第三十話 天川(あまのがわ)から落ちた花
彦乃が外に出ると、やはりというか、外は昏かった。
夜になって暗い訳ではなく、ただ別の意味で「昏い」のだ。
この暗さは以前に何度も感じた事がある。
敵と戦う場所の暗さだ。
「――彦乃、どうや?」
「うぅん、ダメ。どこにも見当たらない…というか、黒い粉も飛んでないよ?」
「さよか…とりあえず降りてきぃ」
三人で別れて、走り回れる範囲を只管に見回ってデブリが居ないかを確認する。
しかし、空から飛んで探している彦乃はともかく、屋根を伝って忍者のように走る操や道路を縦横無尽に駆け回る織姫ですら、デブリのデの字も見つけられないまま、いくらか時間が過ぎていた。
「にしたって気味悪いでなぁ…」
「うん……町の人たち、怯えてないだけじゃなくて私達に気付いても無かった…」
「気付いてない…?」
織姫は、何度か住民の様子を伺っていたらしい。
それによれば、普段通りに街を歩いているだけで、これと言って怯えているような素振りは無かったらしい。
しかも、明らかに姿を見られているような位置に居ても、まるで自分たちの事を視認出来ていないかのように何事も無く通り過ぎていくらしい。
事実、すぐ近くを通り過ぎた野良ネコが居たが、彦乃たちに気付いて逃げたというよりは、同じタイミングで吠えた近所の犬の声に驚いて逃げて行った感じがする。
「なんやろな、これ…」
まるで彦乃たちが幽霊のように見えていないような感じになっている事に疑問を抱くべきなのだろうが、三人の疑問は既にそこには向いていなかった。
別に無視している訳ではない。
見つからないのだ、敵が一匹も。
「えっと…もうそろそろ日付変わっちゃうね」
近くにあった公園の時計を見ると、あと20分もすれば日付が変わりそうだ。
あの時計がなければ、一体どれほど長い間スターライトとして活動しているかの感覚が狂ってしまいそうだった。
「せやけど、ここで諦めて戻る訳にもいかんやろ…」
「だよね。EFは展開したままだし…」
どうするか悩んでいた二人だったが、彦乃はある事に気付く。
近づいてきているのだ、何か小さな輝きが。
以前、神社や学校から見た物とは明らかに違うが本質は同じのようだ。
「来たよ、二人とも」
「がってん!」
「どこ、彦乃ちゃん?!」
彦乃の一言で、二人が一斉に臨戦態勢となった。
さっきまでお喋りモードだったというのに、この切り替えの早さは彦乃が司令塔となっているからこそと言えるのだろう。
指示を待つ操と織姫は、いつまで待っても指示を出さない彦乃に苛立ち一つ感じる事無くただ待つ。
「………っ! きた…えっ」
小さな輝きだった何かが、接近してきて彦乃が感じ取れる間合いまで近づいてくる。
それとほぼ同時に、飛んできたそれは急に加速したのだ。
まるで、獲物を見つけた獣が一直線に襲い掛かるかのように。
「これは…ダメだ、牛頭!」
「彦乃ちゃんっ?!」
「っ?! どしたんや、彦乃?!」
飛んでくる物がどんな物かをイメージで感じ取った彦乃は、大急ぎで槍を呼び出し突っ込んで行く。
飛行する手段を持たない二人は、それをただ見ているしかなかった。
「あれは…あれは…デブリの落着ユニットじゃない…」
出来得る限りの速度で上昇して行き、飛んでくる物体に少しでも高い位置での接触を目指す。
彦乃のイメージで見えたのは、デブリが出現する際に落ちてくる隕石のような物体ではなかったのだ。
では何だったのか?
「女の子がっ…っ!」
彦乃のイメージに出てきたのは、水晶体に閉じ込められて眠る一人の少女だったのだ。
一糸纏わぬ姿で、身体を丸めるようにして一人の少女が封じ込められている。
やがて接触しようという頃になると目視で確認する事が出来た。
確かに少女だ。
「よっと…うわぁあ!?」
片手で水晶体に触れると、まるで水晶体が彦乃を捕えたかのように変形して彦乃の腕を呑み込んでしまう。
だが、腕以上に呑まれる事は無い。
これはまるで、差し伸べられた手を掴むかのようだ。
「っ…牛頭、馬頭…フルパワーで行くよ!」
槍と腰のブースターが、火を噴き出し得る限界まで推力を高めて飛翔体の落下速度をどんどん落としていく。
腕が引き千切られそうになっても、気合と根性で踏み止まる。
どんどん地表が近づいてきているにも関わらず、その勢いはあまり収まっているようには感じられなかった。
「間に合え…間に合えぇぇぇ!!」
呑まれた左手も、槍を握る右手も、最後まであきらめる事無く力を込める。
一体どれほどの効果があったのかは分からないが、彦乃の頑張りは確かに結果として良いものとなった。
「っぐぅぅぅぅ…」
ついには地表にまで到達し、彦乃ごと地面へと激突したのだ。
盛大に土煙を巻き上げつつ着地した場所は、彦乃の家から十数メートル背後となる公園の一角だった。
先日、彦乃が懸命になってテントの枠組みをセッティングしていたあたりだ。
数時間前にはみんな撤去されて何も無くなっていたから良かったが、もしも撤去されていなければ吹き飛ばされた鉄パイプが家に刺さったりと二次災害に繋がっていたかもしれない。
「彦乃ぉ! 大丈夫かぁ! 返事せぇ!」
「……彦乃ちゃん、無事だよね?」
土煙の上がる中、誰かが飛び出してきた。
煙の中に居る誰かと言えば彦乃以外に思いつかない。
「げほっ…二人とも、大丈夫?」
煙の中から出てきた彦乃は、一人の少女を抱えていた。
織姫は「お、お姫様抱っこ…」なんて嫉妬に声を荒げていたが、今はそれどころではない。
「彦乃…て、なんやのこの子?」
「……彦乃ちゃん、いつの間に食べ」
こらそこ、裸の女の子つかまえて「食べた」とか言わない!
