第58話:黄金
また、杖が床を叩く。
次に現れたのは茶色の魔術陣。
それもやはり、今までのそれらと同じような動きを見せる。
その間も隕石は王都へと迫り、まるで化け物が自身の力を誇示するための雄叫びのような、そんな不快な轟音を響かせ始めていた。
それを見つめながら、ルウナはさらに言葉を続ける。
「それで思いついたのが、全部使えるなら、それを一気に使えないか……笑っちゃうくらいに、子供の発想ですよね」
恥ずかしそうに笑いながら、ルウナは杖をコツンと鳴らす。
それに合わせて黄色い魔術陣が五つ目の円を形成し、先に浮かんでいる魔術陣に追従した。
「全部を一気に……?」
「はい。二重詠唱とかそういうことではなく、全ての属性を混ぜて使ったらどうなるのか……そう考えたんです」
六度目の打ち鳴らしが、黒色の魔術陣を生み出すと、それもまた今までの魔術陣を追うように宙へと浮かぶ。
「七つ全て同時にって……マ、マジで言ってんのか?」
ウォードは驚きを隠せず、思わず立ちあがって彼女を見た。
二つの属性を掛け合わせ、新たな属性を生み出すという技術は確かにある。
実際、彼もたまに使用することはあったが、それ以上となると話は別であった。
属性同士の相性という問題もあるが、そもそも高いレベルで複数の属性を習得したうえで、それを絶妙なバランスで組み合わせなければならないため、複数の属性を掛け合わせるのは極めて高い技術と実力が求められる。
故にウォードですらが、同時に三つまでしか同時に使用したことはなかった。
「そうですね……本当に、無茶なことだったんですよ。相性がいい属性もあれば、壊滅的に悪い属性もあるわけで……例えば、火と水は言わずもがなですけど、光と闇なんて、一緒に使うと互いに打ち消し合っちゃいますし。でも私、魔術に関しては……諦めが悪いんです」
そうして、彼女はコツンと、最後の音を打ち鳴らした。
直後、彼女の足元に白い魔術陣が浮かび上がる。
それはやはり大きく広がりながら、先に浮かんでいた魔術陣の最後尾へと移動し、ついに七色の魔術陣が一直線に並んだ。
「で、これがその……答えってわけか?」
「はい……ねぇ、ウォードさん」
ふわりと、ルウナが宙に浮かぶ。
彼女はゆっくりと、魔術陣に近づくように空へ上がりながら、ウォードへと顔を向けた。
「私……ウォードさんに"お別れだ"って言われた時、本当に……死にたくなるくらい悲しかったんですよ?」
目にいっぱいの涙を溜め、ルウナは微笑みながらそう言った。
それを見たウォードは、やはりあの時と同じく、右胸の奥に強い痛みを感じた。
「……悪い。けど、それしかねぇと思ったんだよ」
「分かってますけどね……分かってるんですけど……それでも私……嫌ですから。あなたと一緒にいられなくなるくらいなら私───」
その先の言葉を、ルウナは飲み込んだ。
そして、涙を拭いながら───
「だから、二度とあんなこと……言わないでください。私が……私がきっと、なんとかしますから。あなたに降り注ぐ障害は、私が全部消し飛ばします。それを今ここで……証明しますからッ!」
ルウナは左腕に持った黒杖を、七色の魔術陣越しに迫る、巨大な隕石へと向けた。
その直後、七つの魔術陣が一斉に回転を始める。
その回転は一定ではなく、時計回りのものもあればその逆も、凄まじい速さで回るものもあれば、逆にゆっくりと回るものもあった。
「おお……」
ウォードが思わず感嘆の声を上げたその時、ルウナは左腕の黒杖を隕石に向けたまま、残る全魔力を右腕へと集中させ、天へと掲げた。
そして───
「……七つの眷属よ、我が声に耳を傾けたまえ」
詠唱が始まると同時、最初に浮かび上がった赤い魔術陣が、青い魔術陣と重なり合う。
一つになったそれは紫色の魔術陣へと変わり、尚も回転を続けながらだんだんと大きさを増していった。
「受容する黎明……時の流れは、ただこれをもって必定となる」
紫色と緑色の魔術陣が重なり合う。
それは灰色の魔術陣となると、そのまま茶色と黄色の魔術陣を吸収しながら、さらに大きくなっていった。
