尽きぬ渇きを満たして、朝を呼ぶ:アレクサンダー
巣立ちを迎えた若鳥達の、初々しい地鳴きが朝の訪れを告げる中。
遮るように一際大きく響き渡った、聞き覚えのある鳴き声にアレクサンダーは意識を覚醒させた。
(……朝、か)
しかし、天井の隙間から見えた空が纏う色からして、まだ夜は明けたばかりだろう。
傍らへ視線をやれば、心地よさそうに眠る少女の姿。
その横顔に戻った暖かさを確かめ、安堵の含まれた息を漏らす。
(――本当に、あの行為で回復するとはな)
一度は信じることにしたからこそ、手を出した。とは言え、やはり何処か疑っていたのだろう彼女の話を、この寝顔を見たことで漸く受け入れることが出来たような気もする。
知らぬ間に足元で丸まっていた外套を手繰り寄せ、少女に掛け直してやれば、緩んだ口元から満足げな寝息が零れ落ちるのが聞こえた。
そんなあどけない仕草に昨夜の余韻を思い出しかけた心が、無意識に指先を少女へと向けさせる。が、触れる直前。空気を切り裂くように再び響き渡った鳥の鳴き声に我を取り戻した。
(俺は、何を)
頭を振って、こめかみを押さえ、湧き上がりかけていたあの不可解な感情を追い払おうとするが、やはり上手くはいかない。このまま此処にいても、落ち着くどころかこの感情が強まっていくばかりであることは、昨日の己から察することが出来た。
それならば、と、未だ微睡んでいる少女を起こさないよう、細心の注意を払いながら外へと抜け出す。
ついでに床の上へ昨日脱ぎ捨てたまま放置していたシャツも、拾い上げて。
雨の匂いが染み付いたままのそれは、真面に乾かしもしなかったせいで湿り気が残っている。
けれど、肌に触れるその冷たさが、火照りだしていた思考を沈めるのに丁度良かった。
そこへ、鬱蒼と茂る木々の隙間から吹き込む雨の名残を含んだ風が合わされば、効果は倍増である。
(……よし。)
大方の意識は切り替えることが出来た。
拳を握り直し乍ら、確かめるアレクサンダーの下へ、ふわりと羽搏き降りて来たのは一羽の鳩である。
その足元に括り透けられた小さな筒状のそれを認め、屈んだアレクサンダーの掌を「出てくるのが遅い」と言わんばかりに突く鳩。「すまない」と小さく謝辞を入れ、結び目を解き、受け取ったそれに目を素早く通す。
「…………そうか。」
それは同じくこの森の何処かに潜伏している仲間からの伝令であった。
内容を確認し終え、何時ものように処分しようとした、その手が余白の存在に気付き、止まる。
振り返れば、丁度気持ちよさそうに寝返りを打った少女の姿が目に入った。
(これで、終わりにしてしまうのは)
理由があったとはいえ、超えてしまった一線。
彼女から求めたとはいえ、拒絶しきれなかった自分にも責任はあるのだから、取らねばならないだろう。
などと、あれこれ浮かんでは消えていく理由。
纏めてしまえば、離れがたくなっているのだ。
アレクサンダー自身が、彼女から。これからも彼女の助けに自分が慣れたらなど、と。
疼き続けている不可解な感情と共に、心の片隅から主張を続けているのだ。
だが、今のこの状況。任務を放棄することも、当然出来ない。
許されないというのもあるが、何よりも。
(…………妹の為にも)
悩んだのは一瞬。鳩に餌をやり、小屋に戻る。
乱れたままの服を整え、剣を佩く前に、千切り残しておいた余白に言葉を残した男は、眠る少女の横へ跪いた。
「どうか、君に精霊の加護があらんことを」
そうして、躊躇いがちに額へ寄せられた唇。
囁いた男の周りで、まるで任せろと言わんばかりに煌めいた輝きは、太陽の煌めきか、それとも。




