3:出会い
それは、今から13年前のこと。
その日は、エリザベスにとって特別な1日になるはずだった。
両親にお願いして、初めて大好きな花々が咲き乱れる庭で開いてもらった誕生日パーティー。
穏やかで優しい父ラインバルトからは、ずっと欲しかった魔法の本を。
何時だって明るく笑顔の母カレンデュラからは、この日のために誂えてくれたお手製のドレスとリボンを。
最近、おしゃべりが出来るようになったばかりの弟レノンバルトは、「だいちゅき」を何度も頬へのキスと一緒にくれて。
そして、いつもは不機嫌だけど、この日ばかりは「おめでとう」って最初に言ってくれた、5つ上のあに、リューンハルト。
エリザベスが産まれたときに不慣れながらも作ったのだという、彼女と同じ名前のバラが縁取る父お手製のガーデンアーチ。その下で家族みんなが揃って笑い合う、幼い頃のエリザベスが何よりも大好きな時間だった。
大好きだったのに。
そんな大切な思い出の1頁となるはずだった時間に水を差したのが、偶然その場を通り掛かったというベネディクトだった。
突然庭先に現れた彼は、呆気に取られるキールエラ家の面々など気にも留めず、エリザベスの前まで歩み寄ると紳士らしくズボンが汚れるのも厭わず、跪いたのである。その光景はさながら、絵本に描かれる王子様のようで。続けて、吐き出された台詞も、また。
『やっと見つけた。僕の運命。僕だけの唯一』
『必ず幸せにすると誓います。どうか、あなた方の姫君を僕だけの女神にさせていただけませんか?』
それは、女の子であれば一度は憧れるような、完璧なプロポーズだった。
しかも、太陽のような輝きを纏う美しい少年によるモノである。人によれば、例え初めまして出会ったとしても、ここで恋の一つや二つが芽生えることも合ったかもしれない。けれど、エリザベスはそうならなかった。
ただでさえ、家族との楽しい時間を邪魔した存在である。それに加えて、自分を見つめてくる少年の、どろりと纏わりつくような朱い眼が気持ち悪くて、寧ろ、怖いと思った。
反射的に弟を抱き締めて母の後ろへ隠れたエリザベスの姿にさえ、愛おしいと笑みを浮かべる少年。
その歪さに、エリザベスの父は心当たりがあった。
まずは、見知らぬ少年の得体も知れぬ感情をぶつけられ、怯え震え出したエリザベスを此処から遠ざけねば。と、子ども達を妻に託し、一呼吸整えたラインバルトはベネディクトに向き直る。
10歳になったリューンハルトと同じ年頃に見える少年は、妻の腕に弟ごと抱かれて去って行く娘の姿を名残惜しそうに見送るその瞳に浮かんでいる感情は、見間違えなどではなく。
出来れば、気のせいで合ってほしかった。と、娘のこれからを憂い嘆く、エリザベスの父の想いなど知らずか―――知ったところで興味のカケラもないだろう、少年は軽い身のこなしで立ち上がると、今度は感情の見えない、冷えた視線をラインバルトへ向けた。
『僕はスカーピオ公爵家のベネディクトと言います。本日は突然の訪問、失礼いたしました。』
完璧な一礼で自らの非を認めた少年に、どう断りの言葉を伝えるべきか悩んでいたラインバルトは再び呆気に取られる。その隙に、ベネディクトは『今度は先触れを必ず出しますので』と添えて、来た時と同様に堂々とした態度で去って行ったのだった。




