十九話 おもてなしをしましょう
一年ぶりという驚愕の事実。
「……あら? すっごく良い香りがすると思ったらここからだったのね」
「そうみたいだね」
カランカラン、と入口のベルが鳴る
作業を止めて顔を上げると、二人のお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちはケンタ君」
「ふふふ、今日はご招待ありがとう」
「お待ちしておりました。アルベルトさん、タチアナさん」
今日は店を貸し切りにして、ナターシャの両親である二人を歓迎会に誘った。
誰の歓迎会なのかって? そりゃもちろん俺のだ。
自らこの会を開くことは違和感がないわけではなかったが、丁度いい口実がこれしかなかったのだからしょうがない。
「ほら。そんなところに蹲ってないで、出ておいで」
「………………はい」
先程から足元でダンゴムシになっていた彼女の腕を取り、やや強引に引っ張り上げた。
「あらやだ。ナターシャ貴方、朝早く出かけて行ったかと思えばここにいたのね?」
ナターシャから何も聞いていなかったのか、タチアナさんは目を丸くしていた。
「俺が無理を言ってナターシャに手伝って貰ってたんですよ」
「そうだったの」
俺がこう言えば、タチアナさんはすんなりと納得して、褒めるようにナターシャの頭を撫でていた。
分かっていた事だけれど、この様子を見ればタチアナさんがナターシャを蔑ろにしているようには思えない。
むしろ、愛おしそうに彼女を見つめている姿は母親そのものだった。
「さあ、料理が暖かいうちに召し上がって下さいね」
「そうですな。お言葉に甘えて頂くとしましょう」
料理と言っても、缶詰を利用したものばかりだ。
付け合わせの野菜などは流石に市場で購入したものだが、缶詰の料理は基本的に味も濃いので味はほぼそのままだった。
「これは……」
「とっても美味しそうね!」
カウンターに並んで座って貰い、保存庫から作り置きしていた料理を取り出していく。
まずは前菜から、ホタテ缶のマリネ、倍の水で薄めるだけのキャン●ル製のミネストローネと、アンチョビ缶とツナ缶、あとは玉ねぎやパセリなどを加えたものをひたすら包丁で叩いて作ったパテをバゲットに乗せて頂く。
ちなみに最後のは、パワーが有り余っているナターシャに作って貰った。
「んん〜っ♡ この丸くて白いのは何て言うのかしら? 味付けも酸っぱくてあっさりしてるから、幾らでも食べれちゃいそう!」
タチアナさんは、ホタテ缶のマリネがお気に召したようで、ぱくぱく食べては頬を抑えている。
「何でしょうこのトマトスープは? 複雑で何とも美味な味わいが……」
スプーンで掬っては、検分するように見て口に運ぶアルベルトさん。
「やっぱりケンタ様のお料理はとっても美味しいですね。このパテ? というのも味が濃くて美味しいし、パンもカリカリでたまらないです」
ナターシャも美味しいものを食べて緊張が緩んだのか、ふにゃりとした笑顔になっていた。
メインディッシュは市場で買ってきた塊の牛肉をぶつ切りにしてから焼き、デミグラスソースを加えて作ったビーフシチューもどきだ。
これも好評で、鍋一杯に作ったはずのビーフシチューはあっという間になくなった。
「最後はデザートを出しますね」
「「……デザート?」」
「け、ケンタ様! もももしかしてそれは、あの赤い箱の甘味ですか!?」
「ははは、確かに甘味には間違いないけど。あれはデザートというよりおやつだからねえ」
甘味という言葉を聞いた瞬間、ナターシャの目が輝いた。
「でも甘味なのですね!」
「うん。今から出すから手伝ってくれる?」
「はーい! 喜んでっ」
ぴょんっとカウンター席から降りて、カウンターの中に入ってきた。
皿とお茶を入れるコップを出すのをナターシャに任せ、俺は2人分くらいの保存庫に入るフリをして、スキルを発動させた。
「よしよし。ちゃんと冷たいな」
目当てのものが買えてホッとする。
スキルで缶詰を買うと、温かい状態ど食べた方がいいものは温かいまま、冷たい方がいいものは冷たいまま適温で出てきてくれるので、地味に助かっている。
今回選んだものは冷たい方がいいので、直前まで出さずに置いたのだ。
「……あれ、皆さんどうしたんですか?」
缶詰から中身を取り出して保存庫から出ると、何故かアルベルトさんとタチアナさんの顔色が白くなっていた。
「ナターシャ、何かあったの?」
「えっと、私にもよく分からなくて……」
俺のいないこの数分の間に何があったというのか。
ナターシャと首を捻っていると、ゴクリと唾を飲み込んだアルベルトさんが意を決したように俺を見つめた。




