こたえ合わせ:アレクサンダー
(……間に合った、か)
今尚も吹き荒れ続けている風……と言うよりは、暴風の渦中に探し求めていたオレンジの髪を見つけた時には、流石のアレクサンダーでも肝が冷えたものだ。
(……だが、安堵するには早い。)
砂埃に霞む視界の先で、鈍く光る赤い眼差し―――に、込められた明確な殺意から逸らさぬよう、威嚇に嘶く馬の手綱を握り直し、背後に庇った少女の様子も伺う。
詳細な怪我の状況までをも確かめる余裕は残念ながら無いけれど、精霊たちの反応からして深刻な傷は負っては無さそうだ。
「……精霊よ。頼めるか」
不可侵の森を抜け、幾分か活気を取り戻せたらしい精霊たちに少女の守護を祈れば、まかせてと言わんばかりに一際強い輝きを以て応えてくれる。よく見れば、村の守りを担っていた精霊たちも協力してくれるようで、一つまた一つと繋がりを得た彼等が、薄い膜となって少女を包み込んでいく様を肩越しに捉えて、視線を―――意識を、目の前の赤い……男の方へと戻した。
(―――ベネディクト・スカーピオ。)
乱れた髪に、血走った目。
所々破れた仕立ての良さそうな服に、辛うじて引っ掛かっている薄青の装飾。
陽の光に反射してたそれは、微かな煌めきと共に揺れていた。
ほんの僅かな隙間から見え隠れする、その姿は崩れに崩れている。
けれど、間違いなく王都で遭遇したあの男で違いなかった。
「……お前が、」
アレクサンダーに隠されてもなお、少女から視線を外さなかった男だったが、精霊の庇護下に置かれては気配すらも感じ取ることが出来なくなって仕舞ったのだろう。
貴公子然としたその風貌からは想像も付かないような、地を這う震えた声でアレクサンダーを見上げたその眼は、怒りと焦燥からなる激情に囚われていた。
(……しかし、最初に会った時よりは分かりやすくて良い)
何故ならば、戦いの場において、余裕がない者ほど分かりやすい者は居ないからだ。
大半の者は、戦い方が単調化し、動きも大振りになってしまう―――のだが、相手は魔法使いである。
それも、あの少年が警戒するほどだ。実力も確かなモノだと推察出来る。
現に、今も。
皮膚を切り裂かんばかりの勢いで吹き荒れる烈風は、アレクサンダーへと標的を定め、その激しさを増しているのだから。
(……精霊たちが居なければ、今頃俺も血の海に沈んでいただろうな)
今も加護を宿してくれている精霊たちに短く礼を紡ぎつつ、チャキリ、と。
刀身にこびり付いたままであった魔物の血肉を振り払い、その剣先で狙いを定めたアレクサンダーに、男の怨嗟の慟哭が劈いた。
「お前が、僕のエリザベスを穢したんだな……!!」
風は刃となり、土は抉れ、再び煙と砂に覆われていく視界。
何処からともなく伸びてきた蔦を切り伏せ
上空から襲い来る巨鳥の啄みを食い止め
放たれた炎の塊は精霊の加護に阻まれ、事なきを得る。
しかし、次から次へと繰り出される魔法と魔獣の攻撃。
正しく、反撃に転じる隙を与えさせないための猛攻である。
(だが……防げないほどではない。威力も聞いていたほどではないところ見るに……やはり、消耗しているのか)
あの邂逅した日から約2週間。寝ずに魔法を行使し、移動しているはずだ、と。『姉さまに早く会いたいあいつなら、絶対にそうする』と断言していた少年の顔が思わず過ってしまった。
「……僕の、ぼくだけの……エリーなのに……っ」
最早、アレクサンダーへの怒りと憎悪だけで立っているようなものなのだろう。血の気が引き、青を通り越して白くなったその顔は、あの日の少女と重なる。向かい来る魔法の勢いも弱まり、いつの間にか魔鳥は姿を消していた。力尽きるのも時間の問題だろうと見越し、握る柄に力を込め直した、その時であった。
「―――屈んで!」
少女の声が響き、次いで聞こえたのは、あの聞き慣れぬ発音で紡がれる『魔法』の響き。
「eran etat uromam onomonak itut “sigeA”!!」
「―――――――――――――― “nemluF”」
そこへ被せるように、男が天に掌を掲げ、落とした呟きもまた―――。
瞬間、頭上を迸ったのは雷鳴が如き閃光の一筋。
天を割らんばかりの轟音と共に降り注いだのは光を纏った礫だった。
避けるアレクサンダーを逃がさんと言わんばかりに狙うそれは、しかし。
寸でのところで完成した少女の魔法により、阻まれ届くことは無かった。




