穏やかな時間:エリザベス
柔らかな温もりに包み込まれていた春と茹だるような暑さが肌を焦がす夏の狭間。
煩わしいほどの湿り気を帯び、連日降り注いでいた恵みの雨もようやく落ち着いてきた、六の月。
あの舞踏会の夜からは凡そ2週間が経過した、明くる日のこと。
名前を知らぬ騎士らしき男と過ごした小屋から離れた後、エリザベスが向かったのは不可侵の森を抜けた先にあるという湖。その畔でひっそりと営みを築いている集落がある。と、トゥルバしか知らないエリザベス達に教えてくれたのは継母だった。
『あの場所ならば、一時的な潜伏場所として最適だと思うの』
湖のことを継母の母国では『精霊の湖』と呼ばれており、精霊たちが産まれる場所として信じられているのだという。実際、魔物討伐の体でレノンバルトが足を運んだが見つけることは出来なかった、と言っていた。
『そんな村は見当たらなかったのですが』
そう報告すれば、継母は『当り前でしょう?』と派手な見た目からは想像もつかないような、お茶目な笑みを浮かべて、自分たちに教えてくれたのだ。
『あの村はね、信じる心と強くいきたいという思いが無いと入れないよう、精霊たちが守っているのよ』
何時からそうなったのかは分からないのだけどね。あなたは私の言葉を疑って行ったから、信じなかったから見つけれなかったのよ。まぁ、あの子の母である私のことを信じられないのも分かるから―――そうね。
『家族を助けたいから、力を貸してほしい。って願いながら、もう一度確かめてみては?――きっと、あなた達ならば、精霊様たちも応えてくれるわ』
その結果が、此処にいる証明である。小さな光の輝きがベールのように村を包み込み、周りの色を取って同化させているから、確かに一度見ただけでは見つけることはできないわけだ。存在自体を疑っていれば、余計に。
(……ここなら暫くは穏やかに過ごせそう。)
無事、先に村へ到着していた父と合流を果し、再会の喜びを分かち合いながら、考えに馳せたのはこれからのこと。
継母は言っていた。信じる心と強くいきたという思いがあれば見つれるのだと言うことは、あの男にも通じるのだ。ある程度の対処はしてからこちらに向かう、とレノンバルトが言っていたけれど、油断は禁物だろう。
「何処に向かうか、決めておかないと」
父の体調のことを考えれば、あまり長旅はさせたくないところ。そのことを考えれば、気候も穏やかで、話す言葉もトゥルバに近いとされるクロシュが良いのだろうかれど―――
「……可能性を考えたら、避けたいところね」
何故ならばあの夜の彼も、この湖のことを『精霊の湖』と呼んでいたから。
悩みに更けながら、備え付けの花壇に自生した薬草たちの選別をしようと屈みこんだ、その時だった。
はるか遠く。不可侵の森の上空。太陽の真下で、閃光が轟いた。
―――次の瞬間。
「やっと会えたね―――エリザベス」
優美に降り立った悪夢がいつものように穏やかな笑みを浮かべながら、愛おしそうにエリザベスのことを見つめていた。




