第4話 多属性適性
午前の授業が終わった。
鐘の音が校舎中に響き、生徒たちが一斉に立ち上がる。
「腹減ったー!」
レオンが大声を上げた。
「飯にしようぜ、トリック!」
「うん」
俺も鞄を持つ。
「どこで食べるの?」
「中庭!」
レオンは俺の腕を掴む。
「行こうぜ!」
「ちょ、ちょっと待って」
「早くしないと場所取られるぞ!」
「そんなに急がなくても……」
半ば引きずられるように教室を出る。
すると――
「待ちなさい」
後ろから声がした。
アリシアだ。
「私も行くわ」
「え?」
レオンが振り返る。
「お前も?」
「何か問題でも?」
「いや、別に」
アリシアは俺を見る。
「いいわよね?」
「うん。もちろん」
「……そう」
なぜか少し嬉しそうだった。
その後ろから、
「まったく……騒がしい連中だな……少しくらい静かにすることはできないのか」
ルシアンまでついてくる。
「お前も来るのかよ!」
「僕は食事をするために行くんだ。君たちと馴れ合うためではない」
こうして。
俺たちは四人で中庭へ向かった。
中庭は広かった。
大きな木が何本も植えられていて、その下にはベンチが並んでいる。
魔法で作られた小さな噴水まであった。
「ここにしようぜ!」
レオンがベンチに座る。
俺も隣に座る。
アリシアは向かい。
ルシアンは少し離れた場所。
「じゃあ、食おうぜ!」
レオンが弁当箱を開ける。
「おお!」
中には肉、野菜、パン。
色とりどりで、かなり豪華だ。
「うまそう」
「だろ?」
レオンが得意げに笑う。
「トリックは?」
「僕?」
鞄から弁当を取り出す。
蓋を開ける。
中には――
パン一つ。
小さな果物。
「…………」
レオンが固まった。
「……それだけ?」
「うん」
「足りるのか?」
「慣れてるから」
俺は笑った。
別に恥ずかしいことではない。
家が貧しいのは事実だ。
母さんは、汗水垂らして頑張ってくれている。
だから、これくらいで文句を言うつもりはない。
「…………」
アリシアが俺の弁当を見る。
「……トリック」
「ん?」
「これ、食べる?」
彼女が自分の弁当から小さな肉料理を取り出した。
「え?」
「余ってるから」
「いや、でも――」
「いいから」
「……ありがとう」
俺は素直に受け取った。
「じゃあ、いただきます」
一口。
「……おいしい」
「そう」
アリシアは顔を背ける。
耳が少し赤い。
俺は気づかなかった。
レオンは気づいた。
そしてニヤニヤしている。
「……何?」
アリシアがレオンを睨む。
「いやー、別に?」
「その顔、やめなさい」
「はいはい」
俺は首を傾げる。
「どうしたの?」
「何でもない」
「そう?」
俺はパンを食べる。
アリシアはチラチラこちらを見る。
そのたびに俺と目が合う。
「……」
「……?」
「なんでもないわ」
「そっか」
少し離れたベンチで、ルシアンは本を読んでいた。
「……」
だが。
ページはしばらく進んでいない。
視線だけが、時々こちらへ向いている。
「…………」
彼は小さく呟いた。
「やはり、おかしい」
入試の実技。
今日の浮遊魔法。
トリックの魔法には魔力の流れが見えない。
それなのに魔法が成立している。
普通ではない。
明らかに。
「未知の術式……」
ルシアンは本を閉じた。
「あるいは――」
その時。
「ルシアン」
「……何だ」
レオンが声をかける。
「ずっとトリック見てない?」
「見ていない」
「いや、見てたじゃん」
「気のせいだ」
「ふーん」
「……」
ルシアンは本を開いた。
「僕は彼の魔法に興味があるだけだ」
「へえ」
「それ以上でも、それ以下でもない」
「はいはい」
昼休みが終わり、俺たちは次の授業へ向かった。
教室に戻ると、黒板には大きくこう書かれていた。
『属性魔法実習』
「属性魔法か……」
俺は席に座りながら呟く。
火、水、風、土。
この世界では基本中の基本らしい。
希少だが、光や闇などもあるという。
もちろん、俺には使えない。
「楽しみね」
隣の席のアリシアが言った。
「そう?」
「ええ。実技なら、あなたの魔法をもう一度見られるもの」
「……そんなに気になる?」
「当然でしょう」
アリシアは胸を張った。
「あなたの魔法は、分からないことが多すぎるもの」
「そっか……」
そこへ先生が入ってきた。
「全員、訓練場へ集合!」
訓練場。
中央には四つの標的が設置されていた。
「今日の課題は属性魔法の基礎」
教師が説明する。
「火、水、風、土。まずは自分の得意属性を一つ選び、標的に当てなさい」
生徒たちが順番に前へ出ていく。
次々と標的が破壊されていく。
「すごいな……」
俺は素直に感心していた。
やっぱり本物の魔法は凄い。
手品とは違う。
魔力によって、本当に現象を起こしている。
そして。
「次、トリック・ワイヤー」
「……はい」
俺の番が来た。
前へ出る。
「属性を選べ」
先生が言った。
「火、水、風、土。どれでも構わない」
「…………」
さて。
どうするか。
俺はポケットの中を確認する。
小型の発火装置。
水を仕込んだ小瓶。
圧縮空気を利用した装置。
そして、特殊な粉末。
前世の手品で使っていた道具を、この世界でも作成し、改良してある。
もちろん。
全部、魔法に見えるように。
「火でお願いします」
「分かった、やってみろ」
俺は標的を見る。
右手をゆっくり前へ。
観客――いや、クラスメイトの視線を集める。
手品師としてのスイッチが入る。
「…………」
指を鳴らす。
パチン。
次の瞬間。
ゴオオオオッ!!
