第55話:別れ
「や、厄災……確かに……ルシフェル様!」
「うむ……私も、そう感じていたところだ」
突然何の脈絡もなく、王都アルタイルに向けて隕石が降ってくるなどという、あまりにも不自然な現象。
ルシフェルはそこに、なんらかの力が働いているとしか思えなかった。
そして、現状思い当たるのはただ一つ───
「おそらくこれが円卓の厄災……そう考えていいだろう。しかし、まさかこんなに早く来るとはな……グレイス君、とにかく時間がない。輪廻卿と黄昏卿にもこの件を伝えてくれ。私は急ぎ陛下の元に行く」
「わ、分かりました!」
「アークライト卿たちはひとまずここに。またすぐに連絡する」
「はいっ!」
「ああ」
そうして、二人が部屋を後にすると、ルウナはすぐにウォードへと声を掛けた。
「ウォードさんでも……無理ですか?」
「……やれるとは思う」
「ほ、ほんとですか!?」
「ああ……ただ、やるとなると……お別れだな」
「……えっ?」
その突然の宣言に、ルウナは戸惑いを見せる。
ウォードの表情は真剣そのものであり、それが冗談ではないことを表していた。
「お、お別れって……どういうことですか?」
「ただ壊すだけじゃ、砕けた破片が降り注いちまう。となると、超高速で落ちてくる五百メートルの岩だか鉄だかの塊を、完全に消滅させる必要があるわけだが、それは正直言って俺でも厳しい……普通の方法だったらな」
ウォードはルウナをチラリと見る。
そして、今にも泣き出しそうな彼女の顔を見て、左の胸の奥に痛みを感じた。
「……だが、魔法を使えばいけるかもしれねぇ」
「ま、魔法を……」
魔術の上にある存在、魔法。
それは、この世界の理すら書き換え、本来不可能な事象を可能にする。
それ故に、使える者はほぼおらず、魔法を会得した者は未来永劫、その名を歴史に刻むこととなる。
「や、やっぱり使えるんですね……」
「まぁな。ただ、魔法を使うってことは、俺が全力を出すってこと……つまり、正体がバレる」
「あ……」
そう。
人智を超えた彼の力。
それは、彼だけにしか出せないもの。
本気で力を使えば、彼の存在は瞬く間に露見する。
加えて、彼は先日王都の中心でその魔力を放出しており、その存在はルシフェルをはじめとするアルタイルの主要機関に認知されていた。
故に、今その力を使えば───
「……ま、そういうことだ。さっき、ただでさえ派手にやって目立っちまったからな。すぐに姿をくらましたとしても、やつら完全にいると分かりゃ容赦はしねぇ……王都の人間を片っ端から洗っていく中で、おそらく俺に辿り着く。そうなりゃ……もうルウナの側には───」
「嫌……ダメです! 使っちゃダメ! ウォードさんがいなくなるなんて絶対嫌ですっ……」
目にいっぱいの涙を溜め、ルウナは彼の服を掴んでそう言った。
ウォードは困ったような、それでいて嬉しいような、そんな複雑な表情で彼女を見つめる。
「フッ……俺も嫌さ。でも、多分もうそれしか方法がねぇ」
「ダメです! だ、だったら私───」
『アークライト卿、聞こえるか?』
その時、ルシフェルの声がルウナの頭の中に響いた。
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「陛下、ひとまず現状集められる者をここに。すでに話は通してあります」
「うむ……」
闘技場内にある、王が座る観覧室には、今アルタイルにいる主要な実力者たちが全て集められていた。
と言っても、その全員がもともとこの場にいた者たちである。
宰相ルシフェルをはじめとし、宮廷魔導師序列第六位輪廻卿ガイン、序列第七位黄昏卿オーダー、序列第十三位ルウナ、その従者であるウォード、それから王都騎士団一番隊隊長セオスと二番隊隊長アルケイン。
これが、現状の危機に対抗し得る可能性を持つメンバーであった。
「どうかの……ガイン」
その中で、アルタイル王はまずガインに話を振る。
現状、序列で言えばトップである彼に。
「そうですね……私の魔術は基本的に対生物に特化したものですから……残念ながらお役には立てないかと。また、黄昏卿もアークライト卿も戦闘向きではありませんから……」
王は何度か頷いた後、今度は騎士団隊長の二人に視線を向けた。
