第9話 手紙
学院トーナメント戦まで、あと三日。
朝の訓練場。
ゴォッ!
巨大な炎の槍が標的を貫いた。
ドォン!
「……よし」
アリシアは杖を下ろす。
額には汗が浮かんでいる。
「もう一度」
彼女は標的を見据えた。
「まだ速くできる」
そこへ。
「フッ……朝から熱心なことだね」
「……ルシアン」
アリシアが振り返る。
「あなたも?」
「僕は確認に来ただけだ」
「トリックのこと?」
「当然」
ルシアンは手帳を開く。
「彼の魔法は、まだ分からないことが多すぎる」
「……」
「特に、あの視線誘導」
「何それ?」
「彼は必ず、魔法を使う直前に相手の視線を動かす」
ルシアンが淡々と説明する。
「だから僕は、彼の動きを見逃さない」
アリシアは少し考える。
「私はそんなことしない」
「?」
「私は、正面から勝つ」
杖を握り直す。
「トリックがどんな魔法を使ってきても、全部正面から破ってみせる」
「フッ……せいぜい頑張りたまえ」
一方、その頃。
「…………」
教室。
俺は机に向かっていた。
目の前には魔法理論の教科書。
そして、その隣には大会の規則。
「…………」
難しい。
魔法陣。
魔力制御。
属性相性。
詠唱。
……全然分からない。
魔法が使えない、使ったことがない俺にとっては、ほとんど外国語だ。
でも。
「成績が悪いと、奨学金が……」
そう考えると、やるしかない。
「…………」
俺は必死にノートへ書き込む。
その様子を見ていたレオンが、
「トリックって、意外と真面目だよな」
「僕にはこれしかないから」
「……そっか」
レオンはそれ以上何も言わなかった。
放課後。
俺はいつもの倉庫へ向かった。
大会まで、あと三日。
仕掛けの確認をする。
火。
問題なし。
水。
問題なし。
風。
問題なし。
土。
問題なし。
最後の装置。
「…………」
俺は慎重に調整する。
「ここをもう少し……」
微調整。
「よし」
俺は小さく拳を握った。
最高傑作。
ほぼ完成だ。
あとは本番で失敗しないこと。
「…………」
その時。
机の上に置いていた鞄から、何かが落ちた。
手紙だった。
「……?」
俺は拾い上げる。
差出人を見る。
母さん。
「…………!」
急いで手紙を広げる。
『トリックへ。
学校には慣れましたか?
ちゃんとご飯を食べていますか?』
俺は少し笑った。
母さんらしい。
俺が学院に出発する前に手紙を鞄に忍び込ませたのだろう。
気付くのが遅れてしまった。
続きを読む。
『あなたが頑張っていることは分かっています。
でも、無理だけはしないでね。
お母さんは、あなたが元気ならそれで十分だから。』
「…………」
胸が少し苦しくなる。
俺は手紙を握りしめた。
『それから、学校は楽しいですか?
お友達はできましたか?』
「……うん」
思わず答えていた。
「できたよ」
レオン。
アリシア。
ルシアン。
まだ三人とも、友達と呼んでいいのかは分からない。
でも。
少なくとも。
学院に来てから、毎日が慌ただしい。
「母さん」
俺は手紙を胸に当てた。
「……俺、頑張るよ」
大会で優勝する。
そうすれば、もっと生活費をもらえる。
母さんに送れる。
だから。
「……絶対に勝とう」
「魔術師として――」
「最高の舞台にする」
その夜。
学院の訓練場。
アリシアが一人で魔法を放っていた。
「――《炎槍》!」
ズガン!
標的が砕ける。
「……まだ」
もう一度。
「《炎槍》!」
さらに速く。
「――もっと!」
彼女は息を切らしながら杖を握る。
「トリック……」
頭に浮かぶのは、あの日の決闘。
煙。
光。
分身。
そして。
最後に見せた笑顔。
「……絶対に勝つ」
アリシアは呟いた。
「次は――私が勝つんだから」
そして三日後。
学院中に鐘が鳴り響いた。
掲示板には、大きく告知されている。
『学院魔法トーナメント戦――本日開催』
生徒たちが集まってくる。
観客席も埋まっていく。
アリシアは杖を握る。
ルシアンは手帳を開く。
レオンは興奮している。
「いよいよだな!」
そして。
トリックは一人、控え室で深呼吸していた。
「…………」
手のひらを見る。
少し震えている。
「大丈夫」
自分に言い聞かせる。
緊張している。
怖い。
でも――
俺は。
手品師だ。
「……行こう」
トリック・ワイヤー。
人生初めての魔法大会。
その幕が――
今、上がろうとしていた。
好評だったら更新早めます




