第57話:七つ
「なるほど……そういうことか」
ルウナの手のひらから、徐々にその杖が姿を現していく。
やがて全てが引き抜かれると、現れたのは彼女の身の丈ほどある黒い杖であった。
そして、それの先端には、三つの爪のような装飾の中に、球体状に加工された金色の魔石がはめこまれていた。
「杖を使わないんじゃなく、中で使っていたんだな」
「ええ……その方がいろいろと便利なので」
ルウナは普段、魔術により杖を身体の内部に保管していた。
そうすることで両手を自由に使うことが出来、さらに相手の虚を突くことも可能になるなど、そのメリットは非常に大きい。
無論、取り出した方が杖の効果はより強くなる。
故に彼女は、その杖を握ることを選択したのだった。
「それにしても黒杖に金色の魔石とは……なかなか見ない組み合わせだな」
「はは……これが一番しっくりきたもので……ちょっと派手ですけど、気に入ってます」
「確かに……いい杖だ」
"杖を見れば実力が分かる"。
魔導師であれば、誰もが知るその言葉。
それは決して、値段が高いからだとか、立派な見た目をしているからといった、陳腐な話ではない。
言うなれば、その杖が放つただならぬ雰囲気。
杖から漂うそれこそが、その持ち主の器量を測る上で重要なのだと、そういう意味である。
そして、ウォードから見た彼女の杖は、まさにそれを体現するものであった。
「お……だいぶ近づいてきたな」
ウォードの見上げる先、隕石はその巨大さを露わにし、唸り声のような重低音を響かせ始めていた。
それに合わせるかのように、闘技場内の騒めきが大きくなっていく。
「まずいな……下が騒がしくなってきやがった。このままだとパニックになっちまう……」
「大規模行使は初めてなので……出来ればもう少し時間を───」
『みなさん……お静かに』
「おっ」
「ガイン様……!」
ウォードが下を覗くと、実況席からガインが手を振っているのが見えた。
『ガ、ガイン様! 今までどちらに……!』
『いや、すみません……ちょっと緊急事態になってまして……ほら、あの隕石がね』
『や、やっぱり隕石ですよね!? に、逃げないと───』
『あ、逃げても無駄ですよ? あれが落ちればこの王都はおろか……この国自体が消えちゃうかもしれないくらいの被害が出ますので』
『え、えぇッ!?』
観客席から、さらに騒がしさを増していく。
そんな中で、ガインは冷静に、いつも通りに言葉を続けた。
『いやぁ、突然来ましてね……対応が遅れたことは謝罪いたします。ですが、ご安心ください。あちらにいるアークライト卿が、今からあれを撃ち落としますので』
『ア、アークライト卿が!? あれを!?』
「アークライト卿って……あの事件の人だよね?」
「お、落ちこぼれに出来んのかよ!?」
「さっきガイン様はあの人を天才だって言ってたけど……」
「なんであいつに任せるんだ!? 他にいないのか!?」
闘技場全体が、そんな言葉で埋め尽くされていく。
恐怖が疑心を生み、それが混乱と無秩序を生成するのは、個々に備わる生存本能から生じる無理からぬ現象。
誰も彼らを責められはしない。
故に、それを咎められるのもまた、人の心のみである。
『鎮まれッ! アルタイルの民よッ!!!』
闘技場に響いたのは、フォルティの叫びであった。
『私は言ったはずだ……彼女の力が本物であると、それを証明するとッ! 結果だけではあるが……それでも私は今ここにッ! 正式な部隊の隊長としてここに在るッ!! アルタイルの民よッ……どうか今一度、信じて託してはくれまいかッ!!』
その言葉により、徐々に騒めきが消えていく。
そして、それを聞いていたルウナの魔力がその力強さを増していくのを、ウォードはひしひしと肌で感じていた。
『ありがとう……フォルティ隊長』
「へ、陛下だ!」
「王様が出てこられたぞ!」
アルタイル王は欄干から身を乗り出すほど前に出ると、観客席にいる民たちをゆっくりと見渡す。
そして、そのまま上空で杖を握り、魔力を練るルウナを見上げながら口を開いた。
