第50話:異例
「ば、馬鹿な……」
ウォードは二人の間に立ち、右腕でフォルティの身体を抱え、そして左の前腕で、ギャラードの大剣を平然と受け止めていた。
彼がいきなり現れたことは勿論、生身で自身の大剣を受け止められたことに困惑するギャラードを一瞥すると、彼は実況席の方へと視線を送る。
『こ、これはいったい……あんた誰だァッ!? いきなり試合中に謎の人物が乱入ゥッ! こんなことは前代未聞だぁぁぁあッ!!』
『あれは……アークライト卿の……?』
直後、嵐のようなブーイングが巻き起こり、会場中から罵声と怒号が飛び交い始める。
ウォードはやれやれと言った様子で大きくため息をつくと、そのまま深く深く息を吸った。
『だ、誰だか分かりませんがッ! 今すぐそこから───』
「……うぅるせぇぇぇぇぇぇえええぇぇえッ!!!!」
『ひッ!?』
大気を揺らすほどの凄まじい声が、瞬く間に闘技場内へ響き渡る。
それにより騒めきは一瞬にして収まり、一気に静寂が訪れた。
ウォードはもう一度ため息をついた後───
「よぉ、実況のねーちゃん。あんた、プロなんだったら……制限時間くらいよく見ておけや」
『え……あ……ああッ!?』
そう。
すでに時計の針は動くことをやめ、試合が終了していることをただ静かに告げていた。
『し、失礼いたしましたッ! た、確かにッ……すでに試合は……終了しておりましたァァァァアッ!!』
「ちッ……叫んで誤魔化してんじゃねぇよ……」
『あ、すみません……』
『あの……あなたは、ヴァン魔導補佐官ですよね? アークライト卿の従者の……』
ガインの問いかけに、ウォードは頷いてから答える。
「ああ……あんたとは、賢人会の時に会ってたな」
『はい。あ、その節は……』
「今はいいって……それより、状況を説明しても構わねぇか?」
『ええ、お願いします』
「誰も気づいちゃいねぇようだったが、制限時間はこの気絶してる馬鹿が立ち上がった瞬間に終わってたんだよ。だから止めた。あのままだと、こいつが殺しちまってたんでな……こっちの、副隊長さんをよ」
「……」
微かに騒めきが起こる中、ギャラードはそれを否定せず、静かに大剣を背に収める。
実際、ウォードが止めなければ、フォルティが意識のないまま放った刺突により、彼は顔面を貫かれ、そのまま絶命していた可能性が高かった。
「で、問題はここからだ。制限時間終了時点で、より多く立っていたチームが勝利する……だったよな? ってことは、今回の場合どうなるんだ? ……実況のねーちゃんよぉ」
『え、えーっと…………終了時点で同数だった場合は、これまでの戦績によって勝敗が……』
「ほー……こっちは三回、三番隊はシードだから二回、相手を全滅させて勝ち上がってるが……それだとどうなんだ?」
『あー……えー……シ、シードも全滅とカウントしますので……その……まったくの同点ということになります……ね……』
「つーことは、両方とも優勝ってことになるのか?」
『えー……史上初めてになりますが、そういうことに───』
「いや……俺の負けだ」
『え、えぇっ!?』
再び会場内にどよめきが走る中、ギャラードはそれを制するかのように話し続けた。
「あの一瞬……俺は勝利を確信していた。そして、確かめもせず、敵に背を向けた……この人が止めていなければ、俺は今こうして立ってはいまい。制限時間など関係ない。俺は一人の武人として、戦いに生きる者として、己の驕りが許せない」
彼は拳を握り締めながら、ウォードに抱えられるようにして眠るフォルティをじっと見つめた。
そして、微かに笑みを浮かべた後───
「……意識を失っても立ち上がり、最後まで諦めず、俺を討とうとした彼女こそ……本物の武人だ。仮に同時優勝という裁定が下ったとしても、三番隊は優勝を辞退する……以上だ」
ギャラードは王に向け深く頭を下げると、今度こそ正しく彼女へ背を向け、入場口に向かって歩き出す。
その表情に影はなく、むしろ晴れやかな笑みを浮かべながら、胸を張って歩く彼のその姿に、観客席からまばらに拍手が起き始めると、やがてそれはすぐに大喝采へと変わり、全員が立ち上がって彼へと称賛を送り始めた。
それに応えるよう、片手を上げた彼だったが───
「ッ!」
その人物を目にし、彼の表情が一気に曇る。
そんな、彼を称賛する拍手に包まれた会場の中で、ただ唯一、それをよしとしない者がいたのだ。
「フリーク隊長……」
彼が向かっていた入場口から現れたのは、三番隊隊長、フリークであった。
彼はギャラードの目の前まで笑顔でやって来ると、その直後、実に不愉快そうな表情を浮かべる。
「た、隊長、この試合は───」
「ギャラードよぉ……てめぇも随分と偉くなっちまったなぁ……あぁ? 誰が勝手に決めていいと、そう言ったんだよ……おい」
「ッ! も、申し訳ありません……」
「ま、あいつらをぶちのめしたことだけは評価してやるよ。あとは俺がやる……下がれ」
「……はい」
