第二十九話 過去の記憶
彦乃たちが練習試合を頑張った翌日。
学校に彦乃の姿は無かった。
では、どこに居るのかと言うと…
「……っ……ふぅ…」
自宅にある納屋から、大量の鉄パイプを運んでいた。
本来なら業者を読んで組み立てさせるようなテントだが、祖父がやるわけにも行かないし、業者の方は都合が悪くなったらしい。
なんともタイミングの悪い事だ。
結局、大人が三人がかりでやるべき所の準備をまるまる一人で何とかしようと張り切っていた。
因みに祖父はと言うと彦乃にカッコいい所を見せつけようと張り切った瞬間にぎっくり腰でダウンしてしまっている。
病院にも送って、今は彦乃が一人だけだ。
「ふっ……っ! ふ~~~っ!!」
しかし、いくら彦乃とは言え馬鹿みたいに筋力がある訳ではない。
ましてや女の子なのだから、力はどうしても弱い訳で。
今にしても、テントの幕を取り出そうとしているのだが、どうも湿気を吸ってしまっているのか重たくて持ちあがりそうにない。
暫くどうにか出来ないかと頑張ってはいたものの、どうしようも出来ないと分かると諦めて別の作業へと移る。
「よいしょっと…」
骨組みとなる鉄パイプを、一本一本運んでは設置する場所へと刺し込んでいく。
公園に昔から何度も刺されている場所が蛇の巣のように残っているので、そこへ突き刺せば良い訳だ。
普段は子供たちも遊んでいるからと埋められているのだが、何もコンクリートで埋めている訳ではないので力を込めて刺してしまえば案外刺さってくれるものだ。
「えっと…うん、ここだ!」
四年前は業者のお手伝いとして少しだけ作業を手伝っていた彦乃は、やり方をほとんど覚えていた。
そのままテキパキといくつも骨組みを作っていく訳だが…
「……明日、大丈夫かなぁ…」
空の心配をしながら、彦乃は作業を続けていく。
彼女のはるか頭上にあったのは、灰色の雲が青い空を完全に覆い隠してしまっている風景だった。
時折ゴロゴロと雷の予兆のような音が聞こえてきて今にも雨が降ってきそうだ。
「…でも、頑張らなきゃ…」
天気がどれだけ荒れようと、彦乃は作業を中断しようとはしなかった。
休憩を挟んだりしてペースを乱せば、明日の祭りに間に合わなくなってしまう。
途中で業者の人たちが来てくれればいいのだが、どうも電話の話で聞く限りだとその希望は無さそうだ。
「…はぁ…はぁ……あ、雨…」
確実に疲労と休憩なしでの運動で体力が削れてきている彦乃へ追い打ちを掛けるように、天気が更に悪くなっていく。
風は強くなってきて、夏場だからこその薄着だと言うのに肌寒くすら感じる。
そこへ更には雨まで降って来て、彦乃の身体をこれでもかと虐めてくる。
「はやく…終わらせなきゃ…」
だが、その程度で負ける彦乃ではない。
雨に打たれて服が濡れようが、ズボンが泥まみれになろうが気にも留めない。
鉄パイプを納屋から運んでは確実に組み上げていく。
途中、何度も雨に手が滑ってボルトが上手く回らない事もあった。
それでも諦める事無く、彦乃は作業を続けて行き…
「やったぁ……おわったぁ…」
どれほどの時間が掛かったかは分からないが、無我夢中で作業に没頭しているうちに全ての骨組みを組み立て終わっていたようだ。
後は納屋の扉を閉めて鍵を掛ければ終わりだ。
もう納屋も目の前まで来ている。
だが…
「はぁ……はぁ……あぅぅ…」
体力・精神力ともに限界だった。
頭がクラクラして視界が歪み、呼吸も浅く地に足が着いている感覚が無かった。
そのまま意識がどこかへ飛んで行ってしまうのと、その場に倒れてしまうのはほぼ同時だった気がする。
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ぼんやりとした意識が、だんだんと覚醒していくと共に遠くからいくつもの爆発音が聞こえてくる。
織姫が使っている銃の弾丸に、爆発する物はあるがアレよりももっとすごい轟音だ。
まるで燃料を満載したタンクローリーがまるごと爆発したかのような衝撃と勢いが迫ってくる。
『―――って! まだ…終われないでしょっ?!』
聞いたことのない誰かの声が聞こえてくる。
どことなく織姫に似ているような気もするが、別の誰かだとハッキリ分かる。
『……そう…だよ……まだ、終われ…ないっ…』
今にも死んでしまいそうな誰かの声が、まるで自分が喋っているかのように響いてくる。
『【~~】さん…アレをやるよ…』
『【~~】っ!! ダメッ!! そんなの絶対にやめてっ!』
名前の所が上手く聞き取れない。
