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私の人生は誰のもの?~運命の番なんてお断りです!~  作者: 結記
第4章『その果てにあるもの』
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“運命”の終わり:ベネディクト

 数多いる魔法使いの中でも最高峰の純度に最大級の保有量を誇ると評されてきた、ベネディクトの魔力。

 また覚醒者であることから魔物討伐にも苦労することは無く、有り体に言えば、これまでの人生で彼が全力を出したことは一度も無かった。


 そして、ベネディクトの立場(身分)的にも、態々自分の限界を確かめる必要は無かったのである。


 それ故に彼は、多くの魔法使い達が魔法を習い始めた頃に一度は身を以て体験することになるという『魔法を使い過ぎ、魔力が枯渇してしまった場合どうなるのか』を知らぬまま―――此処まで至ったのだ。


 その結果が、これである。


 燃え尽きた蝋燭のように、地へ崩れ伏してしまったベネディクトの体。


 乱れた感情のままに自分の足元まで崩してしまったか、と珍しい自分の失敗に少しだけ冷静さを取り戻し、すぐさま立ち上がろうとした。けれど、それは叶わなかったのである。どころか、身動き一つ取ることも出来ず、指先に力を込めることも上手く行かない。流石のベネディクトも僅かに動揺を覚えた。が、しかし。これが生まれて初めて経験する『枯渇』した状態だと気付けば、忽ち内心の余裕を取り戻していた。


 何故ならば、今。


 すぐ傍には運命の番(エリザベス)がいるのだから。

 見上げた先には、真っ直ぐ自分へ向けられた空色の瞳と克ち合う。


 風に煽られ、乱れた小麦色の髪を陽光に靡かせる、その姿はこの世の誰よりも美しく、愛おしくて。


 早く、その指に触れたいと、動かぬ体へ叱咤したその時であった。


「───egdE mulif aitinI agaM」


  柔らかく、澄んだ彼女の声だった。しかし、厳かな空気を纏いながら紡がれる調べは、ありとあらゆる魔法を学び、会得してきたベネディクトでも知らない、初めて耳にする代物である。


「oreauq murutuf muicadnem artlV」


 いつの間にか止んでいた、風。

 静まり返った湖畔の村に、彼女の声だけが響く。


「───oicijeR」


 すっと向けられた指先。

 淡く光を帯び始めた周りに、ようやく描かれていた魔法陣の存在に気が付いたベネディクトだった、けれど。


「oicijeR」


 それもまた、ベネディクトが初めて目にする魔法陣だった。

 分るのは、緻密に刻まれた紋様の一つ一つへ、染み渡っていく彼女の魔力がとても。


 とても、今の自分にとってはいつも以上に魅力的である、ということだけ。


 今すぐ取り込みたい衝動に駆られてしまう―――が。

 

「oicijeR」


 少しでも早く触れたくて、必死に伸ばした指先は無情にも。

 暖かくて優しく柔らかい彼女の魔力(ナカ)へ居座る、あの異質な冷たさが阻んできたのである。


「tiugnitsxe mitis cen ticafsitas non saV」


 まるで。それは、まるで。

 彼女は自分のモノだと、言わんばかりに。

 牙を向いてきたのだ。


 彼女を穢したところで、決して彼女を得ることは叶わないというのに。

 どう足掻こうと、彼女はベネディクトの運命なのだから。


「tnuipicca non suie roc te ,tnucsonga non nemoN」


 それでも、彼女の中に自分以外のモノがあるという事実だけでも気が狂いそうになる。


「ogoR」


 早く、早く、魔力を満たして、彼女を救ってあげなければ……そう、思っても、体は依然と動いてくれない。


「ogoR」


 この際、異物が混じっていたとしても、良しとするべきか。


「ogoR」


 苦悩するベネディクトを他所に、エリザベスの魔法は淡々と粛々と構築し、完成へと編み上げられていく。


 やがて、光に浮かび上がった魔法陣は一つの糸へと集約し、ベネディクトと彼女を結んだ。


 ここでベネディクトは、悟る。


 エリザベスの唱えた魔法が、始まりの魔女が紡ぎ齎して下さった番の縁を可視化させるものだと。


(そうか、エリーは不安だったんだね)


 本当に自分がベネディクトの運命なのだろうか、と。それならば、そうと言ってくれればよかったのに。でも、これで証明されたから、安心できたよね。エリー。エリザベス。君は、僕の運命だって。



 いじらしい彼女の心内を夢想して、歓喜に震えたベネディクトがもう一度立ち上がろうとした―――のを遮るように。



 彼女は、調べの続き(・・)を音に乗せた。



「eropmet coh muc mus ciH」



 空へ掲げられた彼女の両手へ出現したのは、金色の光を纏うハサミのような、ナニか。


 それを躊躇うことなく、彼女は繋がれた糸を挟むようにして、構えていて。



「tur itaf ossimorp a rutarebiL」



 ようやく、ベネディクトは理解する。

 否、理解せざるを得なかった。


「……っあ……って……待って、エリー……」

 

 それまであった根拠のない余裕も、忽ち霧散する。

 冷汗が全身を流れ落ち、土に塗れてもなお美しい顔を歪め、蒼褪めさせたベネディクトは、祈り懇願するように、エリザベスを見上げた。


 けれど、震えに掠れ、真面な音にさえなら為らなかったその願いは、エリザベスに届くことは無く。


 ―――届いていたところで、エリザベスが受け入れることは無かったのだが。



 バチン。


 

 見るも無残に目の前で、呆気なく、断ち切られてしまった運命の糸。

 はらりと、崩れ離れていく、その先を呆然と、見つめることしか出来なかった。

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