第4話:期待
「そう……何故か、そういうことになった」
ぐいっとマグカップを傾け、ウォードさんはもう冷めてしまったであろうスープを一気に飲み干す。
そして少し、せつなげな表情を浮かべていた。
「おかわり」
「えっ? あ、はいっ!」
ずいっと前に出されたマグカップを慌てて受け取る。
だいぶ回復してるみたいだ。
多分、この調子なら───
「も、もう少し多めにしましょうか?」
「ん、ああ、そうしてくれるか? なんか腹減ってきたわ。だいぶ力が入るようになってきたし……ありがとよ」
「へへ……いえいえ」
マグカップを受け取り、またスープ温め直した後、今度はくたくたになった玉ねぎやセロリを少しだけ入れて彼に渡した。
彼はそれを受け取ると、すぐに口へと運ぶ。
「ん……うめぇ」
霊薬の効果もあったのだろう。
暖炉の灯りに照らされた彼の顔は、だいぶ血色がよくなったように見える。
私は彼から少し距離を空け、同じソファーの端っこに座った。
「あ、あのウォードさん……やっぱり、やってないんですよね?」
意を決し、そう聞いてみる。
すると彼は、
「まぁな……って、あんま人を簡単に信じるなよ?」
そう言って、また悪戯っぽく笑った。
「いやっ……だ、誰でも信じるわけじゃないですよ! ただ、ちょっと思い出したこともあったんで……」
「ん、何を?」
「あなたの話は子供の頃、エイーダさんからよく聞いていました。エイーダさんはあなたのことを話す時、なんというかこう……嬉しそうに話していた気がします。上手く言えませんが、悪い人を語るような感じじゃなかったというか……」
それでもエイーダさんは、私に対してウォードさんが冤罪だとかは決して言わなかった。
多分、子供の私がそれを聞いてしまったら、きっとそれを周りに話してしまい、私自身に害が及ぶと考えたんだろう。
世間のウォードさんに対する評価は、確かに世界を救った英雄ではあるけれど、アルタイルの王女様を殺害した許されざる大罪人であり、よく思っていない人がほとんどだ。
そしてそれは、王女様が世界でも有名で、全ての人に愛される……本当に素晴らしい方だったというのも大きかった。
だから、今もなおウォードさんは、超高額の賞金首として世界中から追われている。
だいたいどこの国に行っても、街のどこかには顔写真が貼られているほどだ。
だから私もそうなんだと……思っていた。
「そうか……エイーダは、俺を信じてくれた数少ないやつらの一人でな。たまに連絡を取り合ってたんだが……ん? つか、ガキの頃? ちょっとまて……あんた、エイーダとはどうやって知り合ったんだ?」
「えっと、八年ほど前に───」
私は子供の頃の話を彼にした。
十歳だった私を助けてくれたのがエイーダさんで、その後少しだけ一緒にいて、いろいろな話を聞いたことを。
「それで、エイーダさんに憧れた私は、宮廷魔導師になろうって決めたんです。まぁ、その時はまだ……それがどれだけ大変なことかなんて知らなかったんですけど……」
「なるほど……そうか……俺も思い出したぜ。あんたがエイーダの言ってたガキだったのか」
「えっ? エイーダさんが私のことを?」
「ああ。とんでもねぇ才能を見つけたって何年か前に聞いたよ。あの子は凄い魔導師になるーって、やたら興奮してたぜあいつ」
う、うそ……そうだったんだ……やばい。
めちゃくちゃ嬉しい……。
「そうだ完全に思い出した! 透き通るような白くて長い髪に、トパーズみたいに綺麗な瞳……顔もすんごく可愛くて、あのまま持って帰りたかったのー! とかなんとか言ってたわ」
「あっ……やっ、もっ、そぉんな……照れちゃう……」
髪はいまだに伸ばし続けていて、今は私の腰くらいまで伸びている。
いつもは頭の後ろで縛って、ポニーテールにしていることが多い。
女性の髪は魔術の触媒によく使用されるので、必要な時に困らないよう、女性の魔導士は髪を伸ばしていることがほとんどだ。
なので、短い人を見ると、"あ、なんかあったんだな"って察することもあったりする。
