第59話:日々
「こ、これがッ……ルウナの魔法……!」
七つの属性を混ぜ合わせて使用することは、本来なら決してあり得ることではない。
先に語られた通り、それぞれの属性には相性があり、掛け合わせて使うことはあっても、それは精々三つが限度。
それ以上は、逆にお互いを潰し合い、魔術としてまともに使用することなど出来ないはずであった。
だが、ルウナは、この稀代の大天才は、それを可能とする方法を編み出してしまう。
「そうか……この魔法は……!」
世界は、絶妙なバランスによって保たれている。
それは、この世界に当たり前のように存在する大気や重力といった根幹となる環境から始まり、植物と動物の存在から、別れた種族と多種多様な国、そして身近な他者との関わりに至るまで、様々な事象があらゆる方向から絡み合い、計算など出来ないほど複雑に作用することで、世界はその均衡を保っているということである。
彼女はそれを理解しているが故に、こう考えた。
"たった七つの属性が、まとめられないはずがない"と。
そうして彼女は、数多の才ある魔導師が挑んでは、尽く夢破れていったその神域に、若干十八歳という若さで辿り着く。
魔術とは、己の内にある世界を具現化し、外の世界でそれを表現すること。
しかし、七つの属性を体内で組み合わせ、それを形にして外に放出することは、類稀な才能を持つルウナであっても不可能であった。
イメージの中だけでは、あまりにも複雑なその魔術構築を行うことが困難であり、どうしても途中で破綻してしまうのだ。
故に彼女は、発想を逆転させる。
中ではなく、外に出してから組み合わせればよいと。
そうして編み出したのが、七種類の属性を魔術陣として生み出し、後から調整しながら完成させるという手法であった。
数え切れない試行錯誤の中、彼女は完璧な魔力配分と組み合わせるタイミング、そしてそれを可能とするための魔術式を作り出すことに成功する。
そして、自身が生み出したその力は、彼女の想像を遥かに超えたものとなった。
「存在しないはずの物質……だからこそ、それに飲み込まれたものは───」
自宅の研究室で初めて、ごく小規模にその魔法を生成した彼女は、高鳴る胸を抑えながら、それを試しに近くにあったガラス瓶へとぶつけてみた。
結果、ガラス瓶はこの世から跡形もなく消え去った。
"破壊"ではなく"消失"したのだ。
七つの属性を合わせたそれは、本来この世に存在しない物質。
故に、触れたものもまた、この世に存在を許されない。
「くっくっくっ……やっぱりルウナは───」
黄金の光に触れた巨大な隕石が、なんの抵抗もなく消えていく。
その超質量も、想像を絶する破壊力も、彼女の魔法の前では無に等しい。
ルウナは杖を持つ手を空へと押し上げながら、自身を見上げる彼の方を向くと、嬉しそうに笑いながら口を開いた。
「ウォードさん……これが、私の魔法……"一つに至る消滅魔法"です」
彼女がそう名付けた魔法は、この世界のあらゆる存在を───消滅させる力であった。
「終わらせろルウナ……この天才め」
「へへ……はいっ! はぁぁぁあ!」
直後、黄金の閃光が、さらなる輝きを放つ。
大観衆が見つめる中、光の柱は真の意味で天まで達した後、だんだんと細くなっていく。
やがて光が消えた頃、目の前まで迫っていた隕石もまた、この世から消滅していたのであった。
『う……うぉぉおぉぉおッ! アークライト卿がッ……隕石を消し飛ばしましたぁぁぁぁぁぁぁあッ!!!』
「ッ! ルウナッ……!」
途端に上がる大歓声の中、全ての力を出し尽くしたルウナは、浮遊魔術を維持することすら出来ずに落下を始める。
慌てて彼は空へと飛び上がり、彼女の身体を空中で受け止めた。
「おいッ! ルウナッ!」
「あ……ウォードさ……ん……?」
「大丈夫か!?」
「い、隕石は……消えましたか……?」
魔力を全て使い果たしたルウナは、ウォードに抱きかかえられたまま、虚な瞳で空を見つめながら彼にそう問いかける。
ウォードは安堵しながら、抱きかかえたルウナに笑顔を見せ───
「ああ……聞こえないか? この歓声が」
そう言って、空中でゆっくりと回転し始めた。
「あ……」
闘技場の中央で空に浮かぶ二人に向け、その場にいた十数万人が立ち上がって拍手と歓声を上げていた。
誰もが彼女を讃え、そして感謝の言葉を口にする。
それは、少し前までの彼女には想像も出来なかった光景であった。
「よかったぁ……」
「ルウナが救ったんだ。この人たちを……この国を」
「へへ……なんだか……夢みたいです」
「フッ……そうだな」
そうして、ルウナを抱えたウォードが地面に降り立つと、フォルティたち魔導騎士隊の面々がまずそれを出迎えた。
