第3話 俺の魔法
――王立フロージア魔法学院。
その門をくぐった瞬間、俺は少しだけ背筋を伸ばした。
今日からここが、俺の通う学校になる。
「……すごいな」
思わず声が漏れる。
校舎は巨大だった。
白い石造りの建物がいくつも並び、その上空には魔法で浮かんでいる巨大な時計塔まである。
庭では生徒たちが魔法の練習をしていた。
前世では絶対に見られなかった光景だ。
俺はしばらく眺めていた。
「あなた」
「……?」
後ろから声。
振り返る。
昨日会った少女――アリシアが立っていた。
「ぼんやりしていると、入学式に遅れるわよ」
「あ、うん。ありがとう」
「……」
アリシアが俺を見る。
「どうしたの?」
「いえ」
彼女は少し考えてから、
「昨日のあなたの魔法について、考えていたの」
「……ああ」
水晶玉と、実技試験。
「もっと自信を持ちなさい」
「え?」
「あなた、自分が大したことないみたいな顔をしているもの」
「いや……僕はそんなに――」
「そういうところよ」
アリシアは呆れたようにため息をついた。
「あなた、変な人ね」
「……よく言われる」
アリシアが少しだけ口元を緩めた。
その時。
「おーい!」
遠くから声が聞こえた。
「トリック!」
振り向く。
走ってきたのは、昨日の合格者掲示板で見た少年だった。
茶色の髪。
明るい笑顔。
「お前、トリックだろ?」
「俺、レオン・ハート! 俺たち同じクラスだったぞ!」
「レオン……」
「これからよろしくな!」
「うん。よろしく」
「なあ、トリック!」
「昨日の魔法、どうやったんだ?」
「…………」
心臓が跳ねる。
「えっと……」
「めちゃくちゃスゴかったぞ! カードが消えたと思ったら、いきなり標的に刺さってるし!」
「……ただの火属性魔法だよ」
「スゲーよ!」
レオンは目を輝かせている。
「俺、あんな魔法見たことない!」
「……ありがとう」
助かった。
このくらいの反応ならいい。
問題は――
「……」
少し離れた場所からこちらを見ている少年。
黒髪。
整った顔立ち。
制服の着こなしまで隙がない。
昨日の合格者一覧で、アリシアと並んで上位に名前があった。
ルシアン・ヴァルガス。
彼は俺たちを見ながら、静かに口を開いた。
「フン、ずいぶんと騒がしいね」
「ルシアン!」
レオンが振り向く。
「お前も同じクラスだったんだな!」
「はあ、だからどうしたというのだ」
「相変わらず嫌な言い方だな!」
「事実を言ったまでだ」
ルシアンの視線が俺に移る。
「トリック・ワイヤー」
「……はい?」
「昨日の魔法……」
「もう一度見せてもらいたいところだ」
「え?」
「君の魔法には興味がある」
「フフ……」
ルシアンはそう言って歩き去っていった。
俺はその背中を見送る。
(……なんだか、怖い人だな)
入学式が終わり。
俺たちは教室へ向かった。
教室は広く、壁には魔法陣が描かれている。
先生が入ってきた。
「今日から君たちは、優秀な魔術師を目指す生徒だ」
教室が静かになる。
「最初の授業は――」
先生が黒板に文字を書く。
基礎魔法実習。
「魔力操作の基本を学ぶ」
……嫌な予感がする。
「まずは全員、魔力を使ってこの球を浮かせてもらう」
先生が小さな金属球を取り出した。
教室の机に一つずつ置いていく。
「簡単なことだ。魔力を球に流し、浮遊させる」
生徒たちが次々と球に手をかざす。
「浮け!」
ふわっ。
「おお!」
「僕も!」
ふわっ。
次々と成功していく。
俺の机にも金属球が置かれた。
「…………」
俺は球を見る。
(魔力を流せ、か)
無理だ。
絶対に無理。
「トリック」
「……?」
隣の席からアリシアが話しかけてくる。
「あなたの番よ」
「うん」
「見せてもらうわ、あなたの魔力操作」
「……」
アリシアは完全に期待している。
「見せてやれよ!トリック!」
レオンも期待している。
少し離れた席では、ルシアンまでこちらを見ている。
(……どうしよう)
魔法は使えない。
でも――
俺は机の下で、そっとポケットに手を入れた。
取り出したのは――
細い糸。
前世で何度も使ってきた。
極細のワイヤー。
光の加減によっては、ほとんど見えない。
俺は糸を金属球に繋ぐ。
反対側は袖の中。
あとは――
引くだけ。
「トリック?」
「……はい」
先生がこちらを見る。
「どうした?」
「いえ……」
俺は立ち上がった。
金属球の前に手をかざす。
深呼吸。
周囲の視線を確認。
先生。
アリシア。
レオン。
ルシアン。
クラスメイトたち。
全員が見ている。
――手品師の時間だ。
「……」
指先を少し動かす。
袖の中でワイヤーを引く。
金属球が――
ふわっ。
浮いた。
「…………」
教室が静まり返る。
金属球はゆっくり上昇。
俺の手のひらの高さまで浮かぶ。
そして。
くるくると回転した。
「…………!」
誰かが息を呑んだ。
先生も目を見開く。
「回転……?」
俺は必死に平静を装う。
「……どうでしょうか」
先生が近づいてくる。
「トリック・ワイヤー」
「はい」
「今、何をした?」
「……浮かせました」
「いや、それは見れば分かる」
「…………」
先生が金属球を調べる。
当然、何もない。
ワイヤーはもう袖の中。
「素晴らしい」
先生が呟いた。
「非常に高度な魔力制御だ」
「…………」
(魔力制御じゃないんだけどね)
「しかしどうやったんだ……?」
先生が真剣に考え始める。
アリシアが俺を見る。
「……やっぱり」
「?」
「あなた、本当に凄い魔術師なのね」
「いや……」
「謙遜しなくていいわ、ムカつくから。」
「…………」
レオンが笑う。
「やっぱりすげえ!」
ルシアンは笑っていなかった。
彼はじっと金属球を見ている。
そして。
「……おかしい」
小さく呟いた。
「え?」
俺の心臓が跳ねる。
ルシアンは金属球を見ながら言った。
「魔力操作で浮かせているのなら、必ず魔力の流れが生じる」
「…………」
「だが、君にはそれがなかった」
やばい。
「にもかかわらず、球は浮いた」
ルシアンが俺を見る。
「フフ……面白い」
「…………」
「君の魔法は、実に面白い」
ルシアンは笑った。
「必ず、仕組みを解明してみせるよ」
「僕から逃げ切れると思わないことだ……クフフ」
「…………そう」
俺は小さく笑った。
けれど内心では――
(絶対にバレちゃダメだ)
と、冷や汗を流していた。
一方。
アリシアは、そんな俺たちを見ながら――
「……絶対に負けないんだから」
と、小さく呟いていた。
好評だったら更新早めます




