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落ちこぼれの宮廷魔導師、元英雄を飼う~私が拾ったのは、かつて世界を救った最強の人でした~  作者: 松村道彦


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第5話:役所

 

「おう。じゃ、おかわり頼むわ」


「は、はいっ! へへ……あ、他にも食べますか? 私の夕食の残りでよければありますけど」


「おー、頼むわ。なんか、めちゃくちゃ腹減ってきちまったぜ」


 よかった。

 これだけ食欲があればもう大丈夫だろう。

 えーっと、さっき食べた残りとパンを───


「そういやあんた……あ、つか、俺……まだあんたの名前知らねぇんだけど?」


「あ、そ、そうですよね! すみません私ったら名乗りもせず……私はルウナ=アークライトといいます。改めまして、よろしくお願いします。ウォードさんっ」


「ルウナか……いい名前じゃねぇか。ってことは、俺はこれからルウナ様って呼ばなきゃなんねぇわけだな」


「えっ? あ、まぁ、人前ではそう……なっちゃいますね」


 少し恥ずかしいし、申し訳ないけれど、私の従者になるわけだから、そう呼んでもらうしかない。

 ……ん?

 ちょっと待って。

 何か……何か大事なことを忘れているような───


「……あああっ!? いやっ……というか! ウォードさん!」


「な、なんだよ……急にどうした?」


「いや身分証! 私の従者になるには、しっかりとした身分の証明が必要なんです!」


 な、なんでこんな初歩的なことに気づかないの私は!

 従者は私が個人的に雇うとはいえ、国の承認が必要不可欠……!

 賞金首のウォードさんがそんなもの持ってるわけないのに……というか! 身分証には顔写真が載ってるんだからその時点で無理じゃん!


「あー、なんだそんなことか。ちゃんとあるよ」


「え、いや、だって───」


「あのなぁ……俺、十三年逃げてんの。ちゃんとあるよ……違う国のだけどな」


「そ、そうなんですか? あ、でもでも! その身分証って顔写真付きですよね!? どっちにしろバレちゃうんじゃ……!」


「それも大丈夫だって。ま、明日になりゃ分かるよ。俺の魔力が回復したらな」


 ま、魔力が回復したら?

 一体どういう意味───


「そんなことよりあんた、いいのか?」


「へっ? な、何がですか?」


「いや、さっき言いかけたことなんだが、明日も仕事なんじゃねぇのかなと思って。明日っつーか、もう今日だけど」


 私がいるキッチンとは全く別の方向を向きながら、ウォードさんはそう尋ねてきた。


「え、ええ……明日も仕事ですけど……ぉぉおっ!?」


 私もつられてそっちを見る。

 そして絶望した。

 時計の針が、もう五時を過ぎていたから。

 そして、いつも私が起きるのは七時。

 つまり、終わりってこと。


「ウォードさん……私、お風呂に入って少し寝ます……ごはんは適当にやっといてください……」


「ん、分かった。明日は俺も一緒に行くんだよな?」


「え? ああ、はい……そうです……役所に行った後、宰相様に申告しに……あ、どうするつもりか知らないですけど、見た目きれいにしといてください……」


 ウォードさんはぼろぼろの黒いローブに、やはりぼろぼろの黒い服とズボンという格好だった。

 さすがにそれだとまずい。


「おう。任せとけ」


「っていうか、あなたは平気なんですか……寝ないで……」


「あー、いやほら、俺さっきまで寝てたから」


 あ、そうでしたね……。


「はは……じゃ、おやすみなさい……」


「おやすみ。いやぁ、大変だねぇ……雇われってのは」


 ……へへ。



 ──────────────────



「おい……見ろよあれ」


「ん? ……は? あれって、例の宮廷魔導師様だよな? 隣にいるのはひょっとして……従者か?」


「そうみたいだな。今、いろいろと手続き中だってよ。いやぁ、やっぱ違うねぇ……あれだけのことをしでかした人は」


「すごいな……やっぱり、紙一重なんだな。天才って」


 ……視線が痛い。

 ついでに、心も痛い。

 全部聞こえてるし……。


「はぁ……」


「ん、どうかされましたか? ルウナ様」


「……なんでもありません」


 まさか……まさかこうなるとは思ってなかった。

 完全に予想を超えてきたよこの人は。

 いや、やってることはすごいことなんだけど、でもまさかこんな……。


「十三番の番号札でお待ちのルウナ=アークライト様ー? 四番の窓口までどうぞー」


「あ、はいっ! ほら、行きますよ」


「はっ!」


 ……絶対ふざけてるよこの人。


「はーい、じゃあ番号札を回収しますねぇ。えーっと、申請書類へのご記入は……」


「あ、はい。これです」


 今私たちがいるのは、アルタイル城からほど近い場所にある、王立行政役所。

 その名の通り、王都アルタイルの行政の中心だ。

 様々な申請、登録を行う場所で、ギルドの設立申請や職業斡旋、不動産登記から公の場における大規模魔術の使用申請に至るまで、国民生活に必要なありとあらゆるものをここで処理することが出来る。


