第百話 おかえりなさい
百話到達!!
夜が明けて、いつもと同じ朝が来る。
いつもと違う所があるとすれば、隣で桜が寝ている事くらいだろうか。
「……」
隣ですやすやと寝息を立てる桜を見ていると、帰ってきたんだという安心感が彦乃の心を潤していく。
昨日までは桜が帰って来なくて心配だったが、今日からは一緒に過ごせるんだ。
だったら、もう少しこのままゆっくりしていてもきっと怒られる事はないだろう。
そう思っていた。
「……んんっ?!」
彦乃は、不意に感じた気配に布団から飛び起きる。
安らかな安心感など凍て付かせてしまうような冷たい気配を感じ取ったからだ。
窓の外を見れば、その気配の正体はすぐにでも判明した。
というか感じ取った気配から誰なのかは既に分かっていたが。
「お、驚かさないでよぉ… おはよう、織姫ちゃん」
「ごめんね。 おはよう、彦乃ちゃん」
窓の外から覗いていたのは織姫だった。
そして、その服装は学校の制服だ。
「彦乃ちゃん、遅れちゃうよ?」
「ごめん、すぐ準備するから」
「入り口で待ってるね」
「はーい」
こうやって何気ない日常の会話をしながら、今日もいつもと同じように学校へ行く。
さあ、三学期の始まりだ。
「桜ちゃーん、起きてー?」
「むにゃぁ… あと一日ぃ…」
「なっが!? ほら遅刻しちゃうから起き…てっ!」
いつまでも惰眠を貪るのは、いくら甘やかしがちな彦乃だって許しはしない。
布団を引っぺがしてでも起こしにかかる。
そうでもしなければ、桜は起きなかっただろう。
「うぅぅぅっ?! さ、さっむぅいぃ…」
「はい、桜ちゃんおはよっ」
「うぅぅ… 彦乃、ひっどーい…」
季節は一月になったくらい。
そう考えてみると、こうなるのも必然と言えば必然か。
はーっと吐いた息は白かった。
きっと今も織姫は、もっと寒い外で待ってくれているのだろう。
ならば手早く準備を済ませて一緒に行かないと。
「はいコレ着て…はいスカート履いて…はいカバン持って」
「んー…」
自分の準備をしつつ、桜の準備もテキパキと進めていく。
元々誰かの世話を焼くのにも慣れていたし、嫌いどころか好きな性分の彦乃にとって、これは全く苦にならない。
もうすっかり手慣れたものだと言っていいだろう。
「あっ…」
「…? 彦乃、どうかした?」
「う、ううん? ほら、ボタン掛け違えてる」
自分の着替えをしている時に見つけたのは、腹から胸にかけて刻まれた一直線の傷跡。
意識を上書きされていた桜に刺された傷だという事は分かっている。
それにあれは桜ではあっても、今この場に居る桜とは違うと理解している。
けれど、その思考をこの消えきらない傷跡は否定しているようにも感じられた。
彼女は私を一度、確かに殺したのだと彦乃本人に訴えかけているような気さえする。
「…よっし出来た ほら行くよ 織姫ちゃんも!」
「はーい」
「うん、彦乃ちゃん、行こう!」
こうして、今日も彦乃たちはいつもの日常へと戻って行く。
冬の寒い中を元気に動き回り、一生懸命勉強をして賢くなっていく。
そんな日常を、今日も過ごしていくのだ。
「……ここで問題になっているのが、これです」
「ふぅん… ねぇ、何これ?」
時刻は朝の同じ頃、コンペイトウの研究棟。
人の出入りはやはり地上のロビーなどと比べると圧倒的に少ないが、地下は地下なりに情報が行き交っていた。
研究棟の一室で会議が行われている。
モニターの前に立つのはセレス、そして向かう席にはヘレンやレジーナが座っていた。
本来なら美波や輝もここに居るべきなのだろうが、朱莉が出席する必要はないとして学校へと行かせていたりする。
「私にはさっぱり」
「これは…ヒコノのスターライト態のデータサンプルですか?」
レジーナの推測はほぼほぼ的中していた。
モニターに映し出されているのは、彦乃がスターライトとなった際の姿をセンサーで読み取りデータ化したもの。
バイタルデータやルミナスの保有量、総合的な戦闘能力など、色々なデータが取られていた。
「はい。 そしてこちらが、ギャラクシーモード時のデータになります」
モニターを動かすと、やはりと言うべきか全員がデータ欄のある個所へ目が行く。
「やはりすごいわね」
「いつ見ても驚かされるね、全く… なんだよ、ルミナス保有量:無限って」
カタログスペックは総じて高評価、一流のスターライトと比べてもかなりの優良データである事には変わりない。
だが一番驚くのは、そのルミナスの保有量にあった。
ルミナスの保有量とは、即ちスターライトが力を発揮して戦える持久力にも直結する他、エネルギー容量としての見方や砲戦火力の評価にもつながっている。
それらを考慮した上でだろうと、彦乃のその欄には無限と表示されていたのだ。
「空戦適性による高機動戦闘、成層圏に出現した落着ユニットの即時発見 それら以外にも数々の優位性を彼女は持っています」
「ですね」
「一緒のチームなんだし、その評価は私も一枚噛んでるから知ってる事だぜ?」
確かにすごい事だろう。
それは良く伝わって来た。
なら、この会議を開いた理由は、改めて彦乃の凄さをデータ化する為か?
