第54話:緊急事態
「フォルティが私に媚びを売っただと? しかも、それだけに飽き足らず、その下劣な思想を……よくも彼女に向けたな貴様ァッ!!」
「ッ!」
溢れ出す憤怒の魔力に、会場中が騒然となる。
普段はとても温厚で、誰に対しても紳士的な態度を取る彼が、こんなふうに声を荒げる姿を皆初めて見たのだから無理もなかった。
「いいか? フォルティは実力で副隊長となったのだ。それだけの力が彼女にはあった。また、彼女は逃げ出したのではない。彼女には彼女の理想があった。私もそれを聞き、それならばと彼女を送り出したのだ。そして、それが間違いではなかったことを、彼女は今日この場で証明してくれた。そんな彼女を貴様は侮辱したのだッ! 王都騎士団の恥晒しめ……私は貴様を絶対に許さんッ!!」
「ぐッ……!」
「以前より貴様の素行には思うところがあったが、今回の件は捨ておけん。覚悟しておけ……この後、緊急で査問会を行う。議題は当然……貴様の進退についてだッ……!」
「なッ……ま、待て───」
「黙れ。貴様に語る資格はない。貴様は王都騎士団の規律を破った不埒者だ……このまま拘束させてもらう」
「ふ、ふざけるなッ! この程度のことでこの俺を拘束するだとッ!? いい加減にしや───」
『黙らんかフリークッ!!』
闘技場内に響き渡ったのは、アルタイル王の声であった。
「へ、陛下ッ……」
『お主……強さを履き違えてはおらぬか? 真の強者とは、心にゆとりがある者を指す。残念ながら、今のお主にはそれが欠けているようにしか見えん。セオスよ』
「は……!」
『此度の件、全てお主に一任する。頼んだぞ』
「はっ! 承知いたしました」
『フリークよ……今一度、己を見つめ直すがよい。お主の力はこの国に必要なものじゃ。自身に何が足りないのか、何故その者に敗れたのか……時を重ね、熟慮せよ』
「…………はい」
その様子を見て、ウォードは魔術を解く。
自由になったフリークは暴れることもなく、微かに俯いたまま、セオスの指示に従って隊員たちとともに闘技場を後にした。
『……さて、ヴァン魔導補佐官』
「は……」
名を呼ばれ、ウォードはその場に跪く。
『実に見事な戦ぶり……余は感服したぞ。魔導騎士隊がどうしてああまで強くなったのか、お主の戦いを見て合点がいったわ』
「それは何より。それで陛下……魔導騎士隊の設立については……?」
『うむ。余の名を持って宣言する。魔導騎士隊を……新たな部隊として正式に認めよう』
直後、今日何度目となるか分からない大歓声が巻き起こる。
観覧室にいたルウナは飛び跳ねて喜び、隣にいたルシフェルもまた、笑顔で拍手を送っていた。
「う……うぅっ……」
そして、フォルティは涙を流す。
喜びと、感謝の涙を。
そんな彼女の背を、隣にいたギャラードがそっと押した。
「ギャラード副隊長……?」
「皆に挨拶を……フォルティ隊長」
「あ、ああ! ありがとう!」
駆け出した彼女の背を、ギャラードは笑顔で見送る。
そして、ギャラードは闘技場に背を向けると、彼の元へと向かうのだった。
『あ、皆様ご覧くださいッ! フォルティ隊長です! 新部隊設立おめでとうございますッ!』
「ありがとう……ありがとうございます……!」
フォルティは観客席からの賛辞に何度も頭を下げながら、ウォードとセオスの元へと駆け寄ると、そのまま二人に深々と頭を下げる。
「ぷっ!」
「フォルティ……ふふっ……」
そして、顔を上げた彼女の顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「お、お二人のおかげで……私はっ……!」
「わ、分かったから顔を拭けよ……せっかくの晴れ舞台なんだからさ」
「あ、すみません……う、嬉しくて……」
「フォルティ……いや、フォルティ隊長。これからは同じく隊を率いる一人として、よろしく頼むよ」
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
