第二十三話 本来の姿 前編
セレスに呼び出され、再びコンペイトウへとやってきた彦乃たち一向。
彼女たちがここへ来て早々に言われたのが次の一言だった。
「お三方、メテオーブの方をお預かりしてもよろしいかしら?」
車で目的地に到着した直後、同行していた雪菜から言い渡されたのがその一言であった。
ダッシュボードから取り出してきた、普通ならダイヤモンドとか乗せちゃうような高級感あふれる朱色のクッションを付けたトレイが差し出される。
タバコケース程の大きさのそれには小さなネームプレートが三枚備えられていて、それぞれがメテオーブの種類とその持ち主の名前が刻まれているのが分かる。
最初から誰を招致するのかを決めていたらしく、三枚の内容はデルタ隊の三名ではなく彦乃たち同級生での組み合わせとなっていた。
「うわぁー、なにこの触り心地ー…きんもちいいー…」
「なんですか、これ?」
「何って…ただのケースですわよ?」
キョトンとした顔のまま織姫を見る雪菜からは、もう数日前のような鬼気迫るような表情は微塵も見えはしない。
あの時の事はもうすっかり忘れて、今ではスターライト同士という立場にいるのだから当然と言えば当然か。
まぁ、独断で試験を始めたりした時は本当に焦っていたのだろうというのがよくわかる。
「えっと……竜天寺さん」
「あら、雪菜で良いと言いましたのに…まぁ呼びやすいように呼んで貰って構いませんが……ところで、どうしたんですの?」
一方で引き摺っていた所もある彦乃は、どこか余所余所しい接し方になってしまっていた。
キツく叱られた子犬が、それから暫くの間それを引き摺って寄り付かなくなってしまうような感じだろうか。
雪菜の方はもうすっかり気にしていないらしく、特に責任を感じているような様子は見られない。
「竜天寺さんはもう預けたんですか? メテオーブを」
「いいえ? 一斉整備は戦力管理上は承認できないという社長の意見で、私達アルファ隊は待機を命じられています。まぁ、出撃の必要性が薄そうだったのであなた達の送迎に遣わされた訳ですが」
見た所、雪菜はメテオーブを身に付けてはいないようだ。
確か彼女のメテオーブはブローチだった筈だが、どこかへしまっているのだろうか?
そんな風に美波が視線をキョロキョロさせているのを知ってか知らずか、雪菜は足元に置いてあったカバンに手を突っ込み中から何かを探していた。
探していたものはすぐに見つかったらしく、取り出すまでそんなに時間はいらなかった。
「ほら、カノープスですわ」
「……なんで取り出したの?」
「…あら?……え、えっと…私のメテオーブはどこなのかなぁって探しているように見えたので…」
慌てて否定しようとするものの、美波は全く動じない。
ただの勘違いなだけだと理解した雪菜は、じわじわと恥ずかしさが募っていく。
そろそろ唸り出すかと思った頃に、彦乃からフォローが入った。
「はい、美波ちゃんもここに入れて?」
「え?あぁ、そうだったわね…へぇ、そうやって入れるのね」
「ちょっと洒落てるよねー」
「横に並べたら入らないから」
赤いクッションの上に置かれた、彦乃のアルタイル。
そしてその輪の中には織姫のベガが置かれていた。
どちらも円形故に、二重丸のような形となっている。
ここへ美波のチョーカーを外し入れれば、ちょうど二つの真ん中に収まって三重丸となる。
あまり考えては居ないのだろうが、ちょっと洒落た形だとは思う。
「全然違う所にある星同士だけど、こうしたら太陽系みたいだよね」