答えはノーだった。
「で、結局この会議はなんなんだ?」
「お教えしましょう… 今日私が持ってきた最大の企画。 それは…」
溜めに入ったセレスは、唐突にモニターをえいっと押す。
どうなるのかと見守っていたが、どうやらきちんと押せていなかったらしく、モニターに変化はない。
慌ててちゃんともう一回押す事でしっかりとモニターも動き出してくれた。
ここでのお茶目アピールはいかがなものかと。
「なにやってんだよ…ドジっ子アピールかー?」
「……あら行けない、涎が…」
約一名には効果があったようだ。
けれど、あまり良い行動とは言えない。
なにより話が滞ってしまう。
「コホン …それで、ですね これがそのプロジェクトの概要になります」
「雲類鷲彦乃強化プロジェクト?」
「戦力の一極強化は好ましくないとか言ったのはどこの誰だったよ」
ヘレンは不服そうな顔をしていたが、レジーナはこの計画には賛同的だった。
まぁセレスが立案したからというのも多分に含まれているのだろうが。
それでも、この計画の概要にはレジーナを納得させるだけの凄味があるのだろう。
「雲類鷲さんはシューティングスターモードに加え、彼女独自のギャラクシーモードを持っていますがその他にも通常のスターライトと違う所がいくつかあります」
「いくつかで済むのかよ…」
ヘレンの愚痴も最もな意見だろう。
スターライトはそれこそ人によって千差万別。
彦乃やヘレンのように戦闘に向いた者も居れば、輝のように回復に向いた者もいる。
広義的な解釈の仕方によっては、彦乃だって厳密には戦闘向きとは言えない事だってあるかもしれない。
「それを一つづつ説明していきたいと思います」
要はこれから始まるのは雲類鷲彦乃という一人の戦士の分析結果という事になる訳で。
その特性を知っておく事はつまり、彼女を扱う上で有用な使い方を出来るかどうかに関わってくるのだろう。
「まずは、初期のスターライト態の装備各種について説明します。 ハストラングさん、雲類鷲さんの主兵装は何でしたか?」
「はい、彼女の主兵装は推進機関を兼ねたショートスピア「牛頭」がメインウェポンとなっています」
「後は腰にある二基一対の推進機関「馬頭」と巫女服みたいな格好の「禍斗」だな」
これらが、彦乃の通常形態における装備である。
槍の牛頭に関しては、これまでの戦闘で二本同時に装備して使った事もある事から何も一本で戦う必要はないらしい。
まあ、彦乃の戦闘スタイルとしては一本で戦った方がよく馴染むのだろう。
「はい、通常形態の装備は以上となります。 ではヘレンさん、彼女の能力はどういった物でしょうか?」
「ここで私に振るのかよ ええと、牛頭と馬頭の推進機で空を飛べるから空戦ができるってのがまず一つ。私みたいに壁を蹴って空中に駆け上がって行くんじゃなくて純粋に空中を自由に飛べるのなんて社長と彦乃くらいしか知らないな」
「私も、本国の方に居た空中戦が可能なスターライトはほんの数人しか見なかったですね。 この時点で既にレアな上に…」
レジーナは途中で言葉を切って、残りをヘレンに任せる。
面倒だからとかではなく、この説明を任されているのがヘレンだからだ。
自分はあくまで補助的な説明しか行わない。
「更には滅多に居ないレーダー型のスターライトだ。 しかも索敵範囲は集中力にもよるが成層圏まで行くんだろ? マジモンの化物じゃねえか」
「現行兵器の域を超えた距離の探知が出来ていましたからね」
「とりあえずは、だ。 こと索敵にかけちゃ彦乃の右に出るヤツはいねぇって事だ。 しかも距離の測定も探知の応用でか一瞬で把握できるし…やっぱ兵器になるだろこれ」
空の遥か彼方まで探知できる上に、それまでの距離も性格に測定する事が出来る。
この能力を彦乃は日常的に使っていたりするが、常識で考えてみれば馬鹿げているとしか言えなくなってしまう。