「ルウナ殿ッ……!」
「心配すんな。ただの魔力切れだ」
心配して駆け寄ってきた彼らにウォードがそう言うと、全員が安堵の表情を浮かべた。
「ありがとうございますフォルティさん……あなたの声……聞こえてました」
「はっはっはっ! ……感謝するのはこちらの方です。あなたのおかげで我々は正式に認められ、そして何よりも命を救われた……なぁ、みんな!」
その言葉に全員が強く頷き、そして笑顔を見せた。
それを見たルウナもまた、嬉しそうに微笑みを浮かべる。
「アークライト卿」
「ルシフェル様……あ、陛下も……!」
その時、ルシフェルとともに、アルタイル王が彼女の前までやってくる。
慌ててウォードの手から降りようとする彼女を、王は手で制した。
「そのまま……そのままでよい。ルウナよ、見せてもらったぞ。お主の魔法……実に、見事じゃった」
「あ、ありがとうございます……!」
「うむ。また、新たな英雄が生まれたのう……ルシフェルよ」
「は……その通りかと」
腕の中で照れくさそうに笑うルウナを、ウォードは誇らしげに見つめていた。
とはいえ、彼にははじめから分かっていた。
彼女の才能に気づいた時から、遅かれ早かれこうなるであろうことを。
「さて、閉会式がまだじゃったの。とはいえ、もう民も疲れておろう……」
そう言って、アルタイル王は杖を口元へと運んだ。
『さて……皆、見た通りじゃ。我が国の危機を救ってくれたルウナに、今一度盛大な拍手を』
再び闘技場を割れんばかりの大歓声が包み込む。
それに、アルタイル王は笑顔で何度も頷いた。
『異例尽くしの催しとなったが……これもまた星の導きやもしれぬ。さて、長話は興醒めじゃろう……此度の御前試合は、これにて閉幕とする。皆……実に大義であった』
『打ち上げぃッ!』
アルタイル王の言葉が終わった直後、ルシフェルの声がこだまする。
そうして───
「わぁ……!」
「おー……」
闘技場の至る所から魔術の花火が打ち上がり、また観客席から歓声が上がる。
色とりどりの花火は折り重なるように空を覆い、いつまでもいつまでも上がり続けた。
ルウナはウォードに抱えられたまま、その美しい光景をじっと見つめる。
こうして、宮廷魔導師ルウナ=アークライトは救国の英雄となり、この日を境に彼女を取り巻く環境は大きく変わる。
そしてその流れは、この国に留まらず、世界へと向かっていくこととなるのであった。
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「んー…………駄目だな。こっちも手がかりなし」
「そうですかぁ……」
その報告に、私は宮廷魔導師の自室の机に突っ伏すように倒れ込む。
「やっぱり……そう簡単にはいきませんね」
御前試合から一ヶ月。
ルシフェル様から頂いた特別休暇を利用し、私たちは様々な手を使い、本格的にエイーダさんを探し始めていた。
しかし、結果は全て空振り。
有力な情報はおろか、痕跡一つ見つけることすら出来なかった。
「俺のつては全滅。フォルティたちも遠征先で聞き込みをしてくれてるみたいだが……今んとこ収穫はゼロだな」
「うーん……」
ちなみに、フォルティさんたち魔導騎士隊の皆さんは、今までと同じように王都騎士団の手が回らない仕事を自ら引き受け、今日もアルタイル中を駆け回っている。
評判は上々のようで、新規隊員もどんどん増えているそうだが、たまに帰ってくるとみんなでウォードさんに殴られにくるので、やっぱり間違った方向に育ててしまったようだ。
そこに関しては申し訳ない。
「ほんと、どこに行っちゃったんですかね……エイーダさん……」
一年と少し前。
ウォードさんの無実を証明出来るかもしれないという手紙を最後に、エイーダさんは姿を消した。
ただ隠れているだけならまだいいのだが、何かあった可能性もある。
とにかく、無事かどうかだけでも分かればいいのだけれど……。
「ま、気長にやっていこうぜ。そう簡単には見つからねぇよ」
「そうですけど……私は早くウォードさんの無実を証明したいんですよ」
「気持ちはありがたいけどな……俺は今でも結構満足してるぜ? 飯も美味いし」
「そ、そりゃどうも……へへ……あ、じゃなくて! 私だって今のままいければそれでもいいんです。でも、もし万が一正体がバレた時が……」
それを想像するだけで、私は怖くて怖くて仕方がなかった。
ただ、それよりも───
「それに、私はウォードさんが悪人扱いされているのが……とにかく嫌なんですよ。あなたは本当に素晴らしい人なのに……」
「フッ……正直、俺はルウナにそう言ってもらえるなら、他はどうでもいいけどな」
「ま、またそんなこと言って……」
「……俺は本気だぜ。今は、本当にそう思ってる」