禍斗をマントのようにして身体を覆い、夜風に身体が冷えないようにはしたものの、この少女については謎めいた事があまりにも多過ぎる。
「二人とも、一旦私の家に行こう?」
「せやな、その方がええ。先行ってその子の服用意しとくわ」
「うん、お願い! それと織姫ちゃん、私の部屋から毛布持って来て?」
「うん! すぐ持ってくるね!」
織姫もすぐに彦乃の家へ行ってしまった。
残されたのは彦乃とこの少女だけになってしまう。
空を見れば、じわじわと暗さが変わってきているのが僅かに分かる。
どうやらこの少女を包んでいた結晶体が、いつも敵が最初に降ってくる時の物と同じだったらしい。
それが自壊したのでフィールドが消滅していっているのだろう、という訳だ。
「…それにしてもこの子…っ!? まずい!」
暫く抱いていた彦乃だからこそ、これには気付けた。
この少女、まったく息をしていないのだ。
二人に支持を出していた時も、禍斗を毛布のように巻いていたから気付けなかったが、顔を触ってみると死んでいるんじゃないかと思う程に冷たい。
これは非常にまずい。
「今ここでやらないと多分この子は…」
学校で習った救急行動の手順を必死に思い出す。
これといった苦もなく彦乃は思い出す事が出来た。
その場にゆっくりと降ろし、禍斗をシーツ代わりにして寝かせる。
少女の口元で耳を澄ませるが、やはり呼吸はしていなかった。
すぐに頭を傾けて気道を確保してもう一度呼吸しているかを確認するが、やはり呼吸していない。
「…ふっ!ふっ!ふっ!ふっ!」
見様見真似で心臓マッサージをするが、やはり反応はなく、手を止めて耳を澄ませても呼吸は戻ってこない。
次にする事と言えば。
「すぅ…」
息を思いっきり吸い込んでの人工呼吸だ。
鼻を摘まんて空気の逃げ場をなくし、出来るだけ多くの息をこの子の肺へと送ろうとする。
だが。
「っ?! んっ…んんぅっ?!」
口を付けたと同時に、少女の腕が彦乃の頭を両手で挟んで固定してしまった。
いきなりの事に驚いた彦乃が離れようとしたが、なかなかの腕力なようでビクともしない。
もがいても全く動きそうにないし、何よりある違和感が彦乃の判断力やその他諸々を鈍らせた。
「ん…んぅ…(何、この感じ…力が抜けて…)」
キスの際に目がトロンとして力が入らない、なんてロマンチックな物では決してない。
まるで身体全体の動こうとする気力やそういった物を、口移しで奪われていくような感覚に襲われる。
危機感を覚えつつも、身体に力が入らない状態ではどうする事も出来ず、彦乃はただ一方的に奪われていく。
そして。
「……っ?!(なに…これ…?)」
目の前がぼやけるような感覚に襲われたかと思うと、彦乃の身体に異変が起きる。
正確に言えば「アルタイルに」が正しいだろうか。
彦乃の目の前で、篭手が泡が弾けたように消えてしまったのだ。
同時に、腕に感じた感覚と同じような感覚が身体全体から感じられた事から、変身が解けてしまったのだとすぐに理解できた。
「彦乃ちゃん、持ってき…」
「んっ?!」
まずい、非常にまずい。
この状況を、まさか織姫に見られてしまうとは。
「彦乃ちゃんのファーストキスをよくも…」
どうしてファーストキスだと知っているのかと驚く彦乃はさておき、織姫は毛布を取り落として銃をこちらへ向けていた。
折角助け出したこの少女を撃ち滅ぼそうとでも言う気なのか、織姫は。
「しかも、あんなに長くくっついて……私だってあんな…」
なにやらぶつぶつと言っているが、このまま撃たれる訳にはいかない。
と考えていると彦乃の身体に徐々にではあるが力が戻りつつあったのだ。
それに少女も腕での拘束をやっと解いてくれた。
「ぷはっ! 織姫ちゃんやめてっ!」
「彦乃ちゃん? どいてよ、その子撃ち抜けない…」
「今撃ったら、織姫ちゃんの事嫌いになっちゃうからっ!」
彦乃のその一言で、織姫はピタリと動きを止めた。
銃をその場で手放して落とすと同時に銃は光となって砕けて消えた。
もしかすると牛頭も同じように必要ない時はああやって消す事が出来るのだろうか。
まぁ呼んだら来るしやろうとは思わないかもしれないが。
「…織姫ちゃん…ありがとう、とりあえずこの子を…」
