第8話:恥
「では、明日から調査開始とする。今日中に各自準備を整えておくように。それから、アークライト卿」
「は、はい?」
「敵性生物対策課のマクシミリアン課長から、君に対し再度報告書を提出するようにとの言伝を頼まれているが、覚えはあるか?」
え?
あ、ああ、昨日の───
「き、昨日提出したのですが……その……破られてしまいまして……私にはもう頼まないと……」
「……そうか」
「あ、ですが! 必要ということであれば作成します! 昨日は簡潔にまとめてしまい、あまりよく思われなかったようなので、今度はより詳細に───」
「いや、マクシミリアン課長は"昨日と同じものでよい"と言われていた。控えがあるのであれば、それを私宛に送るように。こちらから彼女に提出しておこう。それでいいかね?」
「えっ、あ、はい……分かりました……遅くなるかもしれませんが、今日中には必ず送付します」
「うむ」
昨日と同じ?
なんでだろう……ビリビリに破られたのに。
よく分からないけど、よかったの……かな?
「では、以上だ。下がりたまえ」
「は、はいっ! 失礼します」
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「アークライト卿」
「は、はいっ!?」
ルシフェル様のお部屋を出てすぐ、ハーミット上級補佐官に呼び止められる。
それだけで、すでに生きた心地がしない。
明日からどうなってしまうんだろう……。
「明日の朝十時、王立行政役所前で集合としましょう。よろしいですか?」
「わ、分かりました。あ、あの……ハーミット上級補佐官はその……」
「それから、人前では私のことをミアと、そう呼ぶようにしてください。私はあなたのことをルナと呼びます。その狼型獣人は……まぁ、そのままでよいでしょう。他に何か?」
「あっ……あの、その……す、すみませんでした」
「……何を謝っているのか、分かりかねますが」
「いやっ、わ、私がやってしまったこと……を……」
「……この際なので、はっきりと申し上げておきましょう。すでにお気づきかとは思いますが、私はあなたのことをよく思っておりません」
ズキンと、胸が痛んだ。
こうはっきり言われてしまうと、やっぱり……辛い。
「あれだけのことをしておいて、特になんのお咎めもない。通常なら、あり得ないことです。確かにそのお歳で、宮廷魔導師になられたこと自体は素晴らしいと思います。ですが、今のあなたは……それに相応しくない。この一年で、あなたは何かを残しましたか? 宮廷魔導師として、胸を張って何かを成し遂げたと、あなたはそう笑顔で語れますか? 私にはあなたが……分不相応な立場にいるようにしか見えません。このアルタイルで、たった十三人しか名乗ることが許されない魔導師の頂点……宮廷魔導師というその称号。その一人としての自覚が、あなたにはまるで足らない。意地も矜持もないのなら、今すぐ辞めて田舎へ帰りなさい。それが、責任というものです。私からは以上です。では、また明日」
「あ……」
私の返事を待つことなく、ハーミット上級補佐官は足早に去っていった。
とはいえ、彼女がまだそこにいたとしても、私は何も言い返せなかっただろう。
彼女の言っていることは、そのまま全てその通りだから。
「ご主人よぉ、結局あんた……何をしたんだ?」
「あ、そ、そうでしたね……時間がなくて、まだあなたには話せていませんでした」
……嘘だ。
話そうと思えば話せた。
でも、それに向き合うのが怖くて、"大きな事件"という言葉でぼやかしていただけだ。
本当に……自分が嫌になる。
「と、とりあえず私の部屋にいきましょう。明日の準備もしないといけないですし、今日の仕事も片付けないと……だから、家に帰ってから……話します」
「……分かった。じゃ、行こうぜ」
先をいくウォードさんの背を追って、私も足を前に出した。
私が起こした事件の内容を聞いたら、彼はどう思うだろう。
何やってんだって……思われるかもしれない。