「太陽と言えば、周防社長がそれですわね。サンのメテオーブの持ち主だそうで」
「おぉ!確かにそうだ!という事は、ここに朱莉ちゃんが居る訳だ!」
そう言いながら、織姫の指輪であるベガの中心点を勢いのままに押さえた彦乃。
ちょっと離れた場所で顔を赤くして彦乃の様子を眺めている織姫はさておき、彦乃は触れているクッションに違和感を感じて指を離す。
ムニュッとした感覚で押し返してくる物だとばかり思っていたのが、反発もほとんどなく、何やら堅い物を押してしまったような感触があったのだ。
カチッという音こそ聞こえなかったが、何かを押したのはほぼ間違いない。
『……えっ?! もう始まってる? …えーこほん、よく見つけたねー諸君』
「周防社長の声ですわね」
「これ、レコーダーだったんだ…」
クッションの裏側に、レコーダーが仕込まれていたのだろう。
それのボタンを彦乃が押してしまい、録音されていた声が再生されたと言う訳だ。
拍子抜けな感じの声で話す朱莉は、なぜメテオーブを預けるかという理由についておおまかにだが教えてくれた。
メテオーブの大幅なバージョンアップを行うにあたり、専門の研究チームが用意されている事。
改修は数時間で終わるので、社内に居てほしい事。
更には、お菓子の試作品を試食して欲しいという事まで言って、録音は終了した。
「おー!試食会?!」
「あぁ、もうそんな季節なのね。確か…去年は、カレー玉でしたっけ?パチンコ玉くらいのラムネ菓子の…」
「でしたわね。わさび玉・カレー玉・唐辛子玉の三種を作って、結局は罰ゲーム用にちょっと売れた程度で終わってしまいましたが」
「何ですかそのノリと勢いで作っちゃったようなお菓子…」
そんなものを作っておいて、今年はいったいどんな物を作っているのやら。
どちらにせよ、良い物である予感がまったくしないのは事実だった。
何を食わされるのか、分かった物ではない。
「今年は確か、ソフトボールチョコの改良型新作とか仰っていたかしら」
「えっ?!嘘ですよね?! 外側から中心までチョコギッシリなアレをっ!?」
「なにそれ?」
ソフトボールチョコとは、チョコレートを球状に固め、イースターエッグのように中へ何かを詰めるわけでも無くただただソフトボールの大きさにまで肥大化させた物。
当然、人が噛み砕くには固すぎるため、主にコストパフォーマンスを活かしてバレンタインデー等で手作りチョコを作る時の元チョコとして使用されている。
舌触り自体はまろやかなので、本当にどうして加工用のチョコレートとしてではなく食用チョコレートとして販売しているのか分からない商品である。
「あとは他にも…」
「あーっと、ストップストーップ!」
呆れ気味になってきていた二人を止めるように、彦乃が前に出て二人を止めた。
だが、彦乃の本当の気持ちは、なにも「呆れている二人を止めよう」という訳ではない。
彦乃を知り尽くしている織姫にはそれが何なのか、手に取るように分かる。
あれは「ワクワクした気持ちが逸っている顔」に他ならない。
眼をキラキラさせながら、どんな試食会になるのかと楽しみにしている顔だ。
「っと、そうですわね。全員分のメテオーブ、確かにお預かりしましたわ。私はこれを研究所の方へ届けに参りますので、青星さんはお二人の案内をお願いしますわ」
「分かりました…いつもの部屋でいいんですか?」
「ですわね。それでは」
そう言って雪菜は美波からメテオーブの入ったケースを受け取ると会社の中へと歩いて行く。
なぜここまで車の中で談笑していたのか?