今まではコンペイトウにある指令室がいち早くデブリの出現を検知してスターライトを送り込んでいた。
それなのに今となっては、彦乃の方が早くデブリに気付いてしまえる程の探知速度だ。
「しかも極め付けはギャラクシーモードの時のアレだもんなぁ」
「細分化すればまだありますが、おおまかな区分で言えば「空戦適性」「探知適性」「生産能力」の三つに関してズバ抜けていますね」
「ギャラクシーモードに関しては後ほど。 今は通常モード時についてお願いします」
ギャラクシーモードの項を引っ張り出そうとしていたヘレンの手を止めさせたセレスは再び通常モードのスペック情報を呼び出して話を元に戻す。
「後は…あぁ、戦闘に距離を選ばないのも協力な利点ですね」
「ていうか速度も早いからあんまり距離関係ないっていうな」
ここまで来ると、本当に弱点らしい弱点が「防御が薄い事」くらいしか出て来そうにない。
仲間思いな性格の彦乃には、盾の一枚でもあった方が戦いやすいのだろうが、彼女の戦闘スタイルはそうではない。
「仲間を守る為に戦う」という信念は崩さず「味方がやられる前に倒し切る」というような、先手必勝スタイルなのが垣間見える。
「なにより極めつけな事は、これらのスペックをサテライトの補助も無しに発揮している事にあるって事か?」
「記録によると、彼女がこれまでに受け取ったサテライト、シューティングスターモードを制限するリミッターの物しかないそうで?」
「はい。 年末に壊してしまっていましたが、彼女が受け取ったのはそのリミッターの一つだけなんです」
この壊してしまったサテライトとは、即ち彦乃の味覚が無くなった時に持っていたサテライトだ。
本来であればスターライトの証であり心臓部となっているメテオーブに装着したり変身時に持っているだけで効果を発揮する物もあるサテライト。
ストラップにしたり指輪にしたりと加工は比較的容易に出来てしまうのだが、問題点があった。
それを付けて大丈夫かどうかはスターライトに依る部分が大きいのである。
「適性が合わないとかならまだしも、彦乃自身「他の皆を優先して」って言ってたもんな」
「私は大丈夫だから、なんて言ってましたが…」
「強がりなどではありませんよ ただ、彼女のメテオーブ…アルタイルの扱えるサテライトが極端に少ないだけなんです」
アルタイルに対応したサテライトは、他のメテオーブと比べて極端に少ないらしい。
とは言っても、検証が行えるほど大量にサテライトが開発された訳でもないのだが。
「そこで、私は考えました」
「よからぬ事を?」
「いいえ、真っ当真面目に考えましたよ。 その結果として、雲類鷲さんをサテライト等の外部アプローチによる強化を図る計画を組んだという次第です」
自信満々に言ってはいるが、果たしてそんな簡単に行くだろうか。
これまでだってほとんど見つかる事が無かったというのに。
だが、やると言ったからにはやるのがセレスという女だ。
「既に関連する素材をいくつか選定し加工段階に入っています。 数日中には雲類鷲さんを呼び出してテストを行って貰うつもりです」
「早いっ!流石です!」
「私はあんまり賛同できねーかな」
シューティングスターモードを使ってでも戦ってきたヘレンなら分かる。
短期間における彦乃の戦果は確かに輝かしい物だ。
だが少し頑張り過ぎているようにも見える。
彦乃が既にどれだけの代償を払ってきたかはこの場に居る誰もが知っているだろう。
右目が痛むのは慣れて普段と同じように過ごせているし、嗅覚も匂いを気にせず動けるから寧ろ楽だとポジティブに考えるようにしているらしい。
一番堪えたであろう味覚はこれから慣れて行けばいいし欠けた記憶もその内戻ると信じていると来た。
