方へと手を伸ばす。

 だが掴んだのは、光では無かった。

 一瞬眩しい輝きに目が眩んだかと思えば、それがトリガーとなって急に目が醒めて行く。


「……あれ?」


 目が醒めると、そこは彦乃の部屋でも家のどこかでもなくコンペイトウの社長室だった。

 彦乃を膝枕したままうたた寝してしまっている織姫の顔がすぐ目の前にある。

 起こさないよう慎重に起き上がった彦乃は周りを見てみる。


「操ちゃんと美波ちゃんまで…」


 社長室を見てみると、向かい側のソファでは操がだらしない恰好で寝ていたり、机にある立派な椅子に座ったまま寝てしまった美波が居たりした。

 もしこれが朝にやっていたりしたら怒られていた事だろう。


「…そうだ、桜ちゃんは…」


 思い出したように周りを見てみるが、当然桜の姿などどこにもない。

 それを聡明付けるかのように彦乃は桜の気配どころかこの部屋にいた痕跡の一つも見つける事は出来なかった。

 そこから導き出される答え、それは桜がここへ帰って来ていないという事だ。


「桜ちゃん…どこに…」


 範囲を広げてみた所で桜の気配は何一つとして感じ取ることが出来ない。

 気配を消していると言うよりは、ここには居ないと言った感じの感覚が彦乃にその無情さを告げていた。


「あだっ!」


「っ! み、操ちゃん…大丈夫?」


 桜を見つけられない事に意気消沈している彦乃だったが、そんな事など露知らず寝返りを打とうとした操がソファから転がり落ちていた。

 すぐ隣にあるテーブルに腕をガツンとぶつけつつ落ちたらしく、腕を押さえていたりしている。

 痛みに耐えている姿がどこか中二くさく見えてしまっているのはご愛嬌というやつだろうか。


「大丈夫大丈夫……そや、彦乃頼みたい事あるんやけど…」


「桜ちゃんなら見当たらないよ?」


「先読みしよった!? 今度は読心能力に目覚めたんか!」


 読心能力に目覚めた訳ではないが、操の顔にそうも分かり易く桜の事を聞きたがっていると書かれていては即答してしまうだろう。


「にしてもそっか…彦乃が見当たらへん言うんやったらこの辺には居らんのかな…」


「そうみたい…どこ行っちゃったんだろ」


 桜の事を案じていた彦乃だったが、窓の外から差す太陽の輝きに目を細める。

 暗闇の広がる中から覗き始めた太陽は、今年一番の朝日の出、そう初日の出だ。


「おん? 初日の出やんけ 去年は見られへんかったけど、今年は見れてよかったわ」


「……」


 普通はめでたい物だと言う事は彦乃にだって分かっている。

 だが、あの日の出はめでたい物ではなくむしろ凶兆のような気がしてならなかった。

 桜の消息不明な中で祝う気分になれなかったのもあるし、そう告げる自分の感覚に気分が滅入っていた事もあるだろう。

 なんにせよ、彦乃は素直に楽しく嬉しい新年を迎えるような気分にはなれなかったのであった。


「…」


「気にせんでええよ 桜やったらそのうち帰ってくるって、な? ニコニコしながらお土産引っさげてゆったり帰ってきよるって」


「…うん…」


 操に頭を撫でられつつも、彦乃は自分に大丈夫だと心の中で言い聞かせる。

 すぐにでも探しに行きたい心を抑え、桜の無事を願う。

 もしも神様がこの思いを聞いていたならば、桜が無事でありますようにと。


「さって、皆起こしていこか…あ、そうや! 他の皆は…」


「今帰って来てる所みたい」


 同じコンペイトウの屋内から、ヘレンたちの気配も感じ取れる。

 眠っている訳ではないらしく動いているのまで彦乃には分かった。

 とは言っても、一緒に居る事やどこか知らない部屋に居るという事以外は分からなかったが。


「んなら帰ってくるの待ってよっか」


「うん…」


 ヘレン達が帰ってくるのを待ちつつ、彦乃は織姫を起こしにかかった。

 今も気持ち良さそうにすやすやと眠っている。