「え……」
彼はそう言って、急に真剣な顔で私を見つめてきた。
「獣人の国にいる時は、とにかく早く無実を晴らしたかった。やってもねぇことで悪人扱いされて、どこに行っても俺の写真が貼ってやがる。嫌な気分だったぜ……どこにも居場所がないって、そう思っちまってな」
「ウォードさん……」
「狼型獣人に姿を変えて、なんだかんだ生きてはいたが、なんにも楽しくねぇんだ。それなりにヴァンとしての友達も出来たが、結局はそいつを騙してるわけだからな……罪悪感で引っかかるんだ。これでいいのかって。心の底から楽しんでいいのかってな。結局、この十三年間……俺は生きちゃいなかった」
ウォードさんは天井を見上げる。
その横顔は、とても寂しげに見えた。
「だからこそ、エイーダからの連絡は嬉しかったんだが、急に連絡が途切れて、俺はもう耐えられなくなった。正直、アルタイルに来たのも、半ばどうでもよくなってたからなんだ。エイーダがいればそれはそれでいいし、いなかったらもうそこで……ってな」
「そう……だったんですね……」
「ああ……だが、ルウナに会えたあの日から、俺は生き返ったんだ。だから、俺のことを知ったうえで、受け入れてくれたルウナに……俺は心から感謝してる。ありがとな」
「そんな……こちらこそですよ! あなたがいたから私は……あなたが見せてくれたから! 私はあなたに憧れて……頑張れたんです。だから……だからこれからもずっと……側にいてください」
「ルウナ……」
その時、部屋の扉がノックされ、私たちは慌てて目を逸らした。
「は、はいっ!? ど、どうぞ!」
なんかやばかった。
なんだか分からないがやばかったことだけは分かる。
「……何か、邪魔をしたかね?」
「ル、ルシフェル様っ!?」
ルシフェル様は扉から顔だけを覗かせ、そんなことを言う。
「い、いえいえ何も! どうぞ中へ!」
「ま、座んなよ」
ウォードさんは以前に用意した来客用の椅子を出し、ルシフェル様をスムーズに案内する。
「む、ありがとう」
「そ、それで、どうかされましたか?」
「いや、休暇中だというのに、君たちがほぼ毎日城に来ていると聞いたものでな」
「あー……いろいろと調べ物がありまして……」
自宅よりもここの方が何かと都合がよく、結局私たちは毎日のようにこの部屋に来ていた。
何かまずかったのだろうか。
「そうか……実は、君たちに頼みたい案件があってな。時間があればと思ったのだが……」
「なるほど……ちなみに内容は……?」
「うむ。実は、戦闘卿が他国で少々やらかしてな……確か、君は彼女と仲が良かったと記憶しているが、どうかね?」
「あ、はい。確かによくしていただいてますが……あの、やらかしたとは?」
「すまないが、これ以上は受けてくれなければ話せないのだ」
どうやらかなり重要な話らしい。
戦闘卿……バレットさんにはお世話になってるし、出来れば協力したいのだけれど───
「俺は構わねぇぜ……ご主人」
そんな私の気持ちを察してくれたのか、ウォードさんはそう言ってくれた。
やっぱり、この人には敵いそうにない。
「なら……やらせてもらいます」
「助かる。では君に任せるよ……消滅卿」
「あ、はい……」
消滅卿。
隕石を消したあの日から、私はそう呼ばれるようになってしまった。
正直に言って、あまり気に入ってはいない。
だって、かわいくないし。
「内容は文書で伝える。では、よろしく頼む」
「分かりました。準備しておきます」
ルシフェル様は頷くと、そのまま部屋を後にした。
さて───
「じゃ、荷造りをしないとですね」
「他国って言ってたしな。さて、どこの国でどんなやらかしをしたのかねぇ」
「さぁ……まぁ、あの人もだいぶ変わった人ですから……」
おそらく、とんでもないことをやらかしたのだろう。
まぁでも、ウォードさんと一緒なら……きっとなんとかなる。
だって彼は、世界最強の───
「ルシフェル様の口ぶりからして、相当やばいことになってんだろうな。ま、でも問題ねぇだろ……なんせうちのご主人は、魔法使いのルウナ様だからな」
彼はそう言って、ニヤリと笑う。
「……また馬鹿にしてる」
「してねぇって。さ、行こうぜ……消滅卿?」
「ほ、ほら! やっぱり馬鹿にしてる!」
「くっくっくっ……だからしてねぇって」
きっと、こんな感じで日々は続いていくのだろう。
それでいい。
それがいい。
彼が側にいてくれさえすれば……今はただ、それだけでいい。
これにて第一部完となります。
ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。
またお会い出来るよう、これからも頑張ります。
それでは、また。