一度ポジティブなのもいい加減にしろと叱るべきかと頭を悩ませるのは、いつもヘレンの役回りになってしまっている。
「人手が足りてないのは分かるけど、無理させ過ぎなんじゃって思うんだよ私は」
「では貴女は、デブリに街が一つ食い尽くされたとして、その理由を「人手が足りなかった」で済ますんですか?」
「っ?! てんめぇ… それは卑怯だろうよ…」
例えばの話ですよと話を切るセレスだったが、戦闘員でない彼女にだって感じる事は出来る。
ヘレンから噴き出す憎悪と殺意の混じった怒りの炎を。
背中から何か良く分からないものが立ち込めてメラメラと燃え上がるその姿が。
「…さて、雲類鷲さんのスペックデータの話へ戻りましょう」
「ノーマルモードは話しましたし、次はシューティングスターモードでしょうか?」
「はい、ではこちらの説明を…またヘレンさんにお願いします」
この選択が果たして偶然なのが故意なのか。
真相はセレス以外には誰も分からないだろう。
「…ええと、SSモード時は禍斗が進化して犬神になって、全体的なスペックが上昇する感じで…あぁ、後アレだ。イヌミミが生えてくる」
「イヌミミっ?!」
「データを出しますね」
そこに出されたのは、満を持して登場したSSモード時の彦乃の姿。
禍斗の装備はあまり変わらずだが犬神へ進化し総合的な戦闘力が上昇。
ギャラクシーモードの要素も引き継いでおり、ルミナスをこれでもかと生成しまくる。
これによる火力の増加が特に顕著で、砲撃時に特にその威力を発揮していた。
頭部にイヌミミが生える、なんて言ってはいるが本当に生えている訳ではなく、それっぽい装備が増えているという事になる。
役割としては彦乃のセンサー強化に用いているのだが、ピクピクと動いているのを見ていると本当に頭から生えているんじゃないかと思いたくなる事も。
「まぁ切り札にするには十分な上昇がされていますので、必要に迫られれば使用する事もあるでしょう」
「なるべくならそうさせたくはないけどな。 本気出した代わりに死ぬなんてゴメンだぞ私は」
SSモードが諸刃の剣と言われる所以はそこだ。
切り札足り得る強さを手に入れるのはいいが、本気を出した事で持って行かれた物を考えると多用は出来ない。
そういうものだ。
「では次に、ギャラクシーモードの方へ行ってみましょう」
モニターを動かし、前にギャラクシーモード時のスペックデータを持ってくる。
「装備自体はノーマルモード時同様ですが、それらの装備が稼動してルミナスを無限に放出し続けるのが最大の特徴となっています」
「無限ってのが末恐ろしいんだよなぁやっぱ」
「計測では無限となっていても、いつかは尽きるかもしれないから」
レジーナの心配もあるが、やはりそこが気になる所。
無限となっていても、本当に無限かどうかなんて誰にも分からない。
数値が膨大なだけで計測しきれていないだけかも知れないし、計測機器の故障かもしれない。
少なくとも、その無限という数字に頼り切りになってしまうのは良くないだろう。
「そこはこれから改善していけばいいだけの事ですから」
「もうちょっと研究者っぽい事言った方が信じてたわ、私…」
「まぁ、情報がまだまだ少ないですから、しょうがない…ですよね」
と、こんな感じの話がいくらか続いた所で今回の会議は終了となった。
結果としてはこれから彦乃の強化計画が始められていくとの事だが、果たしてどれほどの結果が残る事やら。
それは神のみぞ知る所、とはぐらかすのが計画案を出した本人だと言うのが物凄く不安にさせる。
「必ず強くして見せますよ、 …彼女はダイヤの原石のようなものですから」
なんて言いながら部屋を後にするセレスを、誰も追おうとは思わなかった。
触れ難い雰囲気とかそういうのが出ていたのだろう。
セレスに目を付けられてしまった彦乃の明日はどっちだ!
続く