7月にもなるとジメッとした空気とカラッとした熱気とが混ざって、辛い者には辛いのだ。
社内なら空調も効いているのだろうが、お喋りをしているうちに居心地が良くなった、という感じか。
暇つぶしに携帯を弄っていた運転手に声をかけ、彦乃たちは社内へと入って行った。
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あれから一時間ほど経って、社内の一室に彦乃たち三人は通されていた。
ただ、車の中でのようなキラキラとした眼は、もうその場には無い。
「……やっぱりね…」
眼の前には、三種類の菓子類が並べられている。
まず一つ目は、人の頭くらいあるんじゃないかという大きさのチョコレート。
その名も「サッカーボールチョコ」
お察しの通り、ソフトボールチョコの改良版だった。
寧ろ改悪だが。
「ジュースくらいは……何これ…」
置かれたコップに入っているのは、どういう原理でこうなっているのかよく分からない代物だった。
光の当たり方によって、七色に輝いて見えるそのジュース。
その名も「レインボージュース」
なんでも温度や湿度で味が変化するらしいが、そのあまりにも奇抜な見た目から誰も口にはしていない。
かと思っていたが…
「ここをこうして…はいっと!」
彦乃はサッカーボールチョコを、なんと手刀一つで真っ二つにして見せた。
見た所そこまで力は入っていなかったようだが、仮にも15歳の少女が見せて言い腕力ではない。
まぁ、実際の所はそんなに力を入れていないようだったが。
「彦乃ちゃんっ?! どうやったのそれっ?!」
「あっははー…ソフトボールチョコの時もなんだけど、模様に沿った所がすっごく脆いんだよねーコレ。だから、そこを砕いて破片にしてから食べるんだー」
なんて解説を挟みつつも、彦乃は何度もトントンと叩いては砕いて行く。
まるでキャベツの千切りでもするかのようなリズムでこなされていく様を見て、美波は驚いていた。
一方の織姫は、まるで料理をしているような彦乃に酔い痴れていた。
「それで、美味しいんだよねー。はい、織姫ちゃん。あーん」
「あーんっ!!」
彦乃がチョコを砕く手を止め、適度な大きさの破片を織姫に向けて差し出す。
それを織姫は大喜びで食いついた。
彦乃の指ごとだったが。
「ひゃんっ! 織姫ちゃん、くすぐったいよぉ!」
「ふぅ……堪能しました…」
「なんなのコイツら…」
内心で犬かよとか思いながら二人の事を見ていた美波は、時計を見てそろそろかとテーブルの片付けをし始める。
織姫と彦乃も、それに倣うようにテーブルの片づけをはじめていた。
砕いたチョコの破片をつまみながらだったが。
「おつかれー。おいしかったー?」
「社長、あれ本気で出すつもりですか?」
「ひどいなー。しっかり考えた結果だっていうのにさー?」
入り口の扉が開き、入ってきたのは朱莉だった。
隣には長身の女性が立っており、その顔を見て美波は顔を引き攣らせる。
げぇ、○○!? みたいな感じに。
「あ、朱莉ちゃん。と…」
「セレス・H・アルヴィスです」
セレスと名乗った女性は、彦乃へ握手を求めて手を差し出した。
腰まで伸びた金髪を、手入れをしたことが無いんじゃないかと思う程ボサボサなまま放置して、所々からはピョコンと毛が立ってアホ毛みたいになっている。
不潔という訳ではないのだが、操を遥かに超えるレベルの高いボディが少し勿体なくすら感じさせる。
スーツに白衣と、研究者然とした恰好からしてメテオーブの研究チームだろう。
「あ、電話の! 雲類鷲彦乃です、よろしくお願いします!」
「はい、こちらこそ。サンプル回収っと…」
握手をした時に、彦乃はセレスの手に若干の違和感を覚えていた。
そしてその違和感はすぐに意味を理解させてくれた。
セレスが手首を弄ると、まるで手の皮が剥げたかのようにベリッと捲れ上がり、一瞬で白衣の裾の中へ吸い込まれていくのが見えてしまった。
「あ、お構いなく」
「は、はぁ…」
「初対面の挨拶でそれとか、やっぱり狂ってるわね、ドクター・アルヴィス」
ビックリショーでも見せられたように勢いを殺された彦乃を守るように、美波が前に出る。
これでもかという程に睨んではいるが、セレス自身は別段気にしていないような顔だ。
実際気にしては居ないのだろう。
「…さて、全員のメテオーブの改修が終了しましたので、研究所の方へご案内します」
「あ、もう終わったんですね!」
「はい。基礎は出来てましたので、後はメテオーブをそこへセットして微調整するだけといった所まで来てましたので」
「要はガワは出来てたって訳ね」
美波の言葉に、セレスは頷く。
持って来てこそ居ないものの、それにも事情がありそうだ。
「皆、準備はいい?」
「はーい!」
「大丈夫です」
「私も行けます」
「では行きましょうか」
セレスの案内で、迎えに来た朱莉と共に研究所へ向かう事となった彦乃たち。
果たしてメテオーブはどのような進化を果たしたのだろうか?
つづく
今回は少し長くなってしまう都合上、前後編に分けてあります




