第53話:優勝
「よく見とけよフォルティ……これが本物だ」
誰にも聞こえないその呟きの直後、彼が掲げた右腕が白い輝きを放った。
「───白刃。それは、我が夢幻……彼方より願いし我が夢想。撃ち貫くは我が光剣。殲滅せしは……我が前に立ちはだかるその全てッ……!」
「あ、あの人も……二重詠唱を!?」
「し、しかもこれは私が使った……!」
驚く二人の視界に、白く輝く円で囲まれた五芒星が浮かび上がる。
そしてそれは幾重にも重なりながら、徐々に大きさを増していき───
『な……な……なァァァァァァアッ!?』
『こ、こんな……!』
「ヴァン魔導補佐官……き、君はいったい……!」
「…………馬鹿な」
実況席にいた二人も、ルシフェルもフリークも、そして会場中にいる誰もが空を見上げ、呆けたように口を開ける。
彼らの視線の先。
ウォードが発動したそれは、闘技場の空を全て埋め尽くし、そこから数えきれないほどの白き刃が姿をのぞかせていた。
一本一本、形も大きさも違うそれらは、姿を現すと同時、一斉にその切先を主人が望む対象へと向ける。
「きょ、教官殿……あなたは……」
フォルティは無意識のうちに、胸の前で両手を合わせる。
彼を見つめる瞳は、まさに羨望の眼差しそのものであった。
そんな彼女の視線の先で、ウォードはその右腕に力を込める。
「いくぜ……"魔を払うは無限の白刃"」
そうして振り下ろされた右腕が、降り注ぐ刃を呼び寄せる先導役となる。
「これは……まるで……!」
その美しさに、フォルティは目を輝かせてそう呟く。
それは、まさにあの時に見た剣の雨。
人々を救った希望の光そのものであった。
そして、空から降り注ぐ白刃たちは、ただ一直線に炎の拳目掛けて降り注ぎ、それを容赦なく貫いていく。
「あ……ああッ……!?」
フリークの嘆きの声とともに、光剣に抉られ、だんだんと小さくなっていく彼の魔術にとどめを指すかのように、一際巨大な数本が天から落ちたその時、まるで磔刑に処されるが如く炎の両手は貫かれ、地面へと叩きつけられる。
そして、それはもがくような仕草を見せた後、微かな熱風を残して跡形もなく霧散した。
さらに───
「う、うぉぉおぉおおぉぁぁぁぁぁあッ!?」
降り注ぐ白刃の雨が、フリークの身体を次々と貫いていく。
それはそのままフリークを縛る楔となり、彼は顔以外の全てが白刃によって覆われ、その場で完全に拘束された。
『フ、フリーク隊長の魔術をッ……ヴァン魔導補佐官の魔術が完全粉砕ィィィッ!! さらにッ……フリーク隊長をも完全固定ッ! こ、これはもうッ……!』
『……決まりですね』
周囲がいまだ騒つく中、ウォードはゆっくりと彼に近づいていく。
「うッ……うおぁぁぁあッ!!」
必死にもがくフリークであったが、幾重にも重なった白刃はびくともせず、彼は近づいてくる男を睨みつけることしか出来ない。
そして、ついにウォードは彼の眼前に立った。
「別にこのままぶん殴ってもいいんだが……弱いものいじめは趣味じゃないんでね」
「よ、弱い……もの……だとッ……お、俺をッ……!」
「はっきり言ってやるよ……あんたは弱い。弱すぎる。だから、俺の敵には……なり得ない」
「……ッ!」
フリークは、遂に押し黙ってしまう。
結果が全て。彼は負けたのだ。
正真正銘全力を出し尽くし、その全てを力で捩じ伏せられた。
故に、何も言い返せない。
「フッ……おい実況のねーちゃん! どうやら……終わりみたいだぜ?」
『は、はいッ! そのようです! 紆余曲折ございましたがッ! 本年の御前試合ッ! 優勝したのはッ……魔導騎士隊ィィィッ!!』
ウォードが拳を突き上げた直後、割れんばかりの大歓声が闘技場を包み込んだ。
それを見ていたフォルティは拳を握り、ギャラードは微笑みながら拍手を送る。
