8:獲物
うっとりとするように放たれたその名前は、キールエラ家前当主の嫡女であり、現在行方不明中だという少女のモノ。
あの時は、なぜ自分にと思ったが、今なら分かる。
(……彼女がエリザベスだったんだ)
この談話室に飾られている、一枚の家族肖像画。
晴れ渡る空色の瞳をした男性と暖かなオレンジの髪をした女性の間で、幸せいっぱいを体現するかのように笑顔の子ども達。
その少女は、確かに―――あの夜を共にした彼女の面影を宿していた。
つまりは、レノンバルトが彼女に似ていると感じたのも。
初めて会った時、耳にした『姉様』が誰を指していたのかも。
(気のせい、ではなかった。)
後から調べさせた報告によれば、例の青年───ベネディクト・スカーピオと言うらしい───は彼女に長年想いを寄せており、婚約の申し出を何度も行っていたという。だが、少女はそんな彼を拒み続け、果てには全てを捨て逃げ出してしまったのだと。
その理由は確かめるまでも無く、あの目にあることは鈍いと自覚する自分でも分かった。
彼女が、エチノが居なくなった今も尚、姿を晦ませている理由。あの雨の中、あの危険な森の中、泥だらけで倒れていた訳も、全て。事情を知れば、腑に落ちた。
そして、今。
少年の瞳に、再び宿った嫌悪の眼差し。その杖先が向けられている方角には、あの森。少女と出会った、あの───。
(……まさか)
ある可能性に思い至り、反射的に空を見上げたアレクサンダーの目の前で―――魔法は完成した。
ほんの僅かに逸らされた、杖の先端。
間を置かずして唱えられた、少年曰く『魔法言語』……『魔語』と呼ばれるもの。
「“krapS”」
それを持って完成された『魔法』が、晴天に雷光を迸らせたのだ。
「これが、魔法だよ」
分かったかな?とお道化るような軽い口調で部下たちに問いかけるレノンバルトだったが……その横顔は強張ったまま、暫く空を睨み続けていた。
まるで、獲物を仕留め損ねたと言わんばかりに。