「融和の先、我が心は、かつての己を顧みる。はたしてそれが、正着なのかと……だがッ!」
詠唱は続き、灰色の魔術陣に、激しく回転する黒色が混ざり込んだ。
刹那、魔術陣は漆黒へと変わり、その巨大な影で闘技場が闇に包まれていく。
しかし、見ていた者たちは、不思議と不安を感じることはなかった。
それは、見上げた先に、膨大な量の魔力を操り、その溢れ出す魔力によって光り輝く彼女の姿があったから。
「我は求めるッ……その光の道筋をッ!」
そうして、漆黒の魔術陣に、最後に残った白い魔術陣がゆっくりと触れたその直後───
「う……おおッ……!?」
七つ全てが組み合わさった魔術陣は、白く激しい光を放ちながら、闘技場の空を全て埋め尽くしていく。
そして、見ていたもの全てが、その凄まじい輝きに目を閉じて手をかざした。まるでその光を、求めるかのように。
やがて光が収まり、目を開いた彼らの視線の先には───
「す、すげぇ……」
「これがアークライト卿の……本当の力なの?」
「と、とんでもねぇ人じゃねぇか……」
それを見上げたものたちは、次々にそんな言葉を口にする。
それも無理はない。
何故なら彼らが仰ぎ見るその先で、黄金に輝く巨大な魔術陣が空を覆っていたのだから。
「ど、どんだけ……でかいんだよこれ」
「空が全部……魔術陣で埋まってる……」
その光景は、魔術を学んだことがなくとも、それがどれだけ凄まじい力なのかを容易に理解させるほど、ただただ圧倒的なものであった。
もはや彼らの中に、彼女を"落ちこぼれ"だと思うものは、ただの一人もいなかった。
「ははっ……!」
それを見上げるウォードもまた、嬉しそうに声を上げて笑うと、両手をポケットへとしまい込んだ。
そして、黄金の魔術陣が、彼女の杖の動きに合わせて再び回転を始める。
その正面に巨大な隕石が間近に迫っているのが見えたルウナは、天にかざしていたその魔力を込めた右腕を、そのまま思いっきり左腕へと叩きつけた。
そうして、右腕に集めた魔力が、左腕を通って黒杖に流れ込み、そこからさらに金色の魔石へと迸る。
「やっちまえ……ルウナ」
ポケットに両手を入れたまま、ウォードは笑みを浮かべながらそう言った。
それを見た彼女もまた、笑顔で大きく息を吸った。
「はいッ! 円卓の厄災よ……これが、私たちの回答ですッ! 守りたいものが……私にはあるッ!!」
その想いを叫びながら、ルウナは黒杖を介し、残る全魔力を閃光へと変えて放出する。
それは、一メートルにも見たない細い線。巨大な隕石を打ち砕くにはまるで足りない、か細い光であった。
だが、それが闘技場の空を覆う黄金の魔術陣へと触れた刹那───
「うおぉッ……!」
上から押さえ付けられるような凄まじい衝撃が、ウォードを含めたその場にいる全員の身体を激しく叩いた。
彼女が放ったか細い光は、金色に輝く魔術陣を通過した直後、まるで堰を切って溢れ出した暴流の如く、巨大な黄金の閃光と化して隕石へと向かっていく。
闘技場を覆う魔術陣の中心からふちに至るまで、黄金の閃光は隙間なく溢れ出し、それはまるで大地から天を貫く光の柱のようであった。
「これがルウナのッ……だ、だがこれは……!」
五百メートルを超える隕石が持つ破壊の力は、本来ならば到底人智の及ぶものではない。
その膨大な質量に、落下の速度が加わったその威力は、王都を破壊するだけに留まらず、アルタイル領土、ひいては大陸全体へと波及し、さらには世界にも甚大な被害を与えるほどの威力を持つ。
まさに、超弩級の災害であった。
そのエネルギーに真っ向から対抗することは、あらゆる力を持ってしても絶対に不可能である。
だが───
「ぶつか……ッ!?」
ルウナが放つ黄金の閃光と、その岩肌が見えるほどに接近した隕石が衝突したまさにその瞬間、ウォードは我が目を疑った。
「き、消えて───」
金色に輝く光に触れた箇所から、隕石が文字通り消えていく。
まるで最初から、そこに存在しなかったかのように。




