第六十二話 一面の銀世界
レジーナと出会い、模擬訓練を行った二日後。
彦乃たちはある場所へやってきていた。
目の前に見えるのは一面の雪化粧に覆われた雪山。
そしてその中を颯爽と滑る人々。
彦乃たちはスキー場へと遊びに来ていた。
「ゆっきだぁぁぁ!!」
外に出るのに十分な準備を済ませた彦乃はいち早く車から飛び降りる。
これから滑るのだから、恰好はもちろんスキーウェア。
赤のニット帽に白の手袋を付けて、しっかりと防寒対策をした上で雪の上を走り回る。
色合いがサンタっぽいように見えるのは内緒。
因みに彦乃は一切気にしていない、というよりサンタっぽい色合いだと多分気付いていない。
「彦乃ちゃん待ってー!」
「彦乃待ってー!」
続けて飛び出してきたのは、同じく着替えを済ませて車から飛び出してきた織姫と桜だった。
デザインが色以外はほとんど一緒なのは同じところで同じ時に買ったから。
織姫は最初、ペアルックがどうのと狂喜乱舞していたが彦乃にマジ引きした顔で見られた事が堪えたらしく今は大人しいものになっていた。
桜も同じように喜んでいたのだが、こちらはすぐに収まったので怒られたり引かれたりといった事は無い。
「輝、準備出来たら出て来なさいよ?」
「もう出るよー…んしょ!」
次に出て来たのは、美波と輝の姉妹だった。
彦乃たち三人とは違ったデザインではあるが、こちらも同じ時に買ったものである。
色合いがそれぞれで違っているのは似合う色がバラバラだった事とも大きく関係するだろう。
彦乃が赤、織姫が青、桜が桃、美波が白、輝が緑といった具合だ。
「ひゃーっ、ホントに冷たいー!」
「彦乃ちゃん、何してるの?」
犬は喜び庭駆け回る、とは歌うが彦乃も例外では無いようだ。
大阪の方じゃ雪が降ったり雪化粧のかかる事こそあれ、こんな大量の雪が積もることなどまずないだろうから。
現に今も、手袋を外し素手で雪を鷲掴みにしてキャーキャーと騒いでいる。
ついには桜も真似し始めるのだから、騒がしい。
「織姫ちゃん、雪ってホントにこんなに積もるんだね!」
「すごーい!」
「くぅかわ……じゃなくてホラ、他の人の目もあるから…ね?」
目をキラキラと輝かせて大喜びする彦乃の姿は、まるで幼い子供のようだった。
一緒になって嬉しそうに雪をわしゃわしゃしている桜にしてもそうだ。
周りを見渡した所で彦乃たちのように雪を見てはしゃいでる者などそうは居ない。
それこそ小さな子供がキャッキャとはしゃぐくらいだろう。
「えー、ダメ?」
「ダメ?」
「っ!……ダメ……じゃないっ!」
彦乃大好きな織姫は、彼女にキッパリとダメと言えなかった。
キラキラした眼差しで見つめられては叱ることも出来ないというものだ。
そう、これは仕方のない事なのである。
「なにやってんのよ…」
「あ痛っ…」
「美波ちゃーん、見てみてー?ホントに真っ白だよー?あうっ…」
すっかりほだされてしまった織姫を軽く小突いた美波は織姫に変わって彦乃と桜を雪の塊のある場所から引き剥がした。
「あぁほら、やっぱり指赤くなってるじゃない。車の中で暖まってきなさい。桜もね」
「おぉー…お姉ちゃんっぽーい」
「茶化すんじゃないわよ…」
雪に素手で手を突っ込んでいるのだ、こうなるのも仕方ないだろう。
今ばかりは美波の姉属性が活かされるべき時なのだ。
後ろから輝の魔の手が迫っていたとしても。
「ほぉら、戻るわよ?」
「あ、美波ちゃん」
「何…ひゃぁぁっ!?!」
いきなり冷たい雪が背中に入り込んできた美波はビクンと飛び跳ねる。
もちろん犯人は輝だ。
美波の服の首にある隙間から雪をひとつかみ投げ入れていた。
「て、輝ーっ?! ホンットやめなさいよねーっ…うぅぅ…」
「えっへへ、ごめんなさーい」
「美波ちゃん、大丈夫? 一緒に温まろう?」
「温まろ、ぽかぽか…」
一気に体温が奪われた美波は輝を怒ろうとするも、あまりの寒さに体を震えさせるばかりで動けなくなっていた。
彦乃と桜が一緒になって車へ戻って温まるしかないだろう。
良い子は絶対に真似しないでね、ヘタすりゃ心臓が止まるゾ?
