8:父
『――――――え?』
『それも、女の子が1人、いるみたいだよ。』
姉様と同い年だけど、あっちの方が誕生日後だって。と、醜いものを見ているかのように瞳を濁した弟の言葉を理解するまで、暫く時間が掛かったのは言うまでもないだろう。
『……え、なんで……だって、父様は母様が……』
『あぁ……そうじゃないよ。父様が母様以外を愛する訳無いじゃないか』
『……どういうこと?』
意図が分からず首を傾げた姉に、弟は楽し気に口角を上げながら、父から送られてきた手紙の話を聞かせたのだった。
『―――そう、いうことなのね』
『うん。父様も考えたものだよね』
父が再婚したのは、隣国のクロシュで伯爵家の夫人だった女性。彼女には、娘が1人いるらしい。歳はエリザベスと同い年。性格は、一言で表すならば『派手』。
『向こうでも目立つのが好きだった見たいでさ。』
『王太子様の婚約者に楯突くことも多かった、と。』
『そう。―――表向きには離縁が切っ掛けで此方に来たことになっているけど、』
「ねぇ!聞いてるの!?お義姉さま!」
ハッと、過去の情景が途切れる。弟の声は遠退き、父の姿が掻き消えた先には、不服そうに唇を尖らせた少女と変わらず何を考えて居るか分からない男――否、その瞳がこちらを見つめている、それだけで察するに十分だった。
(―――この状況を引き起こした理由までは、分からないけれど。この男が運命の番を手放すはずが無い)
それだけは確か。ならば、どう動くのが正解か。
最悪なことにレノンバルトを頼ることはできない。一緒に来る予定だった弟は、直前で遠征の仕事を組まれてしまい、この場にいないからだ。今思えば、それも仕組まれていたのだろう。
(と、言うことは、いつもエチノに夢中なにい様が私のエスコートを申し出たのも)
ちらりと、少し離れたところに佇むリューンハルトの、嗤いを堪えきれていない顔を確認して、内心溜息を漏らす。
(レノンが言っていた通りね。)
ならばこの後、彼が取る行動も一つしかない筈だ。その時が、一番の好機になる。
思考が表情に出ないよう細心の注意を払いながら、状況を整理するエリザベスの前で、エチノの訴えは続く。
「ベティさまも認めてくださったのよぉ?私が運命の番だって!」
「だ!か!ら!ぁ!お義姉さまは謝罪するべきではなくてっ?」
なにに、謝罪しろと言うのだろうか。思わず、首を傾げたくなるけど、まだ我慢だと、袖の下に隠したブレスレットの存在を確かめて、乱れそうになる心を宥める。これは、お守り代わりにとレノンバルトが編み、渡してくれたものだ。幾つかの魔法が込められているけれど、使えるのは一度だけらしい。今までは、使わずに済んでいたけれど……。
(今回ばかりは、そうもいきそうに無いわね。)
大事なのは、タイミング。ぎゅっと握り締めた手のひらから力を抜きながら、その時を待つだけである。