巨大な炎が標的を包み込んだ。
「…………!」
訓練場が静まり返る。
炎が消える。
標的は真っ黒になっていた。
「……なかなかの威力だ」
先生が頷く。
「では、できるなら水に挑戦してみなさい。」
「はい」
俺は別の標的へ向き直る。
袖を少し動かす。
そして――
バシュッ!!
大量の水が一直線に飛び出した。
標的が吹き飛ぶ。
「え……」
誰かが呟く。
「水魔法も……?」
先生も目を細める。
「できないとは思うが、風」
「はい」
俺は手を広げた。
ヒュオオオオオッ!!
強烈な風が巻き起こる。
砂埃が舞い上がり、標的が地面を転がっていく。
「…………」
今度は誰も喋らない。
俺は少し不安になった。
(……やりすぎたかな)
「……土属性」
「はい」
地面に手をかざす。
ドンッ!!
地面から土の塊が突き上がり、標的を粉砕した。
「…………」
沈黙。
俺は立ち尽くす。
(……どうだ?)
先生は我に返り、口を開いた。
「トリック」
「はい」
「君は――」
先生は少し考え。
「四属性すべてに適性があるのか?」
「……え?」
俺は固まった。
「火、水、風、土。すべて高い出力だった」
「…………」
「普通、一人の魔術師が高い適性を持つ属性は一つか二つだ」
先生が真剣な顔になる。
「四属性すべてを同じ精度で扱うなど、極めて珍しい」
周囲がざわめく。
「四属性……」
「すごすぎる」
「昨日の魔法もそうだけど、何者なんだ?」
アリシアはじっと俺を見ていた。
「…………」
そして。
「先生」
アリシアが手を挙げた。
「何だ?」
「気になることがあります」
「気になること?」
「はい」
アリシアが俺を見る。
「あなた、四属性を同時に扱うことはできる?」
「…………!」
クラスがざわついた。
先生も驚く。
「アリシア。それはさすがに――」
「彼ならできると思います」
「……」
俺を見る。
先生。
アリシア。
レオン。
ルシアン。
全員の視線が集まった。
「…………」
(できるかどうかで言えば……)
できる。
手品なら。
「……やってみます」
俺は標的を見る。
四つの道具を同時に作動させるには、集中が必要だ。
でも。
こういうのは嫌いじゃない。
それに、ここで先生にいいところを見せることができれば。
母さんに楽を――
俺は両手を広げた。
「…………」
静かに息を吸う。
そして。
パチン。
指を鳴らした。
瞬間。
炎が走る。
水が弾ける。
風が渦を巻く。
地面が隆起する。
四つの属性が同時に標的へ襲いかかった。
轟音。
水飛沫。
爆風。
土煙。
そして――
静寂。
「…………」
誰も喋らない。
先生がゆっくりと採点板を見る。
「……満点」
その一言で、訓練場が爆発したように騒がしくなった。
「四属性同時だぞ!?」
「ありえない!」
「無詠唱だったよな!?」
「魔法陣もなかったぞ!」
俺は照れくさそうに頭を掻いた。
「……ありがとうございます」
アリシアは拳を握っていた。
「ほんとに……」
「?」
「ほんとにできるなんて……!」
「え?」
アリシアが俺を見る。
「トリック!」
「明日の放課後、時間を空けておいて」
「……何するの?」
アリシアは堂々と答えた。
「決まっているでしょう」
そして。
少しだけ笑った。
「私と勝負するのよ」
「…………」
俺は思った。
(なんで……?)
その隣では。
ルシアンが静かに呟いていた。
「四属性同時制御……」
そして、ほんの少し笑う。
「ククク……ますます面白くなってきた」
レオンは楽しそうに笑っていた。
「お前ら明日、決闘すんのか!面白そーじゃん!絶対見に行く!」
「…………」
俺は空を見上げた。
――どうしてこうなったんだろう。
魔法学院に入学した初日。
俺はただ、母さんを楽にしたいだけなのに。
いつの間にか。
学院中の視線が、俺に集まり始めていた。
好評だったら更新早めます