「……はい、オーケーです。では、確認しますねぇ。今回はルウナ様と、えーっと……」


「あ、ヴァンです。ヴァン=ノワール」


「あー、はいはい。ヴァン様ですね。種族は……狼型獣人(ウェアウルフ)でお間違いないでしょうか?」


「……はい。問題ありません」


 そう……ウォードさんは今、狼型獣人(ウェアウルフ)の姿で私の隣に立っている。

 獣人族は、人と獣が融合したような見た目をしており、基本的に身体は人のそれで、顔は獣に少し人を足したような感じ。


 全身が体毛で覆われており、人にはない爪や牙、種によっては羽や角が生えている場合もある。

 また、極めて高い身体能力を持っている反面、魔力に関する能力はあまり高くない。


 獣人族の中でも細かく分類があり、代表的なのは犬型獣人(コボルト)や、猫型獣人(ケットシー)だろうか。

 頭部の獣の種類によって名前が変わり、またそれによって生活様式や思想が全く違うため、同じ獣人族であっても仲が悪いことがしばしばある。


「えー、ではルウナ様、魔印をこちらに」


 私は指に魔力を集め、それを円形に構築、さらにそこへ多少複雑にした紋様を描く。

 出来上がったそれを、受付の方が指差す場所にポンと押した。


「……はいっ、結構です。少々お待ちくださーい」


 私が手続きをしている間、ウォードさんは黒い毛並みの狼の顔で、時折耳をぴょこぴょことさせている。

 ……ちょっとかわいいのが悔しい。


 毛並みは完全に真っ黒というわけではなく、白い毛がラインのように何本か入っていた。

 それにしても、あの時"狼っぽい"って思ったのがまさか当たってるとは……。


「お待たせいたしました。ではヴァン様、身分証をお願いいたします」


「ああ」


 どこから調達したのかは知らないが、ウォードさんは黒い上下のスーツに中は白いシャツ、そして足には獣人用の大きな黒い革靴を履いていた。


 その胸元からは黒い体毛が溢れ出し、それがまたもふもふで、つやつやで、触り心地が良さそうで……正直に言って今すぐ手を突っ込みたい気分になる。


 そんな私の欲望など知る由もないウォードさんは、スーツの裏ポケットに手を突っ込み、スッと身分証を取り出して受付の方へと差し出した。


「確認いたしますねぇ……はいっ、オーケーです。ありがとうございました」


「どうも」


 出した身分証は、獣人族が治めている国のもの。

 偽造ではなく、ちゃんと正式に交付されたものであり、ウォードさんはこの世界では"ヴァン=ノワール"という人物として、正式に存在しているということになる。


 大戦終了から5年後。

 突如として"王女殺し"の汚名を着せられたウォードさんは、信頼できる友人の伝手(つて)でとある獣人の国へと逃亡。


 変化の魔術を使用し、狼型獣人(ウェアウルフ)として正式な国民となり、以来そこでほとんどの時間を過ごしていたらしい。


 しかし、正直に言って、ここまで精度の高い変化の魔術を私は初めて見た。

 変化の魔術は、どれだけ精巧なイメージを頭の中に描けるかが重要になる。

 要するに、複雑なものほど真似しにくいわけだが、その中でも獣人に化けるのは至難の業。


 全身を覆う体毛の表現や、人にはない耳や鼻の仕草、歩き方や立ち振る舞いなど、それはウォードさんだと分かっている私ですらが、本物だと思ってしまうほどの精巧さだった。

 確かにこのレベルなら、獣人族の国でも問題なく暮らすことが出来るかもしれない。


「……はぁいっ! ではこれで登録完了となります。えー、まずこちらが転入手続き完了の証明書で、こちらがアルタイルでの身元保証と、労働許可証となります。以上でよろしかったでしょうか?」


「えー……はい、問題ありません。ありがとうございました」


 書類を受け取って窓口を後にするが、まだ周りからの視線を感じる。

 悪い意味で有名だからなぁ……私は。

 まぁ、今はそれ以外にも理由はあるけど───


「しっかし、すんなりいったなぁ……さすがはルウナ様ってわけだ」


「ウォ……ヴァンさん? お口がちょっと……」


「ああ、失礼。やはり、これも宮廷魔導師という肩書き故に、というわけですか?」


「ええ、まぁそれもありますが……もともとアルタイルはオープンな国ですからね。他国、他種族の人が入ってくることを基本的には拒みません。まぁ、犯罪歴などがあれば話は別ですけど」


 まぁ、それを誰よりも推進していたのが、何を隠そう亡くなられた王女様だった。

 全ての人が平等に、全ての人と平和に暮らす。

 それを目標に掲げた彼女は、大戦後に世界中を文字通りに飛び回り、そして多くの支持を得た。


 魔族による侵攻により、大きく傷ついた世界は、彼女のような慈愛に溢れた存在を求めていたのかもしれない。


 他国にも、他種族にも愛され、彼女が嫌いな人を探す方が難しい……そんな人気の絶頂期だった。

 彼女が、殺害されたのは。


 以降、陛下は泣きご息女の理念を尊重し、今日に至るまで彼女の夢を実現するためだけに行動されている。

 その結果、良いことも多くあれば……まぁ、悪いことも多くあった。


「ハッ……お利口さんにしといてよかったぜ」


「だから口調……」


「失敬。以後、気をつけます」


 ……不安だ。

 自分からお願いしといてなんですけど、バレたら終わりなんですからね?

 本当に、お願いしますよ……?


「で、この後はどちらに?」


「あ、はい。もう宰相様とのお約束は出来ているので、このまま城の本館に───」


「ふッ、ふざけんじゃねぇッ!!!」


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