『皆、冷静に余の話を聞いてほしい。アークライト卿は今、未曾有の厄災と対峙しておる。先にガインが語った通り、あれが落ちれば国がなくなる……そんな瀬戸際に我らはいるのだ。そして、今この王都にいる者の中で、あれをどうにか出来るのはアークライト卿しかおらん。故に、余は託した……全ての命運を』
そう言うと、アルタイル王はその場へと座り込む。
そして、民に向けて笑顔を向けた。
『アルタイルの民よ、余はここを離れぬ。さぁ、共に見守ろうではないか。若き才能が花開く……その瞬間を』
その穏やかな声に、観客席にいた彼らは、ただ静かに座席へと戻り始めた。
そして、皆がその視線を上へと向ける。
そこには、黒杖を握る少女と、仰向けで寝転ぶ狼型獣人がいた。
王の覚悟を見た彼らは、もう誰も何も語ることをやめ、ただ静かに両手を組んだ。
「……どうやら、下は落ち着いたみたいだな」
下をチラリと見たウォードは、彼女にそれを伝えると、再び空を見上げる。
目に見えて大きくなっていくそれは、まるでその巨大さを彼らへと見せつけるかのように、低く鈍い音を奏でながら王都へと迫っていた。
「はい。みなさんのおかげで……準備が整いました」
視界の中心を占拠し、夥しい量の噴煙を巻き上げながら向かってくる円卓の厄災に対し、ルウナは冷静にそう呟いた。
「そうか……つかよぉ、ありゃ王都というか、間違いなくここに落ちようとしてんな。円卓に試されてるぞ……ルウナ」
彼の言葉に、彼女は無言で頷いた。
そう。
円卓にかけられた、"最初の十三人"による魔法。
現状、その魔法に選ばれた最後の一人こそ───
「……いきます」
そうして彼女は、己の体内で練り上げたその魔力を、一気に黒杖へと流し込んだ。
『わッ!?』
『おお……』
「アークライト卿……君はやはり……!」
「ほほ……なんと見事な……」
王をはじめ、その場にいた誰もが感嘆の声を上げる。
ルウナの放つ、その力強く、それでいて繊細で、そして穏やかな魔力によって。
「……いいね」
隣にいたウォードの囁きに、ルウナは溢れ出すその想いを魔法に込める。
そして、彼女から放たれた魔力の波が、闘技場全体へと一気に広がっていき───
「……きれい」
黄昏卿オーダーは、辺りを見回して一人そう呟く。
彼女から溢れ出した黄金色の魔力は、きらきらと輝いていて、それはまるで一面の小麦畑に風が吹き、舞い上がった黄金色の種子が夕陽に照らされて輝いているかのような、そんな光景であった。
「私の魔法って……本当に、単純なものなんですよ」
彼女はそう言いながら、両手で縦に握った黒杖の先で、床をコツンと打ち鳴らした。
直後、彼女の足元から、六芒星を基軸とした赤色の魔術陣が現れると、それがまるで水面に広がる波紋のように広がっていく。
六芒星の頂点は線で結ばれ、円を描いたその赤い魔術陣には、びっしりと魔術式が書き込まれており、それは隕石を正面から捉えるように浮かび上がった。
「単純?」
「ええ。七大属性ってあるじゃないですか? 火、水、風、土、雷、闇、光の七つ……だいたいの人は、得意な属性を持っていますよね。例えば、フリークさんやギャラードさんは火、みたいに」
ルウナは語りながら再び杖をコツンと鳴らす。
今度は青色の魔術陣が足元に出現すると、やはり大きく広がりながら、赤色の魔術陣の後ろへと並ぶようにして宙へと浮かんだ。
「ウォードさんは光……まぁ、なんでも使えるんでしょうけど」
「まぁな。ただ、やっぱり光が使いやすくはある。逆に、闇は使えるけど……苦手っちゃ苦手かな」
「そう……普通は得手不得手がありますよね。でも、私にはないんです。ただし全部同じ……一通り使えますけど、突出したものがない」
彼女はまた杖を鳴らす。
今度は緑色の魔術陣が現れ、やはり同じように宙へ浮かび、三つの魔術陣が綺麗に縦へと並んだ。
「なるほど……決め手にかけるって思ったんだな?」
「ええ。だから考えたんです。強力な魔術を使うには……どうすればいいのかを」