「セオス、アルケインはどう考える?」
「は……我々もガイン様と同じく、対生物を前提とした修練をしております。隕石を撃ち落とすとなると、荷が勝ちすぎるかと」
「私も……セオス隊長と同意見でございます」
「そうか……しかし、よりにもよって宮廷魔導師の大半が出払っておる時に来るとはの。まったく……円卓の厄災も、実に嫌味なやつじゃわい。のう、ルシフェルよ」
「は……せめて崩天卿や戦闘卿、あるいは悠遠卿か……そのうちの一人でもいればよかったのですが……」
「ガオグレンのやつも暫く見てないしのう……まったく、強者ほど自由に生きよる。まぁ、それが余の望みでもあるわけだが……国がなくなっては元も子もないわ」
「連絡を取ろうと試してはみたのですが、やはりどうにも……何より、時間がありません」
隕石は加速に加速を繰り返し、残された時間は一時間どころかもう三十分もないと、ルシフェルはそう報告を受けていた。
「うむ……民は?」
「闘技場内にいる民衆には、混乱による二次被害を防ぐため、そのままその場に待機するよう命じております。そもそも、仮にあれが落ちると分かった段階で王都から離れても……意味がありませんでしたので」
それは、厄災を解決出来なければ王都自体が消え、さらにはその衝撃でこの国の領土そのものが甚大なダメージを受ける可能性が高かった以上、仕方のないことであった。
ルシフェルは、とにかくあの隕石を破壊するしかないと判断したのである。
そして、彼がそう判断したのには───
「言っておくがルシフェルよ……余は離れんぞ」
「……承知しております」
アルタイル王が、民を置いて逃げ出すような人物ではないと、理解していたからに他ならない。
「陛下、一つよろしいでしょうか?」
「何かね? セオス」
「騎士団の中で随一の広範囲殲滅魔術を用いていたのが……あのフリークです」
その瞬間、全員の視線が、一人の狼型獣人へと向けられる。
「……ま、そうなるわな」
俯くルウナの傍らで、ウォードは腕を組んだままそう呟いた。
「ヴァン魔導補佐官……どうかの?」
ウォードはちらりとルウナを見る。
彼女は自身の服をぎゅっと握り、やはり目にいっぱいの涙を溜めていた。
そんな彼女に苦笑した後、彼はアルタイル王を真っ直ぐ見つめ───
「わ、わたっ……私がやりますっ!!」
"やれる"と、そう言おうとした刹那、隣にいたルウナがそう言って手を上げていた。
「ご、ご主人……」
ウォードが驚きながらルウナを見ると、目が合った彼女の瞳から、涙はすでに消えていた。
そのオパールのような瞳は力強く輝いていて、それが覚悟を決めた者にしか出来ない目であると気づいたウォードは、笑みを浮かべながら一歩、彼女の後方へと下がった。
「アークライト卿……お主に出来るのか?」
王は彼女にそう問いかける。
ルウナは深呼吸した後、王の方へと向き直して頭を下げた。
「……申し訳ありません陛下。私は一つ、みなさんに隠し事をしております」
「隠し事……それは?」
「は、はい……私は───」
彼女には、基本的に自信というものがない。
いや、正確に言えば、全くないというわけではなく、それは宮廷魔導師という、この国最高の魔導師になろうと志した時点で、大多数の人間よりはあったと言えるのだろう。
ただそれも、エイーダという目標があったからこそであり、彼女の内から溢れたものというよりは、外から受けた影響によって付加されたものに過ぎず、彼女の根幹にはそういったものが全くなかったのである。
そして、宮廷魔導師という職に就けた時点で、彼女はある種、すでに燃え尽きていた。
また、憧れの対象であったエイーダも消えており、彼女は目指すべきものを完全に見失ってしまう。
仕事を続けていたのも、両親に対する気持ちや、採用してもらったことに対する使命感故であり、仮にそういったものがなければ、彼女はあの事件があった時点で宮廷魔導師を辞めていただろう。
自らの意思というよりも、外的要因のみでただ日々を消化していたことからも分かるように、彼女には自分というものがまるでなかった。
それ故に、類稀な才能を活かしきれていなかったのである。
ウォードと出会ったのは、彼女の心が限界を迎えつつあった、まさにそんな頃のことであった。