「待ちな、彦乃、織姫!」
力も戻ってきつつあった彦乃が、織姫と一緒になって少女を家へ運ぼうとしていた時、後ろから聞き慣れた声に呼び止められる。
二人が後ろを振り返ると、そこにはヘレンが変身した姿で立っていた。
腕を組んで仁王立ちのまま、敵意を隠そうともせず剥き出しにしながら。
「ヘレンさん?!」
「どうしてここに…」
「どうしてもこうしてもあるか! ソイツはデブリだ、見かけに騙されんな!」
叫びながら、二人と少女を引き剥がすべく突っ込んでくる。
「……何の真似だ、彦乃?」
「っ……」
言葉よりも先に身体が動く、なんて事をよく聞くが彦乃がまさにそれだ。
織姫に少女を預け、二人とヘレンの間に割って入って彼女の剣を阻むべく両手を広げて立ち塞がる。
今の彦乃は、スターライトとしての姿ではない。
もしもヘレンの手元が狂って彦乃に刺さりでもしていたら、命は無かっただろう。
「てめぇ…ソイツがどんな存在なのか分かって…」
怒りに顔を歪めるヘレンだったが、唐突に流れ出したメロディに身体を強張らせた。
別に荘厳なイメージとかそんなものではない。
どこかで聞いたようなアニメソングをリコーダーで演奏したような、そんな気の抜けた感じの楽曲なのだが、その曲だからこそヘレンは「ケッ…」と彦乃たちを一瞥して剣を収めた。
「社長からだな、出ていいぞ?」
「え、どうしてそんな事が…」
「ウチの会社で支給した携帯が鳴ってんだろ?! 早く出ろよ!」
「あ、はいっ!」
どうやら共通の音楽に設定されているらしい。
ヘレンも同じ設定になっているのか、一気に気が削がれたような顔になっている。
こそこそと隠れるようにして電話に出ると、ヘレンの言う通り朱莉からの電話だった。
「おつかれー。夜の遅くにごめんね、彦乃ちゃん」
「えっと…朱莉ちゃん、ヘレンさんが来てるんだけどこれって…」
「あぁ、その事については気にしないで。それより彦乃ちゃんには二択問題を出すからどっちかを選んでね」
朱莉の言葉と共に、その場の空気が苦しくなるほど重くなったような気がする。
まるで声の雰囲気だけで威圧してくるかのような。
「君が保護したのは間違いなくデブリなんだ。反応を測定したらほとんどデブリだって結果が出た。そこで君の取れる行動は二つに一つ…その一:その子をヘレンに引き渡して、君達はその子についての一切を口外しない事。もう一つは…」
「何それっ?! この子をどうするつもりっ?!」
「どうするって…君ならどうすると思うの? 私たちが死力を尽くして戦っている相手なんだ、分析で弱点や有効打でも見つかれば万々歳だろうね」
「そんなっ…」
要は実験動物のように扱われるという事だ。
いかに人と同じ姿をしていようが、彼女がデブリというだけで攻撃の的にされたりする。
そんな事、許せるはずがない。
彦乃にはもう一つ、それが許せない理由もあった。
「だって…この子は私に助けてって言ったんですよっ?! それをそんな実験動物みたいに…」
「まぁまぁ、話は最後まで聞きn…」
唐突に、通信が切れた。
何があったのかと思うより前に、ヘレンは身構えて空を見上げる。
空が昏いのだ。
EFだ。
「来るぞ! お前ら、準備しろぉ!」
12時、日付の変わるのと同時に、周囲が静まり返る。
騒いだりしていた家からは笑い声が消え、代わりに付けていたであろうテレビの音だけがよく聞こえるようになる。
「でも、アルタイルが…あ、行けた!」
変身を解かれ、もうダメなのかと思っていた彦乃。
しかし、一度アルタイルに意識を向けるだけで、アルタイルもそれに応えるように彦乃はスターライトとしての姿に変わることが出来た。
「腰抜かしてんなよっ?! その小娘に関しちゃ後回しだ、奴らをぶっ潰すぞ?!」
「はいっ!」
闇夜を照らすように輝いた彦乃たちは、迫りくる脅威へと立ち向かう事となる。
確実に近づいてきているそれらを感じ取ると同時に、彦乃はある違和感を覚えた。
あれらは全て、この少女を追いかけているのではないか…? と
つづく
毎週水曜日投稿でやってますが、最近投稿間隔が遅い気がしてならない……このままでも大丈夫でしょうか?感想でのお返事待ってます




