第八話 事実上の再会
「6階、か。綾……大丈夫か?」
「えぇ、ご心配なく」
あれから偶然見つけた、
「ココか」
如何にもな痕跡を頼りにしていた歩みは、閉ざされた扉を前にし緩やかに立ち止まる。
「ですね」
オレたちは血の跡を追ううちに五本の指、もう片方のお手手に借りるまでに辿り着く。
当然ながら、姉はまだ見つかっていない。正直、ココに居るのか、すら――。
「こんだけ血ィ流してるっつーのに、血の飛び具合から見てもピンピンしってるぽいな」
くたばり損ないの化け物か、やれるよな。
「黒瀬さん」
「どうした」
「なにか、聞こえませんか?」
「しな、い」
間も無くして、拒絶から口走ったと知る。
それは最もオレの嫌う、咀嚼音だったのだ。
「クロ瀬さん」
「黙れ」
鞘に収めた得物の刃を、ゆるやかに払う。
「この部屋から。だな」
「はい」
向かう先は、滴り落ちる血痕がピタリと、綺麗に途絶えた、成金だけが過ごせる個室。
偶然か、半開きの状態に置かれていたが、オレに臆せずに覗き込むだけの勇気はなく、
「……」
心許ない隣人の目配せの片手間、その扉を音を立てぬように細心の注意を払い、開く。
丁度、ひと一人通れるくらいで中断する。安心と信頼の隙間から中の様子を窺うべく、上下のだんご状態になり、徐に顔を出した。
あんま、見えねえ。
至極当然、陽も名乗りを上げない廃病院。
ほの暗くて、埃くさい。
ただ、その空間には確かに、不気味に蠢く巨体を没物とさせる物体が食事の最中なのか、咽せ返るほどに血生臭さが漂っていた。
「お前は、ココで待ってろ」
「オレも行きます」
「……分かった。絶対に俺の前に出るなよ」
「はい」
又もや、そこら中にでしゃばる残骸から、奇襲の線を諦め、合図を送って勢いよく迫る。
そして、大きく一歩を踏み出し、
デカブツの背に風穴開けんと刃先で穿った。
「自惚れた狩人風情がッ、再び我に挑むか」
無傷。
「背後からの奇襲など、漢のすることか!!」
騎士道精神を謳う、巨大な拳が横薙ぎに。
轟く粉砕音以上にふっ飛ばされ、壁に激突。
その現状の把握ですら、ヤツが呆れた様子で腕を振り終えるのを見届けてからだった。
ドク。ドク。という破裂しそうな鼓動が迸りって、自分がまだ生きているのだと知れた。
意識を失わないのが、不思議でならない。
額から赤黒いモンが噴き出して前が見えないなんて、漫画ぐらいでしか見たことないぞ。
痛みだって、今――味わう。
視界を包み込んだ濃霧から見えたモノは、スマホとGPSのドチラも木っ端微塵に粉砕。
オレもおんなじような容体なんでしょう。
指先にチカラが入るかを試すだけの気力も無く、偶然にも今まで散々愛想尽かされた、
「ぁっ、ァァ」
刀だけが手のひらの上に載っかっていた。
振り返れば、
所詮はバイトの身の上状だなんて逃げて、いくら一番弱え階級の悪魔に出会してもさ、
「ゴフッ」
俺はお前と一緒に戦ってこなかったよな。
生憎、空っぽな人生で走馬灯は見せてくれないモンで吐血混じりに言葉を発するだけ。
「なぁ」
「ほう、まだ息があったか」
図体に見合わず、俊敏な動けるデブだけど、
メインディッシュを前に前菜を味わう悪趣味なお陰でまだ綾の姉ちゃんも無事なようだ。
今のオレに出来んのは、
応援が来るまでの時間稼ぎが、関の山。
……信じてくれた。
オレを、黒瀬を。
あの人も、アイツも。
「この地区のデビルハンターを殺したのは、オマエか?」
「如何にも。貴様と違って一撃で散ったぞ」
薄れゆく意識の中で、一縷の灯火を掴む。
「そうかい」
「さきの愚行が誤りであるのは変わらんが、その心意気、気に入った」
「はは、あんがとさん」
「キサマだけは特別に生かしてやる」
「なに言ってやがんだ」
「まだわからんのか、此奴らは人間に身を窶した魔人だ。血肉に飢え、時には弱者を襲い喰らう。このオレと何が違うというのだ?」
「さぁ、コッチは民間で金目当ての馬鹿だ。正義感で誰か助けたりするために軍に入るお人好しじゃねぇから、よくわかっんねえな」
「死に急ぐか、それも良かろう」
「それによ、ここにいる存在しちゃいけねぇ――オレの思い描く悪魔はテメェだけだ!」
「我が全身全霊のチカラを以てして、貴様の生命、肉片一つ残さずに弔ってやろう!!」
オレが、無様ったらしく起き上がるまで、親切に待機してくれる良心を持ち合わせる、
そんな馬鹿丸出しの弱点を曝け出してる。悪いがそんな期待に乗っかるつもりはなく、
最後の力を振り絞った、一手。
大地を蹴って眼前へとフェイントをかけ、隙まみれの大振りをスライディングでかわす。
そして、踏ん張るガニ股の膝を足場にし、
卑劣上等、鎖骨から心臓を下へ突き立てる。
手応えはあった。
だが、わずかに外した。
戦いが続くのだという鐘がヤツから響く。
「キッサァマァァア――ッッ!!」
いっぱい穢された悪魔は逆鱗に触れるが、俺は力尽き、風切り音が頭上を通り抜ける。
そして、重力から地面に叩きつけられた。
「全員、皆殺しだッッ」
「綾、姉ちゃんと逃げろ」
「自分も、もう立てません」
命乞いの猶予すらなく、
今までで最も、諦めのつく殴打が迫り来る。
咆哮。
別の何処かから。
まるで、それは暴食。
コンクリや壁を息を吸うように呑み込み、そして目の前の悪魔をもあっさりと喰らう。
遅れ、激闘を繰り広げるデビルハンターが虫の息でも十分に脅威を片手間に仕留めた。
それはオレの知る、ずっと憧れていた最強の男。
「黒瀬……」




