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星にネガイを  作者: シロクロウサギ
第三章 夏の思い出
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第三十七話 退院祝い

「んぅっ……あれ…ここって……」


 彦乃は気が付くと、ベッドの上で眠っていたようだった。

 まるで何日もロクに動かなかったかのように四肢へ力が入らない。

 覚醒した直後だからだろうか。

 声を出すのですら精一杯と言った所だった。


「おう…起きたか、彦乃ぉ…」


「あっ、ヘレンさ……何してるんですか…?」


 寝起きでボンヤリとしていた彦乃だったが、ヘレンの状態を見れば驚きで目も見開くと言う物だ。

 ベッドの上と言う不安定な場所で逆立ちになっているのだから。

 他の人の迷惑なのではと思いもしたが、どうやらこの部屋には他の患者はいないようだ。

 その程度であれば変身していなくとも感じ取れる。


「見て…分かん…ねぇか……トレーニングだ…よっと!」


「トレーニングって…ここ病室なんだから静かにしないと…」


「私ら以外に居ない病室で静かにしろとか言われてもなー…静か過ぎて気が触れちまいそうになるぞ?」


 だからと言ってそれが病室で動き回っていていい事になるのかと言えば微妙な所だ。

 なんて心の中で思っていた彦乃は、ふと自分の膝の上に置かれた花束が目に入る。

 白い百合の花がいくつも添えられ束ねられた花束が、彦乃の足に乗せるようにして置かれていた。


「これって…」


「あぁ、それな…織姫が置いて行ったらしいんだが、うん…やっぱ良い匂いするなー…」


「え、匂い…?」


 花束に顔を近づけてきたヘレンが言うまで、彦乃はこの花束から匂いがしているなんて全く感じなかった。

 最初は寝起きで気付けなかったのかとも思ったが、どうにも違うようだ。

 改めて顔を近づけて匂いを嗅いでみても、それが良い香りなのかどうかどころかそもそも匂いがするのかも分からない。

 匂いを「感じなく」なっていたのだ。


「…(きっとアレだよね…)…確かに、良い匂いですね」


「だろー? ちょっと待ってろ、花瓶貰ってくるから」


 上機嫌に部屋を出て行ったヘレンを見送ってから、こっそりと彦乃は確認の為にもう一度花束に顔を近づけて匂いを嗅いでみる。

 やはり匂いは全く感じない。

 何度嗅いでみても結果は同じ事からも、何があったのかは想像できる。


「眼の時みたいな事だよね、これ…」


 以前、右目が固まってしまったようになったあれと同じような現象が起こっているようだ。

 詳しくは検査しなければ分からないだろうが、彦乃の考え方は少々ポジティブだったと言うかなんというか。


「……これならゴミ出しの時の匂いとか気にしなくて済む…はっ!」


 前向きに考えていられたのもつかの間、デメリットの方も思いついてしまった。


「良く考えてみれば…料理の調整とかにも役立ってたし、もしかすると変な匂いで料理作っちゃうかも…?…それはヤだなぁ…」


 考えれば考える程にデメリットばかりが思いつく。

 嗅覚が無くなったくらいでなんだと思う人も居るかもしれないが、案外重大な事になっていたりもするのだ。

 ブツブツとこれからこの事をどう隠して行こうかと考えている彦乃だったが、独り言はここまでにした方が良さそうだ。

 廊下の方から足音が聞こえてきた。


「……? あれ? 増えてる…?」


 ただ、その足音は一つだけでは無かった。

 音を聞く限りだと2~3、とりあえずヘレンだけでなく複数人の足音が近づいてきていた。

 一つだけ可笑しな足音があるが、それはこの際気にしない。

 どうして病院であろう廊下を、裸足でひたひたと歩いている足音まで聞こえてくるのか。

 その実態はすぐにでも判明する事となる。


「……っ! 彦乃ーーあうっ!!」


「わっと、桜ちゃん?!」


 制服姿の桜が、心ここに在らずといった感じの表情を浮かべながら部屋へ入ってきた。

 そして、彦乃が起きているのに気が付くと一気に表情を明るくさせて、彦乃のベッドへ飛び込んできた。

 ただ、飛び込んでくる時にベッドの手すりに膝を強打したようで体勢が崩れて不格好な状態のまま彦乃に抱きつく形となる。

 抱きつくというよりは倒れ込んできたという方が近いだろうか。


「エグい音したなー…大丈夫か?」


「桜ちゃん、大丈夫っ?!」


 どうやら足音の正体は織姫と桜だったようだ。

 二人が彦乃を迎えに来た、と言う訳である。

 ヘレンはと言えば、車のキーらしき物を振り回しているが、もしかして運転を任されたのだろうか?

