4:後日
結論から言えば、ナインクル・ベラドールの捕縛はこの日のうちに完了してしまった。
当日、別件を担当することとなったアレクサンダーに代わり、突入隊の指揮を取ることとなった部下曰く、それはあまりにも呆気なく、あっさりとした事件の幕引きだったらしい。
なんでも、王太子が後方で控えていたからか、大きく抵抗する素振りは見せなかったのだ、と言う。
中には、自ら投降してしまう者も居た、と。
「一瞬、囮か?って思っちゃいましたよね。」
「そうそう、正直もっと抵抗するかと思ってたんすけどね〜!言っちゃ悪いんすけど、物足んなかったす!」
「久々に大捕り物出来るって期待してたのになぁ!」
等と、口々にぼやき合う部下たちのやり取りは聞き流しつつ、書類へ筆を走らせていたアレクサンダーだったが……不意にその視線が窓の向こう側へと向けられる。
雨が過ぎ去った後の雲一つない透き通った青空。
その下で青々と生い繁っている、あの森へ。
こうして思いを馳せるのは、これで何度目だろうか。
(……どこに、行ってしまったのだろうか)
―――あれから、数週間。
王太子から後処理を任されたこと。そして、個人的な用事を果たすため。
アレクサンダーは数名の部下たちと共に、トゥルバへ未だ滞在していた。
その王太子は、と言うと。
拘束されたベラドールの面々、特に主犯であるナインクルを速やかに処するため、早々に国へと帰還している。そして、つい先程。無事に城へ到着したいうと知らせが入ったので、懸念点の一つは解消されていた。
(……書類もあとは、この1枚だけか)
ヴレイブから任されていたのは、ベラドール等による被害の状況把握。そして、その度合いに応じて行う補償や補填の調整と、可能なら手配まで、である。
まだ白い部分が多いこれは、その最終報告書となる予定なのだ。
(これ以上、時間を伸ばすことも難しい……か。)
本来であれば、一週間も掛からないような任務の内容。それを、何かしら理由を見つけては、引き延ばしてきたが、遂に限界が来てしまったことへ、重い息が込み上げてくる。
(……正当な理由は無くなってしまうが、こいつらを先に帰して、俺は残るのも手ではあるよな)
空を気ままに舞う一羽の鳩。その軌跡を辿りながら、考えに耽るアレクサンダー。
その思考を遮るように、「そういえば!」と執務机代わりのダイニングテーブルを揺らしたのは、まだ其処に居た部下の1人だった。
「隊長の方はどうだったんです?魔法!体験したんでしょう?」
蓋が空いたままだったインク壺の中身が、波立っている。身を乗り出して、期待に鼻を鳴らしている彼の隣で、もう一人も同調するように、小さく「確かに」と片手を上げていた。
「なんでしたっけ?あのレノンバルト……卿?くん?先生?が、凄いことした!ってことしかオレたち知らないんすよね。」
「教えてくださいよ~!隊長ぉ!!」
年季の入った、漆塗りの机。柔らかな素材でできた緑のテーブルクロス。そして、紅茶が注がれていた、ティーカップ。お揃いの薔薇が刻印された、ソーサーにも。
そのどれにも、インクが何処かへ散ってしまった様子はなかった。
そのことに一先ず安堵し、それから。
「……お前たち、「いいよ」」
ここは借りている場であると言う、自覚を持て。
そして、魔法については、無暗矢鱈と語れるものではないから、私の口からは話さない。
そう告げようとしたアレクサンダーを次に遮ったのは、まだ幼さの残る朗らかな声だった。
「魔法に興味あるなら、僕が教えてあげるよ?」
いつの間にそこへ居たのだろうか。
アレクサンダーの背後から、ひょこっと姿を現したのは。
「……レノンバルト殿」
にっこりと笑顔を浮かべた少年が「ね?いいでしょ?」と、座したままのアレクサンダーを見つめる。
「息抜きにも丁度いいでしょう?ヴィルガツムさんにとっては、ね」
その全てを見透かしているような眼差しに、アレクサンダーは肯定することなく、書きかけの書類へ。
―――視線を落とした。




