第9話:仕事
それからはお互いに無言で、私は仕事、ウォードさんは片付けに没頭した。
明日からは調査に大きく時間を割かれることもあり、いつも私に仕事を振ってくる先輩方にそれを伝えたのだが、皆さんすぐに了承してくださったので助かった。
また何か言われるかとも思ったが、さすがにルシフェル様の指示ということで、皆さん気を遣ってくれたのかもしれない。
そして、溜まっていた仕事と諸連絡がなんとか片付いた頃には、時計の針は夜の十時を指し示していた。
「…………終わった」
「ん、おつかれ」
ウォードさんの片付けは結構前に終わっていて、私の部屋は見違えるほど綺麗になっていた。
本棚もタイトル順ではなく用途別にきっちり分けられており、今後は探す手間も省けるだろうし、そもそもウォードさんにお願いすると必要なものがすぐに出てきた。
それだけで、とんでもなく助かる。
「あとは、これをそれぞれの方に送付すれば完了です……すみませんお待たせして……」
「何言ってんだよ……俺はルウナの従者なんだ。付き合うのは当たり前だろ?」
「……へへ」
そんな言葉が、すごく嬉しかった。
ずっと、一人ぼっちだったから。
「しっかし、あんた……すげぇな」
「へ? 何がです?」
「いや、あんたが作った資料やら報告書、調査書なんかを見てたんだが、どれもこれも完璧というか……あんた、専門分野は?」
「え? あー、特にはまだ……悩み中です」
宮廷魔導師は魔導の道を極めることを目的とし、大体の人が分野を一つに絞って研鑽を積んでいく。
長い歴史があるアルタイルでは、先達の方々が遺した膨大な研究資料と、蓄積された知識の渦が存在する。
つまり、歴史に名を残そうと思うのであれば、広く浅い知識では意味を成さず、深く深く、誰も到達したことのない場所へと向かうしかない。
例えば、よく私に仕事を振ってくる"錬成卿"ゴルド様であれば錬金術だし、"樹梢卿"と呼ばれるジェイ様であれば、世界樹研究の第一人者として知られている。
このように、自身の研究が評価されれば自然と二つ名がつき、それが名前代わりになることも多い。
私もいずれはそんなふうに呼ばれる人になりたいと思ってはいるが、今はまだ一つに決めきれず、また忙しいのを理由にして、結果的に何も出来ていないのが現状だ。
「今日あんたが片付けた八つの仕事……待ってる間にだいたい見させてもらったが、どれもこれも専門家じゃなきゃ出来ねぇ代物だ。しかも、超一流のな。おまけに読みやすくて分かりやすい……このレベルをこの速さでやられちまったら、そりゃ仕事がバンバン回ってくるわけだ」
「あ、ああ……そうなんですかね?」
単なる嫌がらせかと思ってたんだけど……ひょっとして違うのかな。
いやでも、研究以外の雑務も大量にくるし……。
「というか……読めるんですね」
「……あんた、俺のことバカだと思ってる?」
「いえいえいえ! か、かなり専門的な内容ですから……単純に凄いなと……」
「一応魔導師でもあるんでな……読めるし理解も出来るが、俺には書けねぇ。そっちの方は苦手でね……つか、こんなんを毎日やってんのか?」
パンっと、ウォードさんは読んでいた紙の束を手ではたく。
「え? ええ、まぁ……あ、でも、今日はウォードさんのおかげでいつもより早く終わりましたよ? ほら、まだ十二時にもなってない」
私はそう言って時計に指をさす。
ウォードさんは呆れたような顔をした後、
「……自分がやってることがどれだけやばいか……全然分かってないタイプだなあんた」
そう言って、大きなため息をついていた。
わ、私がおかしいのかな……?