 人使いが荒いと言えばいいのかなんというか。


「だい…じょうぶ……戦闘の負傷に比べれば…」


「あっはは…よしよし、痛くなーい痛くなーい」


「っっ~~!! うん、痛くなくなった…」


 頭を撫でられた桜はあっと言う間に復活したようだ。

 その表情は、部屋に入ってきた当初とは雲泥の差だと言える。

 嬉しそうに顔を蕩けさせて彦乃に撫でられている様子は大型犬のようにすら見えてしまう。

 彦乃の手懐け方がそう見せているのか、桜の仕草がそう見えるようになっているのかは分からない。


「彦乃ちゃん、元気になってよかったね」


「うん! あ、織姫ちゃんお花ありがと!」


「彦乃っ! そのお花っ! 私が選んだっ!」


 すっかり懐いた犬みたいな挙動になっている桜だったが、彦乃がまた撫でてやるとその手に従って大人しくなる。

 どうやら百合の花を選んだのは桜なんだそうな。

 自信満々にしている桜が、リラックスしきった表情ながらもドヤ顔を向けてくる。


「そうなんだ、ありがとね桜ちゃん」


「っ~! んふ~っ!」


「……ペットか?」


「首輪付けてないですけどね」


 彦乃と桜のじゃれつきっぷりを外野から見ていた二人は、以外にもあっさりとした反応だった。

 ヘレンは「家じゃこんなもんなんだろうなー」とか思ってたし、織姫は「これを口実に私もしてもらおう」とか思ってる。

 右と左で酷い差である。


「あぁ、そうだ! 喜べお前ら」


「…?」


 ヘレンがあることを思い出して指を鳴らす。

 彦乃が目覚める前に朱莉から受けていた指示を皆へ話すことになった。

 その内容とは…


=======


 あれからざっと一週間が経過した。

 彦乃たち学生組はと言えば…


「っはー! やって来たで! 最後の夏休みっ! ……うん、最後なんよな…」


「いやテンション乱高下激し過ぎでしょっ?!」


「んな事言うたかてやで…? 高校生活最後の夏休みなんやからさ…」


 学生生活最後の夏休み…これを読んでいる皆さんはどう過ごしただろうか。

 人それぞれだろうが、少なくとも操はテンションを上げきれずに居た。


「鵠戸先輩、いつもこんな感じなの?」


「うん、だよね鵠戸先輩っ?」


「だぁ~っ! 二人してその呼び方やめーや! 美波はともかく織姫ぇ!」


 イライラし始めていた操に呆れて、隣に座っていた彦乃が苦笑い交じりに操の手を取る。

 何も皮を強く抓るとかそういう事をしようと言うのではない。

 ただ、声を掛けるにはこうやって人の気を引くのが効果的だと彦乃は知っていた。


「なんやねん彦乃までっ!」


「落ち着いて操ちゃん…今日は目一杯楽しもうよ、ね?」


「彦乃……結婚しよ(ええ子や…)」


 建前と本音が入れ替わっている。

 その事に気付いたのが彦乃以外に居なくて良かったと言うべきか、何故同じテーブルに座っている他の者達は気付かなかったのか。

 否、気付いていない訳ではない。

 気付いていて、これは面白そうだと黙っているのだ。

 まぁそんな事など気にしていないのも居たが。


「え…結婚……?」


「彦乃ちゃんっ?!」


「何顔紅くしてんのよ、バカかっ?!」


「それは面白くないよ、雲類鷲さんっ!」


「彦乃…浮気…? ダメ…」


 気にしていなかった結果がこれである。

 操以外の全員から糾弾を受ける羽目に。

 ところで場所についての説明がまだだったかな。

 ここは、以前に彦乃たちが遊びに来ていたモールの一階にあるフードコート。

 前に来た時は色々とあり過ぎて来れなかったが、今回こそは来れたと言う訳である。

 元々、集合場所をここに選んだのも彦乃が「あそこのラーメンおいしいから」という理由だった。


「えっ……えぇっ?!」


「おう、やってんなお前らー」


「あ、ヘレンさん助けてーっ!」


 やっと集合場所に最後の一人がやってきた。

 ジーンズに無地のポロシャツというラフな格好のせいで誰かが分かり辛かったが、彦乃は勘だけで誰か分かっていた。

 他に気付いていたのはと言えば、桜ぐらいなもので他は皆してナンパの類かと勘違いしていたようだ。

 織姫にも至ると睨んで警戒している。

 服装だけ見れば男性かと思うが、スターライトの時にはあまり見えなかった…と言うより見せるような恰好では無かったからか、ヘレンのスタイルの良