「ふっふふ…これでお姉ちゃんはあの二人と車の中で三人っきり…身体を暖め合うために…」
「なーに考えてんだ、アホか…」
「あ、ヘレンさん」
「ウチもおんでー」
車へ戻って行く三人を見送りつつ妄想に耽っていた輝だったが、そんな妄想を真後ろから叩き割る者が居た。
スキー場のセンターの様子を見て来たヘレンと操が戻ってきたのだ。
その手には途中で寄って来たコンビニで買ってきた朝食もある。
勿論、全員分であった。
「まずは車に戻ってメシだメシ。 クッソ寒い外で食うより車の中でぬくぬくしながら食う方がいいだろ?」
「ぬくぬく…ヘレンさんもういっか…いだだだっ!」
「お前の分ナシにすんぞ…? 分かったら早く戻れっての」
「いだだだだぁー!片耳だけエルフになっちゃうぅー!!」
おちょくられていると分かるや否やヘレンは輝の耳を掴んで引っ張っていく。
暴走気味な子供を叩いて黙らせる親のようだ。
後ろで輝が暴力はんたーい!と叫んでいようがお構いなしである。
どうせ周りが見ても、やんちゃな妹を姉がしつけている程度にしか見られない。
「ほれ、織姫も戻んでー?」
「……あ、はーい」
「どしたんや、雪とにらめっこしとったで? 熱でもあるんちゃうか?」
操の言うとおり、織姫は彦乃が雪弄りをしていた場所をじーっと見つめたまま動かずに居た。
「そんな…大丈夫ですよ、ほら!」
「そか。朝飯食いに戻ろ?」
「はい」
すっかり調子の戻ってきた織姫はそのまま操と一緒に車へ戻って行く。
しかし織姫はある疑問をずっと抱えたままになっていた。
彦乃が雪弄りをして遊んでいた場所の雪の抉れ方について、少し疑問に思っていたのだ。
桜と一緒になって雪で遊んでいたとはいっても、その抉れ方が少し大きかった…気がする。
まるで熱を帯びた鉄塊でも突っ込んだかのような、そんな溶け方をしていた。
彦乃の体温が高かっただけなのか、それとも彼女にまた新たな変質が起こっているのかは分からない。
分からないからこそ、決めつけるには至らずあの場で立ち止まっていたという訳だ。
「織姫、どれがええか決めとき?」
「何があるんですか?」
「えぇとな、信州そばに戸隠そばやろ、きつねそばにおかきそば…」
「お蕎麦ばっかりですね…」
とは言っても後は傍ではなくおにぎりの野沢菜やら馬刺しやらソースかつやらがごろごろと出て来た訳だが。
その量からしてみんなに行き渡らなかったり誰かが極端に少ないという事はなさそうだ。
「それにしても……人が多いですね…」
「そら祝日やしなー」
車へ戻る途中に駐車場をぐるりと見回してみた。
駐車場を埋め尽くすように車が列をなしてそのどれもが雪を頭にかぶっていたのである。
そのどれもがスキー場へ滑りにやってきた、あるいはもう滑っている者がほとんどだ。
ちょくちょく従業員の車も混ざっているのだろうが、それにしたって数が多い。
「えっと、ウチらの車どれやったっけ…」
「もうちょっと奥でしたよ?」
「ホンマか、すまんけど案内頼んでええか?」
「はい、いいですよ?」
その後、いつまで経っても帰ってこない二人は、彦乃が探しにやってくるまで駐車場の中で遭難する事となった。
何があっても駐車場の中で迷子になったなど言える訳がない。
そんな事が知られれば、ヘレンや輝に笑われる事は避けられないだろう。
まぁ結局、どんな言い訳をしようがヘレンと輝に笑われる事は避けられなかった訳だが。
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彦乃たちがスキー場へ行っていたその頃、一緒について行こうと画策していた朱莉はと言うと…
今日も社長室の机で書類整理に追われていた。
現在、絶賛三徹中である。
「うぁぁぁぁぁぁ……いいなぁ、デルタのみんなー…」
「業務を放置する貴女が悪いんじゃなくて? それに休みを与えたのは他でもない貴女じゃないの」
社長室のソファには朱莉から呼び出されたレジーナが座って菓子を食べていた。
元から社長室に置かれているものよりずっと高級そうなものばかりが並べられている。
「おーぅ、それ言っちゃう? それ言っちゃうの? 確かにお休みでスキー場でも行ってきなって言ったの私だけどぉー」
「そうなのでしょう? あら、それも否決なんじゃないかしら?」
「んぇ…? ひゃ!?いつの間にっ! ……私の背後に立つな…」
朱莉の仕事を覗いていたレジーナはひょいっと書類を取り上げて内容を覗き見ていた。
隣で朱莉が険しい顔をしてドスの利いた声を作ってキメ台詞を吐いていようがお構いなしに。
レジーナの奪い取った書類には、面白いことが書いてった。
「雲類鷲彦乃をイメージした新作菓子の製作許可…? なによこれ?」
「あー……琴羽ちゃんの案件だねー。何か案とかあったら書いてみる? って言って企画書のテンプレート渡したままだったわ」
何やってるのよ、と言いたげな視線を送りつつレジーナは書類に目を通してみる。
織姫が作ってきた企画書に書かれていたのは、欲望のぎっしり詰まった計画の草案だった。
どれもこれも、彦乃の為にと考えたのだろうがそれにしたって発想が幼稚に過ぎる。
「否決でいいでしょう」
「うーん…どうするかなぁ……」
唸るように声を上げながら、書類を返してもらった朱莉は唸る。
彼女の出した答えは果たして。
結果がどうなったのかを知るのは、また別のお話。
つづく




