諦め欠けた時:エリザベス
完成間近だった男の魔法。
空に描かれた魔法陣も紡がれた詠唱も、エリザベスの知識には無いものだった、けれど。
空気が震えるほどに込められた膨大な魔力からして、ただの攻撃魔法や拘束魔法ではないことは読み取れる。――そもそもの話、普段魔法陣も詠唱も必要としないこの男がここまで丁寧に。そして、厳かに。
まるで儀式を行っているかのように、魔法を構築しているのだ。
嫌な予感を覚え、溢れた焦りや恐怖が頬を、背筋を冷やしていく。今すぐ此処から離れるべきだと本能が訴えるも、烈風に巻き上がった土埃が周囲を取り囲み、後退るどころか身動き一つ取ることが出来ないでいた。
その間にも、自信を取り戻したのか堂々とした足取りで歩み寄ってくる男。
つい先ほどまで何かに絶望し、蒼褪めていたとは思えれないほど、その微笑みには使命感とも似た余裕が宿っていた。
じわじわと縮んでいく距離感。しかし、この状況下では、エリザベスに為す術は無くて。
最早此処までか、と。この腕を掴まんと伸ばされた掌が目前に迫り、諦めが眦から零れ落ちそうになった―――その時だった。
霞んでいく視界に、ひらりと。
逆光に淡くゆらめく白銀が、舞ったのである。
「……ぇ?」
何処からともなく、男の手を阻むようにエリザベスの前へ躍り出たのは、見覚えしかない一頭の馬。その背に跨る男の顔を見上げた彼女は、思わず状況も忘れてしまうほど、困惑に目を見開いたのであった。
(な、なんで、彼が此処に……っ?)
陽の光でも柔らかな輝きを放つ銀髪に冷たくも真っ直ぐな蒼い眼差しは、間違いない。
二週間前、不可侵の森で出会い、助けてくれた、あの青年だ。と、気付いた心臓が鼓動を早めていく。
それは、もう二度と遭うつもりの無かった相手との予期せぬ再会に対する焦りと驚きによるモノか。
それとも、全く別の。芽吹きかけた知らない感情が引き起こした動揺のせいか。
明確な原因を突き止めることは出来ない。けれど、一つだけ確かなことは。
エリザベスの視線は、突然現れた青年の横顔に奪われたまま、暫く逸らすことが出来なかったと言うことだけである。
しかし、その青年は。
彼は、エリザベスを背に庇ったまま、振り返ることはせず。
血の汚れを振り払い、構え直したその剣先で捉えた目の前の男を、静かに見据えていた。
ただ、エリザベスが青年に意識を囚われていたのも、ほんの僅かな間だけである。
何故ならば。
再び幽鬼のように表情を晦ましたあの男が、無作為に放った幾重もの魔法が青年を襲ったから―――では、ない。
ぞわりと、空気の揺れを感じるほどの勢いで集約されていく、嫌な気配。
それは、紛うことなくあの男の魔力、そのもので。
反射的にその頭上を仰いだエリザベスが見つけたのは、晴天を覆い尽くすほどに育ち切った暗雲の塊。いや、今もその裾は広がり続け、不可侵の森や精霊の湖をも飲み込まんとしていたのである。
そして、微かに見えた閃光の影。
矢が如く尾を引き、放たれたそれが青年の頭上へ、今まさに降り注がれようとしていたのだった。
「っ屈んで!」
咄嗟に危機を知らせたけれど、開けたこの場所に身を隠せ守れる場所は無い。
「eranetaturomamonomonakitut “sigeA”!!」
ならばと、祈るように一か八かで紡ぎ上げたエリザベスの魔法は──。