「まぁいいや……で、これを持ってくんだろ? 俺が行ってくるよ」
「あ、大丈夫ですよ。魔術で送りますから。それを全部、重ならないように並べてもらっていいですか?」
「お、おう」
今日私がやった八つに加え、ルシフェル様に送る、昨日の報告書の写しを全て机の上に並べる。
私は指先に魔力を集め、端からそれらに触れていった。
「おお……」
触れた書類たちは微かな光を放った後、様々な色の蝶へと代わり、それぞれが別の方向へと飛び立っていく。
やがてそれらは壁を貫通し、部屋から姿を消していった。
「い、今のは?」
「私が作った魔術の一つです。まぁ、勝手に飛んでいってくれるだけのものですけどね。ちなみに、相手側に私が用意した触媒がないと機能しません。また、物質化しない限り、私以外には触れられないようになってますから、確実に相手の元へ辿り着きます」
これのおかげで城の中を歩き回らずに済むという、我ながら結構便利な魔術だ。かわいいし。
「無詠唱でこれを……やっぱ、あんたは大したやつだよ。さすがはその歳で、宮廷魔導師になっただけのことはある」
「へへ……最強の英雄であるあなたに言われると、さすがに照れちゃいます……朝もすごかったですし」
「ああ……俺は戦闘特化だからな。あ、ちなみに、一応魔力の解放も、あの場の連中にだけ分かるようにしておいた。こっちにはバレてなかったろ?」
「確かに……そういえばそうですね」
あれだけの凄まじい魔力だったのに、城の中は普段と変わらず、いつも通りの様子だった。
城から役所までの距離が近いから、もしかしたら騒がしくなってるかもと思っていたけど……そういうことだったのか。
ただ、どちらにせよ、あの凄さが分かるのは、それなりに魔術に精通している人に限られると思うけど。
「ずいぶんと器用なことをされますね……あれだけの力なのに」
「ま、長く逃げてるとな……いろいろ出来るようになんだよ。それより、仕事は終わったんだろ? さっさと帰ろうぜ」
「あ、そうですね……んー! 久しぶりだなぁ……日が変わる前に帰るの。なんだか、申し訳ない気分になっちゃいますね」
「……やっぱり、あんたおかしいよ」
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アルタイル城、本館にある宰相室。
月明かりのみが照らす暗がりの中、アルタイル国の宰相ルシフェルは、椅子に座り、腕を組んでただじっと前を見つめていた。
「……ん」
ふと、壁をすり抜けて現れた蝶に目をやる。
水色に輝くそれは、やがてルシフェルの机に置かれていたルウナの作った球体の水晶に触れた後、彼の目の前で一枚の紙へと変わった。
「ふむ……」
彼はランプをつけ、それに目を通す。
その報告書は、無駄のない、それでいて分かりやすく、そして結果も伴った、まさに文句のつけようがない完璧な報告書であった。
「……見事だ」
彼はそう呟くと、それを机の上に置き、自身の魔印を押した。
それが終わると、彼は背もたれに寄りかかり、そのまま思案する。
どうすべきか、どうあってほしいのかを。
「やはり……これしかあるまい」
逡巡の後、彼は引き出しから書類を取り出した。
他の文字より大きく書かれた、その書類の題名を彼は指でとんとんと叩く。
「その時は……それまでか」
そう言った後、彼はペンを取り出し、その書類に"ルウナ=アークライト"と、そう書き込んだ。
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「うめぇ……」
「へへ……よかった」
帰宅した私たちは、それぞれお風呂に入った後、二人で食事をとっていた。
今日はいつもより時間があったので、久しぶりに手の込んだ料理でも作ろうと思い、魔術で保存していた海鮮類を使ったグラタンを作ってみた。
気に入ってくれたようで嬉しい。
「やっぱ……んむ、あんた料理上手いよ。最高」
「へへ……あ、ありがとござましゅ……」
そうして時は過ぎ、食べ終わるとウォードさんが食器類を洗ってくれた。
非常に助かる。食べ終わった後のこれが一番面倒くさいから。
「なんか飲むか?」
「あ……では紅茶を。すみませんやらせてしまって」
「あんたは俺のご主人だからな……餌ももらってることだし、これくらいしねぇとよ」
そう言いながら、人の姿に戻っているウォードさんはにっと笑う。
なんだか、不思議な感じだ。
「ほらよ」
「あ、ありがとうございます」
てきぱきと二人分の紅茶を入れ、ウォードさんは机を挟んで私の正面に座った。
もうすでに、キッチン周りのことは全て把握しているようだ。
「じゃ、そろそろ聞かせてくれよ。その"大きなミス"ってやつを」
紅茶を一口飲んだところで、ウォードさんがそう切り出す。
私も一口飲んだ後、一つ息を吐いて前を向いた。
「はい……そうですね。あれは、私が宮廷魔導師になって……三ヶ月が過ぎた頃でした」