『それではこれより、閉会式を行わせていただきますので、各部隊の方はフィールドにお越しください。観客席の方々はもうしばらくそのまま───』
「お……じゃ、俺はご主人のとこに戻るわ。しっかりやれよフォルティ」
「は、はいっ! あ、あのご褒美っ……!」
「……後でな」
「あ、ありがとうございますっ!」
やれやれといった表情を浮かべつつ、ウォードはセオスに手を上げて挨拶をすると、そのままルウナのいる観覧室へと一足で跳んでいった。
その背中を見つめながら、セオスは口を開く。
「フォルティ隊長……彼はいったい何者なんだ?」
その問いに、フォルティは少し考えた後───
「化け物ですかね?」
と、真面目な顔でそう答えた。
「……そうか。そうだな」
そうして、セオスは久しぶりに、フォルティとの会話の難しさを思い出すのであった。
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「ただいま」
「おかえりなさい!」
笑顔で彼を出迎えたルウナは、満面の笑みを浮かべながら手を上げる。
ウォードは少し照れながらもそれに応え、二人はハイタッチを交わすのであった。
「……ヴァン魔導補佐官」
そんな二人とは対照的に、ルシフェルは真面目な顔で彼の名を呼んだ。
その様子に、ウォードは服を整えながら彼の方へと視線を向ける。
「君は……何者なんだ?」
その問いに様々な意味が込められていることを、ウォードはすぐに察する。
その傍らでは、ルウナが微かに怯えるような表情を浮かべていた。
彼は、そんな彼女の頭に手を置きながら───
「俺は狼型獣人のヴァン=ノワールさ……それ以上でも、それ以下でもねぇよ」
そう言って、ウォードはルシフェルに笑みを浮かべた。
「……そうか。では、そういうことにしておこう」
ルシフェルもまた、微かに笑みを浮かべてそう返す。
そんな二人の様子に、ルウナがほっと胸を撫で下ろしたその時、ルシフェルの観覧室の扉が勢いよく開き、三人の視線が一斉にそちらへと向けられた。
「ルシフェル様……!」
「グ、グレイス君……いったい何事かね?」
現れたのは、ルシフェルの補佐官を務めるグレイスであった。
そんな彼女はひどく慌てた様子で、肩で大きく息をしながら必死に呼吸を整えると───
「き、緊急事態です! わ、私もついさっき連絡を受けたばかりで、まだ頭が混乱しているのですが……今、我が国に隕石が迫っていると……!」
「い、隕石が? 大きさは?」
「推定ですが……最低でも五百メートルと……!」
「五百だと!?」
「えぇっ!?」
「いやいやいや! そんなでけぇもんの存在になんで今まで気づかねぇんだよ!?」
「いやそれが……彼らの話だと本当に急に現れたそうで、今の今まで存在しないものだったらしいんです! しかも、通常あり得ないほどの速度で……この王都に向けて真っ直ぐ進んでいると……!」
「な、なんだと……ここに落ちるというのか!? いつ!?」
「一時間以内と……!」
「ば、馬鹿な……くッ……!」
ルシフェルは慌てて割れた窓から身を乗り出すと、そのまま上空を見上げた。
すでに太陽は闘技場の直上から西へとズレており、その光を避けながら見つめた先に───
「あ、あれかッ……!?」
普段は見えない、黒い点のようなものが見えた。
「もう目視出来るほどの距離に……グレイス君! 私以外には!?」
「す、すでに手分けして関係各所に伝達済みですがッ……宮廷魔導師の方々は今ここにいらっしゃる方以外、現在全員が他の大陸に出向かれておりまして……」
「ここにいる者だけでなんとかするしかないということかッ……あれが仮にここへ落ちれば、間違いなく王都は消滅……いや、それどころかこの国そのものがなくなる可能性すら……!」
「ヴァンさん……」
不安げな表情で自身を見るルウナに対し、ウォード顎に手を当てながら───
「もしかすると、これが円卓の厄災なのかもしれねぇな……」
そう、低い声で呟いた。




