1:茶番劇
華やかに着飾った貴族の男女が一堂に会す夜の宴、舞踏会。奏でられる煌びやかな音楽に合わせてダンスを嗜む者達もいれば、高貴な調度品と豪華な食事にワインを取り合って談笑と言う名の腹の探り合いを繰り広げる者達もいる優雅なひと時、その狭間でコトは起きた。
「だ、か、ら、ぁ」
突如、響き渡った鼻に衝くような甘ったるい声に空気が止まる。視線だけが彷徨い、そうして見つけられた舞台の中心は出入り口に近い天鵞絨のレッドカーテンが垂らされた壁際だった。
登場人物は三人。
一人は言うまでも無く、注目を集める原因となった甘ったるい声の主である少女。目立つ、見事な深紅の髪を肩口で切り揃え、大量のリボンやレースで飾り立てられたピンクのドレスを身に纏う彼女の名は、エチノ。2年前、隣国の貴族ベラドール伯爵家の長女だったが、離縁された母親と共にこの国トゥルバへ渡ってきた今年18になる娘である。その母がとある貴族と再婚したことにより、トゥルバの貴族身分を得ることが出来たなり上がり令嬢として、社交界に名が知られていた。
そんな彼女の傍へ優雅に佇む、男が一人。
夜会用に整えられた艶やかな金髪に知的な印象を与える切れ長の朱眼は一見人を寄せ付けないような冷たさを孕んでいる。が、口元へ浮かべた柔らかな微笑みと下がり気味な眉根のお陰で相殺されている。そんな、十人いれば十人が振り返るだろう青年の美貌は、正体を探ろうとしていた人々も思わず息を漏らしてしまうほど。
また、優雅で品よく着こなされた漆黒の夜会服には皺ひとつなく、よく見ると貴重な青の黄玉がふんだんに飾り付けられており、さりげなく主張された財力の高さに今度は息を飲むのであった。
やがて彼の正体に辿り着いた者によって、驚きと好奇心に満ちた囁きがざわめきとなり、会場を満たしていく。
ベネディクト・スカーピオ。
貴族の中の貴族と謳われる中央貴族筆頭の公爵家スカーピオの嫡男である彼は、品行方正文武両道と周囲からの評価が高く、次期公爵の最有力候補ともされている存在である。そして、何よりも数少ないこの国の『覚醒者』の一人として、今最も注目されている青年であった。
何故、彼のような人があのような場所に。どんな意図が合って。
最早、自分たちの社交など後回しでいい。それよりも、この舞台の行く末を一秒たりとも見逃してはならないと研ぎ澄まされた無数の視線が、最後の一人へと。静かに、重たいカーテンの襞へ紛れるように佇んでいたもう一人の少女へと向けられた。
装飾の少ないシンプルな水色のドレスに、温かみのある小麦色の髪を緩やかな三つ編みにしただけの彼女の名はエリザベス・キールエラ。辛うじて領地を持っているだけの、吹けば飛ぶような末端男爵家キールエラの前当主ラインハルトの嫡女である。エチノとは、その母であるマルガレータの再婚相手と言うのがエリザベスの父であるため、世間的には義姉妹と認識されているが……それをエリザベス自身がそれを肯定したことは無い。
そして、彼女もまた、ここトゥルバの貴族社会に於いては有名な存在であった。何故ならば彼女は……
「ベティ様の!本当の『運命の番』は、私だったってわけ!」
自信に満ち溢れた歓喜の声が、再び静まり返った会場内へと響き渡った。