雑音や爆音が邪魔をして聞こえないと言うよりは、声そのものがグニャグニャと歪んで頭に入ってこない感じが実に気持ち悪い。
壊れかけのボイスチェンジャーなんかはこんな感じになるんじゃないだろうか。
まぁ、使った事なんて無いから分からないけど。
『どのみち……もう私…こんなだから…さ?』
『ヤダ……先輩たちがきっと全部終わらせてくれるからっ!! アレを使うなんて言わないでっ!!』
彼女たちが言っている「アレ」とは一体、なんなのか。
そんな事を考えている余裕も無く、すぐ近くで何人かが吹っ飛ばされてきたらしき音が聞こえる。
爆発音っていうよりは、ドサッと地面に叩きつけられたり着地した音のような、そんな音だ。
『くっそ…コイツ、つえぇ…』
『ゲホッ…おい、新入り、大丈夫か?!』
『うぅぅ……いたいよぉ…』
誰もが武装した、まるでスターライトのようなその姿はどれも見覚えが無い。
ヘレンのような少女が痛みに悶えているがきっとこの人も織姫と同じく別人だろう。
『先輩方……短い間でしたけど…お世話になりましたっ!』
『【~~】っ!!』
周りの静止を振り切って、ボロボロの身体を押してでも目と鼻の先で暴れ狂う「何か」に立ち向かっていく。
そして、この状況を最も早く終わらせるためには…
『アルタイル……アルターノヴァモード、行くよ…』
『なっ! おい馬鹿やめ…っぐぅ!』
『【~~】! やめてぇっ!』
アルタイル…確かにアルタイルと言ったか、この赤毛の少女は。
彦乃が持つメテオーブと同じ名を持つ武器が極彩色と激しい風を放ち、止めようとする仲間たちを遠ざける。
まるで、危ないから近づくなとはね返すかのように。
『ごめんね、アルタイル……こんな自殺に付き合わせちゃってさ……それじゃ、【~~】さん! いってくるね!』
『いやぁぁぁぁぁ!!!』
泣き叫ぶ少女へへ、目一杯の笑顔で手を振り敵へ振り返る。
きっとこうでもしなければ、仲間全員で立ち向かっても敵わない。
そんな風に思わせるほど、敵は強大に見えた。
『【~~】さん……大好きだったよ…っ! はぁああああぁ!!』
激痛と出血でまともに機能していない両足を、無理矢理動かして敵へ向かって走り出す。
敵の攻撃が掠って傷が増えようが肉が抉られようが関係ない。
もう、覚悟は決まったのだ。
『私を殺し切れなかった…お前達の負けだよっ!!』
十分に敵へ近づき、同時に味方からは十分に離れた位置になったのを確認すると、メテオーブに変化が起きる。
光を放つメテオーブが、ひび割れてその光を失う。
『さよなら、みんな…』
それが、彼女の発した最後の言葉だった。
大量の極彩色に輝くルミナスに包まれた少女の身体は一瞬で消滅し、まるで「光の爆発」とでも言い表せるような爆発が周囲を包み込んでいく。
そして、彦乃の意識も弾かれるように遠のいて行き、一気に覚醒へと向かう。
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「……んぅ…」
一体、さっきの夢は何だったのだろうか。
なんて思いながら目を開けると、いつも見ている自分の部屋の天井ではなかった。
入っている布団も、いつも使っているのとは違いちょっと固い。
何より、腕から管が伸びて点滴を流されていた。
そう、ここは家ではなく病院だったのだ。
「織姫ちゃん…?」
身体を起こすと、隣で織姫が眠っているのに気が付いた。
彦乃が起きるのを待っていたらしく、本を枕にして眠っている。
眠気に負けて眠ってしまったといった具合だろう。
「……なんだったのかな…あれ…」
もうボンヤリとしか覚えていないが、夢の中での出来事を思い出そうとアルタイルを見る。
夢の中のアルタイルがどんな形状をしていたかは覚えていないが、夢の中の主人公は確かに自分の武器を「アルタイル」と呼んでいた。
それに彼女の言っていた「アルターノヴァ」とは一体何なのか。
アルタイルとアルターノヴァ、ちょっと似ているなーなんて思っていた。
「……2時……夜中かな?」
彦乃が祭りの為にと頑張っていた時間から考えるに、ほぼ半日は寝ていたのだろう。
そんなに眠っていたのかと思いつつベッドに身体を預けようとしてある事に気付く。
頭を締め付けられるような鈍く重い痛みがあったのだ。
「うっ……くぅぅ…」
この頭に響くような感じの鈍痛は、間違いない。
「…風邪引いちゃったかぁ…」
まず間違いなく風邪だった。
頭を締め付けるような鈍い頭痛に、身体中をたまに襲う強烈な寒気。
そして出そうになる度に織姫が寝ているからと我慢しているくしゃみ。