さを引き立たせるにはシンプルな方が合っていたのかも知れない。


「くっ…どいつもこいつも…」


「お姉ちゃん、この間の身体測定でついに私にも」


「それ以上言ったらもう髪梳いてあげないから」


「えぇ~」


 周りを挙動不審気味にキョロキョロとしていた美波は、ある意味で胸の痛くなる気持ちを味わっていた。

 どうして自分はこうも恵まれず生まれてきてしまったのかと自分を呪いそうになったら妹からのこの仕打ちである。


「にしても、ホントに姉妹みたいだなお前ら」


「せやろ?」

「そうでしょ?」

「え、私っ?!」


「全部違うっつの。彦乃と桜だよ」


 操と織姫と美波が同時に反応して、ヘレンに違うと言われると同時に俯いてしまった。

 一方の彦乃と桜はと言えば…


「ズズズズ…はふはふっ…」


「お水…」


「お、thank you」


 彦乃は楽しみにしていたラーメンをズルズルと啜って幸せそうな顔をしており、桜は彦乃の水のおかわりを持ってくるのと一緒にヘレンの分も持って来


ていた。

 水を受け取ったヘレンが桜の頭を撫でてやると、彦乃程ではないにしても嬉しそうにそのままの姿勢で撫でられる事を受け入れている。


「あ、ありがとっ…んっ……ぷはぁっ! ごちそうさまぁっ!」


「おし、終わったなら行くか」


「そう言えば、ここに集合って以外は何も聞いてないんだけど?」


「あん? 妹の方にちゃんと伝えた筈だがなぁ……なぁ、イモウト?」


 ヘレンの問いに、輝は笑顔で以て返す。

 最初から全てを伝える気なんて無かったのだろう。

 だってその方が「面白い」のだから。

 そう語っている気がした。


====


「さって着いたな」


「…あぁ、そういう事ね……帰っていい?」


「ダメだよ美波ちゃん。今年の水着は何がいいって聞いたよね?」


「興味なかったからスルーしてたのよ、気付け馬鹿ぁ!」


 彦乃たちがやってきたのは、モールの2階にある服ばかり売っているコーナーだ。

 今は夏真っ盛りな事もあり置いてある商品の多くは水着で占められている。

 そんな場所を、彦乃たちは目的地としていたのだ。


「こっちのとか可愛いし美波ちゃん似合うんじゃない?」


「ちょっと、無視するんじゃ…あ、でも可愛い…」


 デフォルメされたクマが水玉模様のように散りばめられた柄の水着を持ってきた彦乃に、美波は意外な反応を示す。


「こっちのとかどう、お姉ちゃん?」


「どれどれ…ってそれヒモじゃないっ! 戻してきなさいっ!」


 続けて輝が持ってきたのは、ほとんどヒモも同然な程に布面積の少ないビキニだった。

 しかも何気に値段が高い。

 これが流行りかと言えば、そう言う訳でも無い。

 ただの紐にどうしてこれほどの値があるのか。

 謎である。


「うーん…ウチはもう持っとるし、去年のでもいっか」


「甘い…って言いたいけど、ぶっちゃけ操ちゃんの体型なら関係なさそうだし…」


 一方、操は織姫と一緒に水着を探していた。

 なぜか桜も一緒に居る。


「体型て…人の身体舐め回すみたいに見よって…」


「目測だと、操の体型は理想形と言われる体型より更に45%増し…」


 その45%がどれほどの効力を持つかどうかは知らないが、操の体型が理想形のさらに上である事はよーく分かった。

 織姫はもうどんな水着を買うかは決めていたらしく、既に買い物袋に詰めていた。

 結果的に、今は桜の水着選びに奔走している、という訳だ。


「こればっかりは彦乃のお下がり言う訳にもいかんからなぁ」


「それはダメ、絶対ダメ」


「織姫ー? 喋り方桜みたいになっとんぞー?」


 そんな感じで探していく操だったが、ある物を見つけて「これだ」という閃きに目を輝かせた。

 色々と思う所はあっただろうが、皆が次々に水着を選んで買っていくだけでも楽しい時間はどんどん過ぎて行く。

 これも朱莉からのささやかな謝罪の形なのだろうと考えつつ、最後にヘレンが買い物を済ませて全員分の買い物が終わる。


 そして三日後、彦乃たちデルタ隊は全員で海水浴に行く事となったのであった。


つづく

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