私のモノ。
声がする。私を呼ぶ声が。
天鵞絨のカーテンに埋もれていた、あの日の扉。
今は開け放たれた、その向こう側から光が誘うのだ。
『エリザベス!』
それは、何があろうとも私を守り続けてくれた父の背中のように、頼もしい輝くを以て。
『姉様!』
何時だって傍で支え続けてくれた弟のように優しくて、安心感を抱かせる。
『―――エリザベス』
母の笑顔のような温もりを孕んだゆらめきに、強張っていた身体から力が抜け、そして。
『……、君が望むのであれば』
最後に思い描いたのは、月のように冷たく温かい、いつかのあの人だった。
―――――意識が、浮上する。夢の、終わりだった。
「責任を取らせてほしい」
ハッ、と。
弾かれたように長いようで短い眠りから醒めたエリザベスが、まず目にしたのは見持らぬ天井だった。
柔らかな陽が差し込む窓からは心地の良い風が吹き込み、据えた薬草の匂いが鼻先を擽る。
ここはどこだろうか、と。
まだ半分、微睡に浸かっている思考を起こそうとして、瞬きを繰り返していると名前が呼ばれた。
それは聞き慣れた家族の声で、反射的に返事を仕掛け……違和感を覚える。
(……怒ってる?)
いつも温厚な父が、喉を枯らしながら何やら叫んでいるのだ。
傍に居るらしい弟も、口調こそ変えていないが誰かを詰めているような圧を感じる。
そして、もう一つ。聞き覚えはあるけれど耳馴染みは無い、男性の声がした。
どうやら、先程のはエリザベスを呼んだと言う訳ではなく、会話の中に彼女の名前が出ただけのようである。
(一体、どういう状況なんだろう……?)
レノンバルトが魔法を使って、全部終わったよ。と、言ってくれたところまでは覚えてる。
ただ、その後からの記憶は曖昧だ。一体全体、あれから何があったというのか。
気になることも確かめたいことも、沢山ある。
けれど、目覚めたばかりのせいもあって、上手く言葉が纏まらない。
一先ずは様子を伺うべきか。と、視線だけ其方に向けようとして―――目が合った。
無造作に伸ばされた、銀髪。
涼やかな眦に、冬の湖畔を彷彿とさせる蒼銀の瞳。
見慣れぬ甲冑を身に纏った、だが、その顏は知らないと言い切れない、そんな間柄となってしまった青年が、ベッドのすぐ傍に鎮座していたのだ。
何故か椅子を使わずに、土が剥き出しの床に跪いた状態で。
(え……と、)
目線は、合わさったまま。僅かな間に落ちた沈黙は、エリザベスが起きたことを認識するための時間だったのだろうか。
さらなる困惑に彼女が小首を傾げたのと、青年が勢いよく首を垂れたのはほぼ同時だった。
そして、続けて彼が発した一言に、エリザベスは益々混乱することになる。
(せ、責任ってなんの……?というか、そもそも……の話!)
一層、騒がしくなった父の姿を探せば、青年を挟んで向かい側にもベッドがあったようで、其処に寝かされていた。レノンバルトは青年の右隣、エリザベスと父の頭下側に立ち、いつも通り笑みを浮かべている。が、そこに凄みが滲んでいるように感じたのは―――見間違いだと言い切れなかった。
呆れか、動揺か。吐き出したくなる溜息は呑み込んで、変わらず頭を下げたままエリザベスの返事を待ち続けているらしい青年の旋毛へ視線を戻し、身体を起こす。
知りたいことも、訪ねたいことも増えてしまった。
しかし、まずは全てにおいて、これを聞かぬことには何も始まらないだろう、と。
少女は、青年に声を掛けた。
「――――その、あなたのお名前は?」
閉幕
PS:お父さんベッドに寝てるのは、叫びすぎて体力消耗してしまった結果と言う裏話でした。




