第九話 暴食の悪魔とデビルハンター
あの後、なにがあったのかはわからない。
オレは眠りに落ちるより早く意識が遠のき、やがては微かな音までも消えていった。
次に目を覚ましたのは、ご定番の見慣れぬ天井。まーたぶん大丈夫な方の病院だろう。
寝違えたじゃ誤魔化せねぇ痛んだ首を傾ぐと、半開きの扉から話し声が聞こえてきた。
……。
ふたりだ。
あの二人が今まで一度もオレに見せてこなかった、まるで青春時代の姿に帰っている。
建造物に邪魔されて見え隠れしていて――誰かわからない。いや見なくたってわかる。
黒瀬だ。
「では、私はこれで」
終わったのか。
楽しみが終わるといつもの仕事面に直し、背負う義務感からコチラに歩み寄ってくる。
妙に気まずい雰囲気だし当たられるの嫌だから狸寝入りで切り抜けるのも大いにアリ。
そうどこかでは思ったが、考えを改める。
「起きていたのか」
「えぇ、先ほど。相川さんは」
「仕事の話さ」
「……」
「自分で、ナースコールできるか?」
「その前に少し、いいですか」
「……あぁ」
「アイツ、俺を覚えていましたか」
「『まさかこんなところで、小学生の頃の友人に逢うとは思わなかった』と云ってたよ」
「履歴書――」
「知ってたよ。プロフィールは偽名で、本当は無能力者、バイトの範疇であれば、検査対象外の都市伝説か仲間内のを信じてのこと」
「知ってたんですか」
互いが互いにあまり驚いていないようだ。
「共犯者、だったんですね」
「さぁ、なんのことやら」
「はっ」
「デビルハンターはみんなに嫌われてるからな。採用条件の水準を著しく下げなければ、誰も寄ってこないくらい、一番わかってる」
「そうですね。それで話は変わるんですが、アイツらはどうなりました?」
「魔人の、ことか」
「魔人って言ったって! 保護管理下に置けば、過不足なく普通の暮らしができるって」
「それは稀なケースだ」
なにを、言ってんだ。
この人は。
「オマエの入院中にゴタゴタが起きてな――魔人の姉弟は中央本部の圧で処分されたよ」
「は?」
頭が真っ白になった。
「掛け合ってきます」
「おい、お前のキャリアだって危ぶまれるぞ」
「そんなクソどうでもいいことのために、俺は生命を懸けたんじゃない」
「よせ、今は堪えるときだ」
保身で止める行為に脅威は感じなかった。
「そうやって仕方ないって言い聞かせてるからアンタらはいつまでも変わらんないんだ」
だが、――七瀬の野郎は力づくでも、このままのオレを行かせるつもりはないようだ。
「冗談ですよ、金欲しさにこの仕事始めたオレが、今更、そんな正義感に芽生えますか」
「そう、だな」
「たくさん眠って体も楽々動けそうなんで、相川さんに挨拶してきていいですか?」
「あぁ、気をつけてな」
誰の力も借りることなく立ち上がり、点滴棒を体にブッ刺しながら歩みを進めていく。
「報告しますか? 例の偽造」
「いや」
「退職祝い、ですか」
「皆まで言うな」
「――どうも」
ウザったい陰が視界から消えて暫くして、相川二等兵の姿を目にし、さっそく本題へ。
「オレの刀は何処にありますか?」
「黒瀬!? じゃなかった白石くん」
「答えて頂けますか?」
「いっ、一時的に本部に回収されたよ」
「どうも」
「もしよければ、私が取りに行こうか?」
「いえ、もう動けますから自分の足で行きます」
「でも、キミ。まだ……」
「入院費っ、稼がなきゃいけないので」
「そう、なんだ。キミ、少し変わったね」
いろんな色の管を抜き、病人ヅラを剥いで、誰もいない、迎えられない家に帰った。
一息付く間もなく、
あらかた、必要な物を用意して、向かう。
「ふぅ、デカくなったな。此処も」
本部へ。
多忙に追いやられる受付嬢に掛け合い、長え階層を飛び越え札付きの重役と相見える。
「此度、キミの目覚ましい活躍には我々も」
カンペを読み込んだであろう、
一言一句のなに一つ響かない、棒読みは、
「失礼」
最優先に相手を呼ぶ受話器を手に取って、途絶えられる。
その後、
なにが起こったのかは、よく覚えていない。
ただ、オレは連なる住宅街が集約したが如く、豪邸が軒並み静寂に包まれた曇天の中、
躾のなってねえ番犬がうるさく吠える、唯一にして目的の場所へとゆっくり足を運ぶ。
そして、巡り合う。
「よぉ、黒瀬」
「白石くん、もう辞めるんだ」
「何をだよ」
瞳がぶつかり合う黒瀬の視線は下に落ち、追っていけば、オレの手に鞘のなき刀の刃。
まぁ、鋒まで満遍なく鮮血に染まってる。まぁ、皮膚なんかもびっしりへばり付いて。
「こうやって話すのは、何年ぶりだろうな」
「まだ、間に合う……」
そんな苦虫を噛んだような顔で言われても。
「今はオレとお前のふたりだけなんだぜ? ちょっと話さないか」
「上層部に属する高官たちの自宅はそのその役職から他の人と比べても機密性が高く、一般ハンターには非公開とされる情報なんだ」
「……
「その上、理性を持つ悪魔や解雇を余儀なくされたデビルハンターの襲撃に備え、幾つかのカモフラージュが点在する。君はそれに」
「知ってるよ、そんなこと」
「だったら、どうしてココへ!?」
「今、何かをいえば全てが言い訳になってなってしまうけど、オレのために言わせてくれ」
その言葉で、やっと、お前と向き合えた。
「オレ、ずっとオマエに憧れてたんだ」
「――!!」
「オレがオマエの名を騙ったのは、きっと、自分が何かを変えられる人間なんだって信じたかったんだ。でも、……それは違ったな」
「そう、だね」
「でも、オマエ、少しだけ変わったな」
「キミも、だいぶ変わったよ」
「はは」
「腐ってんだ、なにもかも。だから、誰かが変えるっつーか取り除かなきなって思って」
「……」
「アイツなら、あの暴食の悪魔なら……こんなゴミみてぇな世界も喰ってくれるのかな」
「っ」
「おいおい泣くかよ、普通。ココは格好良く別れを告げるもんだろうよ。それに、自分が選んだ道だろ。漢は――黙って進まないと」
「俺はお前を殺したくない」
「オレは――人殺しだ」
この大地を叩く地響き、
まるでオレへの称賛の嵐なワケねぇな。
半端なヤロウの最期にしちゃ贅沢すぎる。浴びる拍手喝采は音もなく、消えた。
じゃあな、黒瀬。




