第六十一話 ご褒美
模擬戦闘や性能試験の全工程を終えた彦乃たち。
それから少しの休息を済ませた彼女たちは現在、京都にあるお高い料理店に招かれていた。
「……ゴクリ…」
「なぁにやってんだ彦乃ー?ちょっとは桜を見習えって」
いかにも高級店ですと言わんばかりのレトロ調な建物に、いくらでも料理が乗せれそうな大きな円型のテーブル、それらを囲うように置かれた高級そうな椅子に、心を落ち着かせるジャズが流れる部屋の中で彦乃はガチガチに緊張していた。
「わはー…彦乃、彦乃!これなぁに?!」
「え、えっと…」
一方の桜はと言えば、テンションがこれでもかと言う程に昇り詰めていた。
遊園地か動物園にでもやってきた子供のように目をキラキラと輝かせているその姿は無邪気そのもの。
見た目より幼く見えてしまうだろうその仕草も、今の彼女に関しては少し例外的な何かを思わせる。
「まだ触んじゃねーっての…飯が来てからな?」
「はーい」
まるで人が変わったように浮足立つ桜をヘレンはいとも容易く手懐けてみせた。
テーブルの傍にある棚に入ったナイフやフォークのセットを興味津々になって引っ張り出そうとしていた桜を叱るでもなく宥めるように言い聞かせる。
桜もちゃんと気持ちが伝わっているらしく素直にヘレンの言う事を聞いて引っ張り出すのを止めて元に戻した。
改めて、彦乃たちはテーブルへとつく。
「…あら?」
「……」
普通に椅子に座ったレジーナは、対面の位置に座った彦乃の様子を見て不思議そうな顔をする。
彼女からしたら何をそんなに畏まった姿勢でいるのか謎なのだろうが、彦乃にしてみれば借りてきた猫の手を借りて被っていたいくらいの気持ちになっていた。
どうすればいいのか何一つ分からず、ピタリと止まって動く事すら出来ないでいたのだ。
「雲類鷲さん?どうしたのかしら?」
「へ…あ、いや…その…」
「どうせ緊張してどうすりゃいいのか分かんなくなってるだけだって」
ヘレンに図星を突かれた彦乃はぐっと唸って更に動けなくなってしまう。
まぁ図星なのだからどうしようもない訳で。
言い返す事も出来ないまま、彦乃はトボトボと椅子に座った。
「そう気張らなくていいのよ? もっと肩の力を抜いて? それと深呼吸」
「は…はい…」
指示された通りにリラックスして何度か深呼吸して気持ちを落ち着かせていく。
暫く繰り返していると肩の荷がスルスルと落ちていくように楽になった彦乃はもうさっきまでのように緊張して身動きも出来ないような事は無くなっていた。
「ふぅ……もう大丈夫です」
「そう。それは良かったわ」
いつもの彦乃に戻った所で全員が席に座り、他愛ない話ではなく真面目な話が始まる。
「さて…雲類鷲さん…いえ、ヒコノ」
「は、はい?」
さっきまで他人行儀な感じに苗字で呼んでいたのに、いきなり名前で呼ばれた彦乃はキョトンとなってしまう。
一方、呼んだ方はと言えば名前を呼んだだけでキョトンとされた事に少し不安を感じているようだ。
「あら、いきなり名前では失礼だったかしら?」
「え……ぜ、全然っ!そんな事ないですっ!」
「そう?なら以降はアカリやヘレンと同じようにヒコノと呼ぶわ。貴女も私の事は…」
「レナちゃん、ですよねっ!」
彦乃のフライング気味な返事に「ちゃんっ?!」と驚いたレジーナだったが、すぐに咳払いを一つしてその場を誤魔化す。
いつの間にかついてきたちゃん付けに動揺したのを誰にも悟らせないようにしたつもりだったのだが、ヘレンや桜はしっかりとそれを聞いていた。
「そ、そう。それでいいのっ…さて、本題に入らせて貰うわね?」
「(今隠したな)」
「ヒコノ…貴女、私と手を組む気はない?」
一瞬の空白の後、彦乃から帰って来たのはごめんなさいの一言だった。
「早っ…何か理由があるの?」
「誘ってくれたのは嬉しいんですけど、今の私はデルタチームのリーダーですから…桜ちゃんや織姫ちゃん、操ちゃんに美波ちゃん、輝ちゃんにヘレンさん…皆と一緒に居るのが私、楽しいんです」
「楽しい、ねぇ……あと、ヘレンだけさん付け…」
後ろ半分の茶化しはともかく、彦乃の断る理由についてレジーナはこれ以上何かを言うつもりは無かった。
あくまでも彦乃本人の意思を尊重し、快諾してくれれば迎え入れるつもりだったし、断られればキッパリと諦めるつもりでもあった。
ただこうもあっさり答えを返されてしまっては、流石にレジーナも固まってしまう。
「んな事はどうでもいい。年上だから敬語ってだけだろうしな。それより良いのか?」
「え…?」
「さっきの訓練、傍で見てたが…コイツは消費側でお前は生産側。コンビネーションとしては申し分無いんだよ…だからこそコイツだって組まないかって誘って来てる訳だしな」
何度もコイツと連呼されてレジーナはムッとしているようだが、そこで憤慨してヘレンと彦乃の間に割って入ろうとはしない。
その辺りは弁えているという事である。
「けど、私はデルタの方がいい…好きなんです、こっちの方が。 ですから、ごめんなさい」
「なら仕方ないわ。無理強いしてチームを組んでも亀裂が生じるだけだもの」
元から無理矢理チームを組もうなどとは思っていなかったレジーナにとって、彦乃が断るかどうかは比較的どちらでも良い問題だった。
驚いたのにしても、彦乃があまりにも迷うことなく断って来たからである。
断られた事に不快感は感じておらず、むしろその即答っぷりに関心したくらいだ。