観覧席にいたルシフェルはふぅと息を吐き、ルウナははしゃぎながら笑顔で飛び跳ねていた。
そんな中───
「さて……これまであんたがフォルティたちに対してほざいた言葉……俺は許しちゃいねぇぞ。だが、まぁ"ごめんなさい"と、そう言えば許してやってもいいが……どうする?」
「……ふざけるな。そっちに関しては知らねぇよ」
「あー……本当にいいんだな?」
「クックックッ……死ねクソ野郎。いいか? いつか必ずてめぇを潰してやる……どんな手を使っても必ずなぁッ……!」
ウォードはため息をつきながら、彼を無視して胸元から四角い何かを取り出すと、それに魔力を流した。
その直後───
『あー……忠告しといてやるよ。どうやらうちからも逃げ出した奴がいるみたいだが、一度逃げ出した奴は何度でも逃げるぜ? そのうち煙みたいに消えちまうから気をつけな。あ、でもお前も似たようなもんか……せっかくセオスのやつに媚び売って副隊長になったのに、気づいたらいなくなってたもんなぁ!?』
「なッ……!?」
大音量で流されたそれに、会場中が大きくざわつき始める。
『わ、私は媚びてなどッ……逃げ出したわけでもありませんッ!』
『あー、悪い悪い……売ったのは、媚びだけじゃなかったか? ぎゃははははは!』
「ひでぇ……これ、フリーク隊長の声だよな?」
「最低……こんなことを裏では言ってたんだね」
「女を馬鹿にしてるじゃん。最悪なんだけど」
観客席のあちこちからそんな声が聞こえ出し、フリークの顔がだんだんと青ざめていく。
「て、てめぇ……な、なんだこれはッ!」
「こいつはご主人が作った魔道具でな。音を記録するっていう素晴らしい力を持ってる」
「お、音を記録……だと?」
「まだあるぜ?」
「ちょ……待てっ……!」
ウォードはフリークを無視してさらに魔力を込める。
『よくもまぁ恥ずかしげもなく来られたもんだ。どうせすぐに負けて醜態を晒すだけなのによぉ……なぁ、どうだフォルティ、今からでも遅くはねぇぞ? 逃げちまってもいいんだぜ?』
「ううっ……!」
『ククッ……あ、なんなら色仕掛けでもしてみるか? 存外効くかもしれねぇぞ……お前、顔と身体だけはいいからよぉ。そうやって黙ってれば、十一番隊のイカれ野郎どもも多少は理性を取り戻すかもしれねぇなぁ? ぎゃっはっはっはっ』
最後の音声が終わると、今度は闘技場を静寂が包み込む。
そして、その場にいた全員が、フリークに対して同じ表情を浮かべていた。
「ほら、みんなあんたを見てるぜ? ありゃ……ドン引きしてる顔だ」
「う……」
観客はもちろん、ルシフェルやルウナも、実況席にいた二人も、観覧席にいる王族や、他の隊長たちも、そして王も。
全員が睨むように、汚いものを見るような視線を彼へと向けていた。
「ほら……だから言ったのに」
「て、てめ───」
「もう黙れ……フリーク」
「お?」
その時、空から一人の男が現れ、そう言いながら二人の前に立った。
「あれは……一番隊隊長だ!」
「セオス様だ!」
「セオス隊長が出てきたぞ!」
フィールドに現れたのは、王都騎士団一番隊隊長セオス=アルバート。
かつてのフォルティの上司であり、そして現在、王都騎士団最強と呼ばれる男である。
再び会場内が騒つく中、セオスはウォードに頭を下げた。
「すまない。私の名が出たのでな……話をしても構わないだろうか?」
「ああ、もちろんだ。あんたにゃその資格がある」
「……ありがとう。また、他の礼も必ず」
それを聞いたウォードが微笑むと、セオスもまた笑みを浮かべた後、フリークへと向き直した。
「セ、セオスッ……」
「フリーク……貴様、よくもほざいたな」
笑みから一転、怒りを露わにしたセオスは、フリークを睨みつけた。