 少し起こすのが申し訳なくなるくらい気持ち良さそうだったが、起こさないのもそれはそれで酷な気がしてしまう訳で。


「織姫ちゃん、起きて…うぉわ!」


「彦乃っ?!」


 織姫を起こそうと肩に触れた所で彦乃は、その腕を掴まれた。

 本当に眠っているのかと疑いたくなるほどしっかりと掴まれた腕はあっと言う間に引っ張られて、ソファに二人して倒れ込む事となってしまう。

 悪戯っぽい笑い声が微かに聞こえたが、もう織姫から逃れるには一手遅かったらしい。

 彦乃が上になる形で手を下敷きにされる事で両手が、足が逃がすまいと絡みつく事で両足の動きが封じられて、


彦乃は完全に織姫に捕えられてしまう。


「ふふふ……彦乃ちゃんの良い匂い…」


「はふっ!? こ、これ…寝ぼけてる…?!」


 首筋に鼻を沿わせて、これでもかと匂いを嗅ぎまくり、夢心地へと戻って行く。

 起きそうになればまた、彦乃を求めて匂いを嗅いで夢へと戻って行くのを繰り返す。

 その度に彦乃を捕えるその足が、彦乃を縛るその腕が、蛸か蛇のようにどんどん絡まっていく。

 本当にぐるぐる絡まっている訳ではないはずなのに、彦乃は織姫を振り解く事が出来ないでいた。


「んー…っ」


「っ?!! の、ノーカンだよね、ね?!」


「どえらいモン見てもうたわ……ごちそーさん」


 首に腕を回されて動けない彦乃は、そのまま頬にキスをされてしまう。

 吸い付くような感じこそなかったが、本当に寝ぼけているのだろうか?


「ねぇってば! 起きてよ織姫ちゃん…っー!」


「えへへ……彦乃ちゃん…だぁい好き…」


 さっきされたのとは逆側の頬にもキスをされた。

 このままではまずい、そう彦乃の感覚やら直観やら経験則やら全てが警鐘を鳴らす。

 だが、この状況から逃れる術は無いと言えば無い。

 何より邪魔をしていたのは、彦乃の優しさだったと言えるだろう。


「……」


「諦めんなよ…諦めんなよそこでぇ!」


「うぇ! み、美波ちゃんっ?!」


 もうダメなのかと諦めかけていた、その時だった。

 いつのまにか起きていた美波が横から喝を入れ始める。

 なんだか熱が伝わってきそうな程の熱気を放って居るような気がしたが大丈夫なのだろうか。


「私だって妹にされた事あるけど、頑張れば簡単に振り解けるんだからぁ!」


「あ、あっつい…」


「何か言ったかしら?!」


「な、なんでもないでっす…」


 操にすら飛び火しそうな勢いで燃え上がっているらしい。

 一体何が彼女をそこまでさせているのだろうか。


「頑張れ頑張れ、やればできるやれば!」


「やるって…」


「振り解けっつってんのよ。 私達が手伝ってちゃ意味ないでしょ?」


「あ、そういう…… ごめんね、織姫ちゃん」


 正直言って、織姫が彦乃を拘束するその力自体は彦乃には遠く及ばない程非力な物だった。

 だから、彦乃は抜け出そうと思えば抜け出せる。

 幸せに浸る織姫には少し悪いと思いながらも、彼女の拘束をねじ伏せて抜け出してしまう。

 何をあんなに苦戦して諦めようとしていたのか、今となっては分からない程にあっさりと。


「やっぱりやればできるじゃない!」


「う、うん… 美波ちゃんもありがとうね」


「いいって事よ… ふぅ、つっかれたぁ…」


 一気に疲れたらしく、美波はそのまま社長室の椅子に戻るとぐったりしていた。

 どうしてあんなに燃え上がっていたのか、ちょっと分からない。


「さって、あとは…」


「待ってよっか…ヘレンさん達帰ってくるの」


こうしてヘレン達を待つべく戻って行く彦乃たち。

なんやかんやで有耶無耶になってしまっているが、桜の事で心配しているのは確かなのだ。

心の中で、帰ってきたら一度叱ってやらないとと思いつつも彦乃は溜息を吐く。


続く。

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