「にしても、本当に面白いわアナタ。 アカリの部下にしておくのがもったいないくらいよ」
「そうですか…?」
構ってと言わんばかりに席を寄せてくっついていた桜を猫のようにあやしつつ、彦乃はレジーナと話し始める。
そうなった所で料理が運ばれてきた。
「ん~……良い匂い…」
「わぁ~…」
彦乃と桜が目を輝かせてテーブルに並べられるのを眺めていたのは、芸術品のような盛り付けがなされたローストビーフだった。
本来ならそこまで匂いのある食べ物ではないのだが、彩のために垂らされているカレーのソースが食欲をそそる匂いを際立たせている。
匂いを嗅ぐだけで胃の中が早く食べてと空っぽになるかのようだ。
「前菜は来たわね…それじゃ…」
そう言うとレジーナは両手を組んでお祈りをするような恰好となった。
そして教会の信徒とかならよくやる食事前のお祈りをし始める。
彦乃や桜は宗教の関係上一緒に祈りをささげる事が躊躇われ、ヘレンは面倒くさがって一緒に祈ろうとはせず、結果的にレジーナが一人で祈りの言葉を全て言ってしまう事になった。
「…さ、頂きましょうか」
「はーい。頂きます」
「いただきまーす」
「…ん? まぁいいか」
彦乃たちは手を合わせて、ここまできて食事がやっとスタートする。
最初こそ食事作法がどうのと緊張していた彦乃だったが、ここまで来るとどうでも良くなっていた。
「…ん、美味い!」
「おいひぃ~!」
「一気にいったなぁ…」
分厚いローストビーフを一枚まるごと口に放り込んだ桜。
数秒後には目をキラキラと輝かせてその場で悶える少女の出来上がり。
口元にソースが少しついたままになっているのに気付いた彦乃が拭いてあげたりして、桜も思いっきり甘えられて満足しているようだ。
「それにしても、随分と仲良しなのね?」
「え、えぇ…そりゃまぁ…」
「仲良し…? うん、仲良し!」
食事をしながらだろうが関係なく、桜は笑顔でレジーナの問いに返答する。
家でも食べながらの会話など普通だった桜にとって、場所などどうだろうと関係なかった。
美味しい物を食べながら、みんなと楽しくお喋りする。
それが桜の思う「美味しい」なのだから。
「さあさ、ヒコノもたっぷり食べなさいな。 まだこれ前菜なのよ?」
「あ、はい!」
「最初の委縮っぷりはどこへ消えたんだか…」
ーーーーーーー
彦乃たちが楽しく食事をしている丁度その頃、コンペイトウの社内では朱莉が何かの書類に目を通しながらニヤニヤと笑っていた。
時間的には夕食を取っているような時間だろうに、彼女は何も食べる事無く目的の為に作戦を練り上げていく。
「ふっふっふ……今年はレジャーを思いっきり楽しむんだからね…」
ぶつぶつと呟く朱莉は、まだ残っている仕事へと戻って行く。
積み重ねられた書類へ手を伸ばしては内容を確認してハンコを押して良し悪しを決めてトレイへと仕分けていくのだが…
「にしても……年末年始だからかな? みんなふざけ過ぎでしょ…」
仕分けの済んだトレイにも、書類が山積みとなっている。
そしてそのトレイには「否決」の文字が。
つまりは朱莉の手によって、社の誰かが提案したものが切り捨てられた山となっているのだ。
しかもまだその山は増えて行こうとしていた。
「なんなのさ「相手の拘束にも使える強力粘性ガムの開発許可」って…噛んでる間に逃げるだろうし、犯罪に利用される可能性高めだからダメだって…ええと次は?」
こんな具合で、少し浮足立った商品開発が進められようとしては朱莉がブレーキを掛けてを繰り返していた。
何度もこれが続いては書類も疲労も溜まっていくと言う物だ。
「「マグナム型マシュマロ投射機の開発許可」…? 百均にそんなの無かったっけ? これもダメっと」
パーティーなんかでたまに見る、空中でマシュマロをキャッチしてそのまま食べるとかに使うのであろうアイテムなんだろうが、どう考えたって用途が限定され過ぎているし、簡単に自作出来てしまうだろう。
自分たちで楽しむ分には問題ないだろうが、量産販売となると話は違ってくる。
これを欲しがる人が相当数いるかという問題だ。
「こっちが「犬が食べても大丈夫なチョコの研究」に「動物が食べても大丈夫なタマネギの品種改良案」?
愛護団体から袋叩きにされるよ…これもダメっと」
もしも開発出来たら大したものなのだろうが、それを食べているのを見た何も知らない人はどう思うだろうか?
明らかに食べさせちゃいけない物をペットに食べさせる飼い主と認識されるんじゃないだろうか。
それであらぬ誤解を受けた場合、最悪この会社が訴えられる事にもなりかねない。
「社長…お呼びでしょうか…?」
「んー…ユッキーナ? 入ってどうぞー」
扉をノックし入ってきたのは、最近出番の無かった雪菜であった。
呼び出された理由が分からないというような顔をしており、どうすればいいのかと困っているようだ。
「ゆ、ユッキーナ……え、ええと…それでどんなご用件でしょう?」
「簡単簡単。アルファチーム全員で、明日から三日間ここの守りを頼んだよって伝えたかっただけ」
「えっ…?」
「あ、指揮はセレスに任せてあるから、詳しいことは彼女から聞いて?」
よろしくーと手を振って、朱莉はまた作業へと戻って行く。
残された雪菜は状況を呑み込み切れなかったのもあるが、説明を求める為にセレスへ会いに行くのだった。
つづく