どれも風邪を引いている時によく出る症状だ。
「あうぅ……安静にしておくのがベストかなぁ…」
全身の力を抜いて、リラックスしきった状態で身体を休める事にのみ集中する。
織姫に何があったのかを聞きたい所だったが、今起こしては彼女が可哀そうだ。
次に起きた時にでも聞けばいいと思った彦乃はゆっくりと目を閉じるのだった。
「織姫ちゃん、おやすみ…」
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結局、次に目が覚めた時には既に織姫は居らず、夕方まで様子を見て彦乃は退院する事となった。
元々若いのだから抵抗力も強いと医者に言われていたが、まさかぐっすり眠るだけでほとんど回復するとは思わなんだ。
今の彦乃は、水を得た魚のように活き活きとしていた。
「お爺ちゃん、ただいまー…お爺ちゃん?」
祖父には家へ連絡を入れる際にいつ頃帰ってくるかは伝えてあったはずだ。
しかし、何度呼ぼうと祖父の声は聞こえてこない。
ちょっと心配にはなりつつも、居間の戸を開けると。
「彦乃ちゃん、お帰りなさい」
「おう、お帰りー」
「織姫ちゃん!? 操ちゃんも!」
…と、驚いてはみたものの、実は彦乃、勘で誰かが居間に居るのは気付いてました。
いわばサービスのようなものだ。
だからこそ、自室に直行したりはしなかった。
不審者が居間で寛いでてもいけないからね。
「どうしてウチに?」
「そんなん決まっとるやんけ」
「病院行ったら彦乃ちゃんもう退院したって聞いた時はビックリしたんだよ?!」
ふくれっ面で織姫が彦乃に抱きついてくる。
ちょっと涙目になってる辺り、本気で心配してくれているのだろう。
昨夜は深夜の遅くまで看病してくれていたのを知っている彦乃は、なんとも言い切れない顔になる。
「それで…心配して?」
「そやで。ついでにじっさまにも泊まるよう言うたら、彦乃の事頼むて言われたわ。ウチの爺と今夜は飲み明かすんやと」
「あ、それじゃお爺ちゃん、操ちゃん家に居るんだ」
行方が分からなくなっていた祖父だったが、これなら大丈夫だろう。
あっちにはまだ、操の叔父が居るだろうからあちらの心配をする事もないだろう。
それにしても少女二人に留守を任せるとは不用心な。
因みに操の言う「じっさま」とは彦乃の祖父の事だ。
「彦乃ちゃんはこっちで一緒にお喋りしようね」
「そやで? ホンマやったら病み上がりやろうから大人しぃしといた方がええんやろうけど、んなタマでもないやろ?」
「えっへへへ…」
操にはバレバレだった。
流石は姉貴分のようなものとでも思っておく事にしよう。
「えっと、お菓子持ってくるね?」
「おーう」
彦乃がそういって居間から出ようとした、次の瞬間だった。
何か違和感のような物を感じたのだ。
別に焦げ臭いだとか死臭がするだとか、そう言ったものではない。
嗅覚にではなく、勘だとか直感だとか、そういう何かに反応しているような気がする。
「……」
「…? どうしたの、彦乃ちゃん?」
「なんだろ、この感じ…ザラザラした……ううん、ベタベタした感じ…?」
と、ここで操がある提案をしてくれた。
「彦乃、よぉ似とる感覚はどんな時にある?」
「えっ? えぇと……デブリと戦ってる時…かな?」
かな?というのは、確信を得られないという事。
全く同じという訳ではないのだが、よく似てはいる。
それは、川の水と海の水くらいの微妙な違いなのかもしれない。
「どちらも水」で割り切ってしまうのか、「淡水と海水」で判断するのかは結局の所、考える側である人間次第なのだ。
「ほんなら行くで?」
「え、でもまだそうって決まった訳じゃ…」
「家ん中で籠っとったかて何も解決するもんちゃうやろ。ほら、行くでて」
「行こう、彦乃ちゃん」
どうやら、二人は既にやる気のようだ。
デネブとベガも、二人に呼応するかのように光り輝いている。
見ればアルタイルもそれは同じだった。
早く戦わせろ、そう言っているようにも見えるのだ。
「…うん、分かったよ。行こう、みんな」
そう言って二人と一緒に玄関を出て行く彦乃だったが、感じていた違和感が次第にあるものへと変わっていくのを感じた。
感覚自体は、まるで刃でも向けられているかのような緊張感。
けれども、感じ取れる気配はまるで、助けを求める誰かの声のようにすら感じるのだった。
故に、彦乃はこの戦闘準備に乗り気ではなかった。
「(助けを呼んでる…? でも、誰が…?)」
そんな疑問を抱えながら、彦乃は家を飛び出すのだった。
つづく




