第7話 準備
――放課後。
俺は学院の裏手にある、古い倉庫へ向かっていた。
人の気配はない。
周囲を確認する。
「……誰もいない」
小さく呟いて、倉庫の扉を閉める。
鍵をかける。
そして――
「……よし」
俺は鞄を床に置いた。
中から取り出したのは、いくつもの小さな道具。
金属球。
細いワイヤー。
鏡。
紙片。
いくつかの筒。
そして、前世で何度も使っていた道具を、この世界の材料で作り直したもの。
「…………」
俺はそれらを机の上に並べる。
普段の俺なら、こんなに堂々と道具を並べたりはしない。
誰かに見られたら終わりだ。
けれど――
ここには誰もいない。
俺は一つの道具を手に取った。
「大会か……」
一週間後。
学年別魔法トーナメント戦。
優勝賞金。
特別奨学金。
生活費の追加支給。
――母さんに送れるお金。
「……絶対、勝たないと」
俺は呟いた。
普段なら――
「いや……僕なんて……」
と弱気になってしまう。
でも。
俺は、手品師――仕掛明。
ステージに立った時だけ、自分が何者なのかを思い出せる。
「……さて」
俺は道具を手に取る。
「どうやって、魔法に見せようかな」
最初に取りかかったのは――
「瞬間移動」
だった。
もちろん、本物の瞬間移動ではない。
「ここに置いて……」
小さな箱。
その中に金属球を入れる。
蓋を閉める。
そして――
「……3」
「2」
「1」
パチン。
蓋を開ける。
空っぽ。
「よし」
俺は少し笑った。
次に。
数メートル離れた場所に置いた別の箱を開ける。
中には――
金属球。
「成功」
けれど。
「……これじゃ駄目だ」
すぐに首を振る。
大会では、相手も魔術師だ。
普通の観客とは違う。
何か不自然な動きをすれば、すぐに疑われる。
「もっと自然にしないと」
俺は考える。
魔法に見せる。
魔術師が見ても、魔法だと思う。
それが条件。
なら――
「……視線を誘導する」
俺は鏡を取り出した。
角度を調整する。
光が壁へ反射する。
さらに別の鏡。
そして――
「これなら」
俺は小さく笑った。
数時間後。
倉庫の中には、奇妙な装置が完成していた。
複雑な仕掛け。
細いワイヤー。
鏡。
小型の発射装置。
――俺が前世で培ってきた、数え切れないほどの経験。
「…………」
俺は装置の前に立つ。
深呼吸。
手を上げる。
指を鳴らす。
パチン。
炎が現れる。
その炎が一瞬で消える。
俺の背後に水が現れる。
さらに――
風。
土。
そして最後に。
俺の目の前にあった金属球が――
消えた。
次の瞬間。
天井から落ちてくる。
カンッ。
俺はそれを片手で受け止めた。
「…………」
成功。
俺は思わず笑った。
「……よし」
前世でも。
ここまで複雑な仕掛けを一人で作ったことはない。
この世界に来て。
魔法という、本物の奇跡を知った。
だからこそ。
それに負けない手品を――
「これなら……」
俺は完成した道具を見つめる。
「魔術師にだって、魔法だと思わせられるはずだ」
その時だった。
「――何をしているの?」
「…………っ!?」
心臓が跳ねた。
振り返る。
誰もいない。
「……?」
空耳?
そう思った瞬間。
倉庫の外から――
「トリック?」
「…………!」
アリシアの声。
(なんで!?)
俺は慌てて道具を片付ける。
ワイヤーを隠す。
箱を閉じる。
鏡を布で覆う。
「トリック?」
「い、今行く!」
「中にいるの?」
「うん!」
「何をしているの?」
「……魔法の練習!」
嘘ではない。
魔術師としての練習なのだから。
俺は急いで扉を開けた。
そこにはアリシアが立っていた。
「こんなところで?」
「うん……」
「一人で?」
「うん」
アリシアが倉庫の中を見る。
「随分と散らかっているわね」
「ちょっと……魔法の研究をしてて」
「へえ」
アリシアは目を細める。
「大会のため?」
「……うん」
「あなたも勝つつもりなのね」
「もちろんだよ」
「だったら――」
アリシアは笑った。
「私も本気で行くわ」
「負けないから」
「僕も」
アリシアが少し驚く。
そして。
「……その顔」
「え?」
「自信たっぷりって感じね」
「……そうかな」
「ええ」
アリシアは少しだけ笑った。
「そのほうがいいわ」
そう言って、彼女は歩き出す。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
アリシアの姿が見えなくなる。
「…………」
俺は扉を閉める。
そして。
背中を扉に預けた。
「……危なかった」
冷や汗が出ていた。
もし中を詳しく見られていたら。
もし道具を見られていたら。
魔法が使えないとバレていたかもしれない。
俺は深く息を吐く。
「もっと気をつけないと……」
そして再び倉庫内を見る。
完成した道具。
「……でも」
俺は笑った。
「大会、楽しみだな」
手品師として。
最高の舞台が、もうすぐ始まる。
その頃――
倉庫から離れたアリシアは、ふと足を止めていた。
「…………」
振り返る。
「トリック……」
彼女は小さく呟く。
「あなたは一体、何をするつもりなの?」
しかし。
その疑問よりも強く残ったものがあった。
倉庫の扉が開いた瞬間。
一瞬だけ見えた、トリックの顔。
普段の気弱な少年とは違う。
自信に満ちた――
どこか楽しそうな顔。
「…………」
アリシアは首を傾げる。
「……変な人」
そして、少しだけ笑った。
好評だったら更新早めます




