完璧な人生/ベネディクト・スカーピオ
その子を一目見ただけで、解ったんだ。
彼女こそが、僕の『運命』なんだって。
彼の人生は、この世に生れ落ちたその瞬間から『完璧』であることが約束されていた。
王家を凌ぐほどの権力を有すると言われる中央貴族筆頭の公爵家スカーピオの嫡男であり、自身も齢5歳で『覚醒者』となったベネディクト・スカーピオ。周囲期待される中、それでも驕ることも臆することも無く、鍛錬を続け成長した彼の実力は、今や国の精鋭が集う魔法師団にも匹敵―――否、もう超えているのではないかと言われているほど、卓越した技量と威力を伴っている。
しかし彼自身はまだ研鑽に励みたい。と学園卒業後、既に用意されていた小隊長の座を辞退し、大学に進学を決めたのだ。その時は、社交界のみならず、国全体が震撼したのは言うまでもないだろう。だが、それと同時に流れ聞いた噂に、多くの人が心を打たれ、その選択を受け入れることにしたのだ。
――――社交界を中心に流れた、その噂。やがて、市井にも広まり、絵本にもなったその内容は。
要約すると。
ベネディクト・スカーピオの運命の番である少女が学園に入学する為、辺境の地からやって来るから、慣れないだろう生活を傍で支えてあげたい。
と言う、彼の優しさに溢れた想いだった。
ベネディクトが、運命の番と出会ったのは、今から13年前。
当時10歳であった彼が、父の代理で母の故郷である辺境伯領へ足を運んだ時のこと。
散策も兼ねた視察の最中に立ち寄った小さな港町。
普段は市場などが開かれているのだろう海沿いの広場に集った町民たちが、何やら祝杯を上げて盛り上がっているのを見かけたのが、最初のきっかけであった。
聞けば、この日、この町を納める領主一家の長女が5歳の誕生日を迎えたのだという。
その記念を祝して、今日は昼間で仕事を切り上げて、皆で祝っているのだ、と。
(この町の領主と言えば……キールエラ男爵、か。)
以前、父の執務室で見た資料に書かれていた名前だ、と思い出す。
確か、現当主は爵位を継ぐ前は大学で薬草学者をしていた男の筈だ。
その妻は、この町から見て隣にある子爵家出身。子どもは2人……いや、3人だったか。
(でも長女と言えば……名前は、たしか)
不意に、ふわりと漂って香った甘やかな香りに視線が誘われる。
気付けば、広場から遠く離れた場所まで歩いてきてしまったようだった。
目の前には、喧騒とは無縁だろう、住宅街からも外れた少し小高い丘の上に建てられた、こじんまりとした屋敷が一つ。恐らく、ここが領主の家なのだろう、と辺りを付けて、何となく様子を伺う。
子どもの背丈ほどしかない塀。その向こう側から覗く、薔薇のアーチ。
この匂いはあそこから香ってきたのだろうか。
そう納得しかけた心を否定するように、胸を高鳴らせた本能。
産まれて初めて感じた高揚感に駆り立てられ、早足になってしまう歩み。
走り出さなかったのは、辛うじて残った高位貴族としての矜持か、それとも。
待ち望んでいた存在かも知れない、と言う期待の緊張感からだったかもしれない。
玄関は素通りして、庭先へ。
まず見えたのは、可憐なピンク色の薔薇が縁取る、ガーデンアーチ。
その下に設けられた、白を基調としたティーパーティーのセット。
そして。
焦げ茶色の髪をした男に支えられながら、橙色の髪をした女に真っ白で大きなケーキを渡されて、満面の笑みを浮かべた―――少女。
太陽の温もりを帯びたかのような鮮やかな小麦色の髪を、可憐な花々で飾り立てた少女。
その、喜びに満ち満ちた無邪気なスカイブルーの瞳から、ベネディクトは視線を奪われたまま、暫く離すことが出来なかった。
(あぁ……そうか、そうだったんだ。これが。―――そして、此処に居たんだ。)
跳ね上がり続けてる高揚感。
満たされていく、渇望。
足りていなかった、パズルのピース。
最後の一欠片。
『……やっと見つけた。』
僕の運命。僕だけの唯一。何としてでも、この手中に。
逸る気持ちを押さえようにも、上手くはいかない。
でも其れさえもが、自分が正しく人であったことを証明してくれるような気がして。
搔き乱される感情を抱かさせてくれた、彼女に益々愛おしさが溢れ出る。
だから。
『必ず幸せにすると誓います。どうか、あなた方の姫君を僕だけの女神にさせていただけませんか?』
跪いて、伸ばした手が今拒まれたとしても、僕は諦めないよ。




