0
草木も寝静まる頃。深い深い森の奥にひっそりと遺されていた、朽ちかけの小屋が一つ。
斑に空いた天井の穴から差し込む青白い光が照らし出すのは、一組の男女。
ベッドどころか毛布になるような布もない空間の中で、絡み合い、互いの熱を交わし合う2人。
乱れる吐息と軋む床の音が、張り詰めた夜の空気を塗り替えていく。
「……本当に、いいのだな」
はっと、息継ぎの合間。唇の端に残ったキスの余韻を荒々しく拭った男が、鋭い瞳を更に細めて、問う。
それに対し、女は潤んだ唇をつっと舌先で辿ると、口の端を持ち上げて微笑んだ。
「もちろんよ」
だって、これが、今この状況に於ける最適解なのだから。
女の脳裏に過るのはこれまでの記憶。
大切で大好きだった家族と過ごしたあの港町での思い出。そして、それを壊したあの男の、完璧な姿。
あの男から、逃れることが出来るならば、何だってする。
何度も繰り返してきた覚悟をもう一度込めた指先で、目の前の青年の逞しい首筋を抱き寄せた。びくりと跳ねた眉根の下で、揺れる碧い瞳。勢いのまま巻き込んで仕舞った彼には申し訳なく思うけれど、今更止めることなど出来ないのだ。
「あなたが助けてくれると言ったのだから。その体で、私を救って?」
甘えるように耳元で囁いた女の心情など知る由もない男は、己の理性が打ち砕かれるのを察した。
俺はこんなにも自制の聞かない人間だったろうか。
堪え性の無い己の本性に苛立ちが込み上げるけれど、もう男も止まることは出来なかった。
込み上がる衝動を誤魔化すように交わされた口づけの熱さは、先程よりも強く。
女の本音も男の己に対する嫌悪も全て飲み込んで、掻き消されていく。
ただ、繋ぎ直された手のひらだけは解かれることは無かった。