頭を下げながら、ぎりっと歯を噛み締めるギャラードを、フリークは見下すように睨みつけた後、フィールドの中央に立つウォードへ向けて歩き出す。
会場は再び騒めき始め、実況席に座る二人もどうしたらいいか分からぬまま、ただ黙って事の推移を見守ることしか出来ない。
ウォードはゆっくりと近づくフリークにため息をついた後、フォルティを地面へと寝かせ、彼女を庇うように立った。
「よぉ、狼野郎……」
身長百九十五センチ。
赤い髪と瞳はまさに燃える炎のようであり、身につけた赤と黒を基調にした軽鎧は、余分な物は必要ないという彼の自信を表すかのようであった。
そして、鍛え抜かれたその肉体は、体格のいいウォードを軽々と上回り、彼は見下すような視線でそう言い放つ。
だが、ウォードはいつも通り、そんな凄まじい圧力を軽々と受け止め、さらにクスッと笑って歯を見せた。
「あれぇ? 始まる前に自己紹介したと思ったが……あ、脳みそまで筋肉だから……覚えられないのか」
ミシリと、明確に空気が変わる音がしたのを、その場にいる全員が耳にした。
騒めきは静寂へと変わり、その場にいた全員がもれなく恐怖する。
皆、フリークがどういう人間かを、よく知っているのだ。
「で? もう決着はついたんだが……なんか用か?」
「クックックッ……笑わせるぜ。決着がついたぁ? ああ、そうだなぁ……確かについてるわ。今のは間違いなく、うちのギャラードの勝ちってことでな」
「ほぉ?」
「おいおい……誰の目にも明らかだろう? ギャラードの魔術でそいつはぶっ倒れてんだぜぇ? 立った瞬間に制限時間切れだのなんだのとさえずっていたが……倒れた時点でてめぇらの負けだよ。それに、ギャラードにはまだ余力があった。対して、そっちはそのザマ……勝者がどちらかなんぞ、議論するまでもねぇよなぁ? ああ、間抜けな獣人には……分からねぇか」
「フッ……話を聞いてなかったのか、それとも難しすぎて理解出来なかったのかは知らねぇけど……試合にはルールってもんがあんだよ。もっかい勉強してから出てきたらどうだ? あ、無理か。俺の名前すら覚えられないんだもんなぁ? あっはっはっはっはっ!」
直後、フリークから膨大な量の魔力が迸る。
大気が鳴動するほどのそれは、先程戦っていたギャラードとフォルティのそれを足しても尚及ばないほどの力。
要するに、それは彼の実力が本物であることを示していた。
だが、当然のように彼は動じない。
フリークは爆発しそうになる激しい怒りを抑え込み、そこで再び笑顔を見せた。
「……では、折衷案を出してやろう」
「ま、聞くだけ聞いてやるよ。言ってみな?」
「……仮にお前の言う通り、二人が立った状態で試合が終わっていたとしよう。で、ルール上、戦績も五分だから両チームとも優勝と……クックックッ……そんな結末じゃ、ここにいる民も消化不良だろう」
"なるほどな"と、ウォードは心の中でそう呟き、ニヤリと笑みを浮かべた。
そんなウォードを見て、フリークもまた笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「この御前試合は、陛下は当然として、ここにいるアルタイルの民に、我ら王都騎士団の強さと勇猛さを感じてもらう場として設けられている。そして、慣例として隊長は出場せず、副隊長が部隊を指揮して戦うわけだが……俺は以前から不思議に思っていた。何故、隊長は出場しないのか、とな」
途端に観客席が騒めき始める。
その様子に、フリークの言葉が加速する。
「王都騎士団の強さと勇猛さ……それを最も体現しているのは何か。なぁ、アルタイルの民よ……本当は見たいんじゃないのか? 騎士団を率いる隊長が、はたしてどんな戦いを……見せるのかをなぁッ!!」
放たれた凄まじい魔力に、観客たちは怯えることをやめ、今度は大歓声を持って応えた。
それに満足げな表情を浮かべたフリークは、そのままアルタイル王の座す観覧室に向けて頭を下げる。
「陛下……いかがでしょうか。異例中の異例ではございますが、私と……この者で決着をつけるというのは?」
そう問われたアルタイル王は、逡巡の後、杖を口元へと当てた。
『……その心は?』
「部下たちで決着がつかなかった以上、これを収めるは上の役目……私は三番隊の、そしてこの者は魔導騎士隊の指南役を務めた一人にございます。で、あれば……我ら二人の決着は、即ちこの戦いの決着に等しいかと」
『ふむ……なるほどのぉ……確かにフリーク隊長が言うことも一理ある。して、其方はどうかの? 確か、ヴァンと、そう申しておったな』
アルタイル王に名を呼ばれたウォードは、王へと向き直すと、その場でスッと跪いた。
「ルウナ=アークライトの従者、ヴァン=ノワールと申します。俺に異論はありません。どうぞ、ご随意に」
『そうか……では、民に聞こう。皆、いかがかな?』
直後、凄まじい大歓声が沸き起こる。
アルタイル王は何度か頷きながら右手を挙げてそれを制した。
『……あい分かった。そこまで言うのならば、もはや何も言うまい……認めよう』




