10
「意識を失ったのは、気疲れによるものだったよ。」
溜め込んできたものが、緩んだ拍子に溢れ出してしまったんだろうよ。
そこまで心配せずとも、暫くすれば目を醒ますさ。
その証拠に、寝息も穏やかだろう?
薬草の据えた匂いが染み付いた、一室にて。
ベッドに寝かされた少女を覗き込めば、確かに。
倒れた時に比べて、幾分か血色の戻ってきた顔色。
呼吸も穏やかで、健やかな寝息を立てている。
幸せそうに口元が緩むこともあれば、時折険しそうに眉根を寄せることもあったり、と。
百変化する寝顔は、いつまでも見ていれそうだ―――と、不純な感想を抱きかけて、頭を振る青年に対して、少年は。
結果を聞くやすぐさま、少女の下へ駆け寄り、その手を握り締めながら、眠る姉の反応に一喜一憂していた。
あの後。
突然、目の前で意識を失い倒れてしまった少女。
血の気が引き、蒼褪めた顔にあの夜が重なり、嫌な跳ね方をした胸の奥底。
青年にとって魔法は未知の領域であるが、使えば何かが消耗されてしまうことぐらいは充分なくらいに理解していた。現に、普段は余裕たっぷりな少年の顔も疲労が滲んでおり、少女を抱き上げようとしてはふらつき、立ち上がることすら儘ならないでいる。
このまま少年が倒れ、2人がさらなる怪我を負いでもしたら困るだろう。
……と、咄嗟にその腕から少女の身体を持ち上げた青年へ、一瞬少年は不満そうに鋭い視線を向けた。けれど、自分の状態が正常で無いことも分かっているからか、小さく嘆息を吐き出すと、もう一度。勢いを付けて立ち上った彼は、村の奥を指差した。
あっちに、薬師の婆が住んでるんだ。
そう言って、不安定ながらも駆け出した少年の後を追い、やがて辿り着いたのは、村から少し離れた場所。
泉と森が重なり合うような、そんな場所へひっそりと建てられていた小さな一軒家だった。
薬草が生い茂る庭を潜り抜け、蔦が這う扉をノックすることも忘れて開け放った少年、と。
それに続いて入ってきた青年を、家の中に居たその人はのっそりと顔を上げ、順に一瞥し、「まったく無作法だねぇ」と呟き一つと共に肩を竦めた。そして、青年の腕に抱かれた意識のない少女を認めると、またゆっくりとした動作で椅子から降り、手にしていた小瓶を棚に戻す。
こっちに来な。と、促されるまま、奥の部屋へ着いて行けば、其処にあったベッドへ少女を寝かせるよう指示される。言われるがままに少女を横たわらせ、そのまま傍に控えようとした青年は、少女の手を握ろうとした少年共々、婆らしきその人から「此処からは男禁制だよ!出ていきな!」の一言で追い出されたのだった。
ただ、待つことしか出来ない時間は、実際にはたった数分程度のことでも、長く感じてしまうもので。
少年は宛ても無く部屋の中を彷徨い歩いては、奥に続く扉の前で座り込むを繰り返し。
青年は青年で、棚に並べられた小瓶へ視線を向けながらも意識は常に扉の向こうへ向けられていたのである。
だからこそ、故に。
「問題は無かった」と言う薬師の婆の言葉通り、静かに。けれど、朗らかに眠る彼女の顔を見て、漸く抱けた安堵感は一入のものだった。
「……ただ、ねぇ。もう一つ、」
邪な雑念が入ってしまった、と。
乱れかけた平常心を取り繕おうと、思考を巡らせる青年の耳に、ぼやくような薬師の婆の呟きが飛び込む。
気付くと隣に立っていた彼女は、ちらりと暗く重たそうなローブの隙間から青年を見上げると、一言。
「お前さん、心当たりがあるんじゃないか?」
――――今が、丁度。
続けて、耳打ちされたその内容に、青年の眼が見開かれたのは言うまでもないだろう。
はく、と数度。開いては閉じてを繰り返した、青年の口がようやっと音を発しようとした―――けれど、その矢先。
「エリザベス!!!エリザベスは、無事なのかい!?」
再び、ノックも無く開け放たれた薬師の家の扉。
飛び込んできたのは、少年によく似た、すこし窶れ気味な壮年の男だった。
第五章・終




