第7話:宰相
「失礼します」
私は一礼し、部屋の中へと入る。
正面にある大きな窓から差し込む、淡い光に照らされた臙脂色の絨毯に、洗練された調度品や、古木を材料とした重厚な色合いの家具が並ぶその部屋の中央に、宰相様の座る立派な大机が構えられていた。
そして、その机に両肘をつき、指を組んで口元へと当てた格好で、アルタイルの宰相様である……ルシフェル=ネイス=ムーンライズ様が、鋭い眼光でこちらを見つめていた。
ルシフェル様は、銀色の長髪をオールバックにし、細く縁のない長方形の眼鏡がトレードマーク。
それにしても、やっぱり凄まじい威圧感だ……何度お会いしても、これにだけは慣れない。
「ほ、本日はお忙しい中───」
「前置きは結構。要件を」
……落ち着け、私。
「失礼いたしました……宮廷魔導師権限第八条の四項に基づき、従者を雇用したく存じます。どうかこの者に、入城許可証の発行、及び宮廷魔導師付きとしての資格証を頂戴出来ればと───」
「許可しよう。ただし、条件がある」
は、はやっ……!
と、というか、許可はよかったけど、条件って何!?
「は……じょ、条件とは……?」
「アークライト卿も既知の通り、宮廷魔導師の従者制度とは本来、次代の宮廷魔導師育成を目的としたものである。事実、現宮廷魔導師十三名の内、五名はかつて従者として実績を残し、今はその座についている。無論、従者としてだけの役割遂行を否定しているわけではない。前衛と後衛による役割分担、その戦闘時における有用性は、私も十分に理解しているつもりだ。だが、それでも尚、宮廷魔導師という立場にある以上、他国出身で、一般的に魔術に疎いとされている獣人族を雇用するというのは、正直に言って奨励されるべきではないと私は考えている」
……やっぱりそこか。
役所でひそひそ言われていたのもそれが理由。
白兵戦では最強と言われる獣人族だけど、魔力に対する理解と耐性に乏しく、内包する魔力も低いとされている。
故に、宮廷魔導師の従者としては不合理……そう思われているのだろう。
「で、ですが───」
「話は最後まで聞きたまえ。だがしかし、彼は違う。彼からは、よい魔力の流れを感じる。それは、扉の先にいる時から察知していた。故に許可はする。そもそも、宮廷魔導師権限条項には、獣人族を雇用してはならないなどとは一切記載されていないし、もし仮にされていたとしたらそんなふざけた条項は私がすぐにでも改定する……そこを、履き違えないでいただきたい」
「あ……」
宰相様は、獣人族だからダメと言ってるんじゃない。
魔導の道に立つ者として、相応しくあれと言っているんだ。
それにしても、ウォードさんが極限まで抑えた魔力を察知するなんて……さすがはルシフェル様。
ご自身も優秀な魔導師で、宮廷魔導師になっていてもおかしくはなかったと言われるほどの実力者……やっぱり、この方はすごい。
「ありがとうございます……理解しております」
「よろしい。では、条件について説明しよう。そもそも、何故条件を付けるのか? それは、周囲を納得させるため……その意味合いがほぼ全てだ。アークライト卿……あまり言いたくはないが、これは君自身が背負った業でもある。意味は分かるかね?」
「……はい」
私が犯した大きなミス……それが原因だ。
今の私の立場は、お世辞にも良いとは言えない。
むしろ崖っぷちギリギリに立っている……いや、もう落ちかけていて、指一本で崖っぷちに引っかかっている、と言った方が正確だろう。
そんな状況で、見た目が獣人族のウォードさんを従者にすれば、周りからのさらなる反発は必至……ルシフェル様は、それを憂慮されているのだろう。
「では、内容を伝える。一度しか言わないのでよく聞くように。近年、魔物の発生率が再び上昇しているのはすでに知っての通りだ。間も無く開催される主要七種族会議でも、議題に上がるのは間違いない。世界は、あの大戦の再来を危惧している」
そう。
昨日私がこっぴどく怒られたあの報告書の内容も、王都近郊に発生した魔物の調査についてのものだった。
大戦終了後、数年の間は魔物が発生しなかったが、またある日を境にぽつぽつと出現し始め、減ったり増えたりを繰り返しながら、現在に至るまで断続的にやつらは現れ続けていた。
大戦以後、魔人の存在こそ確認されてはいないが、世界はその発生率を注視し、魔物の発生源を特定、封印するという作業を行い続けている。
その甲斐もあってか、魔物の発生率は上昇することなく、比較的安定した状態を保つことが出来ていた。
しかし、それが数年前からまた少しずつ上昇を始め、今年に入ってからは前年より約二割増しと、状況はあまりよくない。
事態を重く見た主要種族である、人族、亜人族、獣人族、精霊族、竜族、獣族、海生族の七種族は、互いに情報を共有し、世界が再び魔族に飲み込まれぬよう、毎年決まった時期に集まり、話し合いの場を設けて協力する方向で一致する。
それが、主要七種族会議だ。
「人族の主要国家として参加が決定している我が国は、これに合わせ現在も様々な角度から情報収集を行なっているわけだが、我々が不得手とする場所も存在する。それが、ギルド組合だ」
「ギルド組合……民間組織ですね」
「そうだ。ギルドの設立、補助、監査という部分は、当然我らアルタイルの行政が担っており、それを鑑みれば、ギルドとは公の組織であると言っても過言ではない。だが、運営に関してはそれぞれに一任されており、ギルド組合はその中で生まれた相互作用のための民間組織ということになる。故に介入しにくいのだ。我々が公に乗り込めば、無用な混乱を招くことになるのは想像に難くない。そこで、ヴァン=ノワール」
「ん? じゃなかった……はっ!」
し、心臓が潰れるかと思った……もぉー……勘弁してくださいっ……!
「……君が主となって調査をしたまえ。アークライト卿は身分を隠し、その補助をするように。いいかねヴァン=ノワールよ。有益な情報を持ち帰り、自身の有用性を我々に示せ。それが必然的に、君を雇用したアークライト卿の評価を上げることにも繋がる。以上が条件だ。理解したかね?」
「はっ! 了解であります!」
ビシッと足を揃え、敬礼をするウォードさん。
ふざけてるようにしか見えないのはなんでだろう。
「……よろしい。では、こちらからも人をつける。ハーミット上級補佐官」
「は……」
うっ!?
まずい……最悪だ。
「二人と行動を共にし、その補助にあたれ」
「承知しました」
ウォードさんとは違い、完璧な敬礼を見せるその女の人を、私はよく知っていた。
ルシフェル様の補佐官を務める彼女は、同時に魔導師としての弟子でもある。
ミリア=ハーミット上級補佐官。
またの名を"粛正"のミリア……ルシフェル様と、アルタイルの伝統を最上のものと位置付ける彼女は、血も涙もない人物としてよく知られている。
なので、彼女は私のことが───
「そういうことになりましたので、よろしくお願いします……アークライト卿」
「こ、こちらこそよろしくお願いします……ハーミット上級補佐官……」
斜めに切り揃えられた黒い前髪の隙間から覗く、その見下すような冷たい視線。
そう、彼女は私のことが……大嫌いなのだ。