……やだな。やだけど、話さなきゃダメだよね。
とにかく、今日の仕事を終わらせよう。
その間に、覚悟を決め……られるかな……。
──────────────────
「はぁ……疲れた……」
ウォードさんを連れ、私室へと戻った私は、椅子に座った瞬間に力が抜け、そのまま机に身体を預ける。
朝からいろいろと起きすぎて、お昼前なのにもう疲れ切ってしまっていた。
当然、睡眠不足のせいもあるのだろうけど……。
「えーっと……とりあえず、この椅子使っていいか?」
「あっ! すみませんすみません! 座るとこないですよね! あ、あと、それは私が本棚の上の方にある本を取る時に使ってたやつだから汚い───」
「あー、分かった分かった……拭いて使うよ。まぁ、ちょっと片付けるから、その間少し休んどけって。死にそうな顔してるぞあんた」
「す、すみません……」
「にしても、部屋は狭いし物は多いし……すごいなこりゃ」
ウォードさんはそう言いながら、テキパキと片付けを始める。
意外と几帳面なのかもしれない。
私が床に放っていた古文書や図鑑なんかを種類別にまとめてるし。
あー、でも助かるなぁ。一人だと誰にも見られないから、いろいろといい加減になっちゃうし。
「……ん? なんだこりゃ? ヒモみたいな……あ」
「え? なんかありま───」
床に積もった本の隙間から、ウォードさんが何かを引っ張り出す。
ずるりと抜けたそれは───
「ッ!? い、いやぁぁぁあッ!?」
私のッ……下着ッ……!
「か、返してッ……見ないでくださぁいッ!」
「うおぉッ!? お、落ち着けッ……返すから!」
なんで!?
なんであんなとこ……あ、あれだ!
肩が凝って仕方なくて、誰にも見られないからって前に一度外して……そのまま帰った日があった!
あの時のアレかぁ……もぉー……忘れてたぁ……。
「おわッ!?」
ウォードさんからそれを奪い取るようにし、彼に背中を向ける。
そのままそれを、カバンの中に無理やりねじ込んで隠した。
「最悪だぁ……もういやぁ……」
「ま、まぁ、気にすんなって。ちゃんとは見てないし」
「うそだぁ……見てたもん……」
「い、いやぁ、あれだよ! ピンクでかわいいなぁくらいにしか……」
「いやぁッ!? 見てるぅ!!」
「いやそりゃ……仕方ねぇだろ! あんなでっかいもんがいきなり出てきたらそりゃ見るわ!」
「で、でっか……でっかくないッ!!」
「そこは別にキレるとこじゃねぇだろ! ったく、んなことより……他にはないよな? 片付けていいんだよな?」
私は顔を伏せたままこくりと頷く。
あれは一度だけだったから大丈夫なはず……それにしても、死ぬほど恥ずかしい。
まだ誰にも見せたことないのに……というか待って。
こ、これって、こんなところで下着をを外すような女だって思われ───
「~~~~~ッ!」
「ま、まぁ事故だから! なんとも思ってねぇから! もうお互い忘れよう! 何もなかった! な!? ……いいな?」
「…………はい」
もうほんと最悪……私のバカ……。
「ふぅ……こりゃ家でも気をつけねぇと……」
「……あああああああああッ!」
「だー! 悪かったって! あ、つか、この流れで聞くの嫌なんだが……俺はあの家に住んでいいのか?」
「…………それはいいですよ。使ってない部屋もありますし、そもそも行くところないじゃないですか」
私はしゃがみ込み、顔を伏せたままそう答えた。
ボリボリと、ウォードさんがどこかを掻く音が聞こえてくる。
「まぁ、そりゃそうだが……本当にいいのか?」
正直……別に嫌ではない。
エイーダさんの知り合いだし、信用出来る人だと思ってるから。
「いいですって……ウォードさん、悪い人じゃないでしょ?」
「まぁ……」
「じゃあ、いいじゃないですか。それより私、ちょっとまだやってない仕事と、明日から調査に入ることを皆さんに連絡しなきゃいけないんで、片付けはおまかせしてもいいですか?」
「あ、ああ、分かった」
「すみません。じゃ、ちょっとやります」