「なるほどなぁ……あいつとは、そういう繋がりだったわけか。で? 今は魔導師になって、王都で修行中ってとこか?」
「あ、えっと、へへ……きょ、去年合格しまして、今はその……宮廷魔導師として……」
「へっ!? あ、あんた……宮廷魔導師なのか!?」
「あ、はい……一応……へへ……」
「マジかよすげぇじゃねぇか! えっ、女に歳を聞くのはちとあれだが、あんた今いくつだ? めちゃくちゃ若いよな?」
「あ、今年十八に……」
「やば……エイーダの記録抜いてんじゃねぇか」
「へへ……はぃ……」
そう。
私の前の最年少記録は、エイーダさんの二十一歳。
それもちょっと嬉しかった。
ただ、エイーダさんがすでに宮廷魔導師を辞めていて、その代わりを選ぶ試験だったことを知らなかった私は、その後にものすんごいショックを受けることになる。
まぁ、宮廷魔導師の誰が辞めてどうなった、みたいな話を国はわざわざしないから、知らないのも当然ではあるのだけれど。
「そうか……エイーダも喜んでたろ?」
「えっ、あ、いや……実は私、エイーダさんと入れ替わりで宮廷魔導師になったんです」
「…………マジか」
「ええ。だから会ってないんですよ。子供の頃以来ずっと……」
「辞めた……あいつが……?」
ウォードさんは目を見開き、口に手を当ててそのまま黙ってしまう。
あれ? これって───
「あの、ウォードさんひょっとして……知らなかったんですか?」
「あ、ああ……いや、実はこの一年、あいつと連絡が取れてねぇんだ」
「……え?」
一年って……宮廷魔導師を辞めてからずっと?
「もともと連絡はニ、三ヶ月に一回くらいだったんだが、あいつの仕事が忙しくて連絡が取れなくなることはこれまでもあった。ただ、それは長くても半年くらいでな。で、あんまりにも音沙汰がねぇから、こっちから何度か連絡してみたんだが、全然返事がこねぇ。だから、直接会いに来てみたんだよ」
「あ、じゃあ、やっぱりここって……」
「ああ。もともと、あいつが住んでた家だ」
やっぱりそうなんだ……私、エイーダさんの家に住んで、宮廷魔導師をやれてるんだ。
すっごく……すっごく嬉しいんだけど───
「エイーダさん……心配ですね」
「まぁ、あいつも結構強いから大丈夫だとは思うが……けど、おかしいな……」
「どうかしたんですか?」
「あ、いや、あいつは宮廷魔導師をやりながら、俺の無実を証明しようと、裏でいろいろ動いてくれてたんだよ。実は、あいつは俺の幼馴染なんだ」
「えぇっ!? そ、そうだったんですか!?」
「ああ。年も同じでな。まぁ、そんなわけで俺を助けようとしてくれてたんだが、今から一年ちょっと前か? 多分、宮廷魔導師を辞める前だと思うが、あいつから手紙がきたんだ。今のところ、あいつからきた最後の手紙だな。で、そこには……俺の無実を証明出来るかもしれないと、そう書いてあった」
「えっ!? む、無実を証明って……!」
「ああ。多分、エイーダは何かを見つけたんだ。真犯人に繋がる何かを。ただ、手紙に内容までは書かれていなかったから、あいつが消えちまった以上……結局何もかも分からずじまいってこった」
「そんな……あっ! も、もしかしたらどこかにそれを隠してたりしませんかね? たとえば……この家のどこかに───」
「それはねぇな。あんたも魔導師なら分かると思うが、自分の家ってのは魔導師にとって工房と同じだ。この家にも、あんたにしか入れない場所がどっかにあんだろ?」
「……はい」
あります……地下に研究室が。
「それがあるってことは、この家の全てを事前に把握してるってことだ。違うか?」
「おっしゃる通りです……」
「宮廷魔導師になれるだけの腕前だ。もしあったなら、あんたは見逃してねぇさ……エイーダの痕跡を」
確かに……ウォードさんの言う通り、自分が使うにあたって、この家は隅から隅まで調べている。
かなり念入りに調べたけど、何一つ怪しいところはなく、むしろ不自然なくらいに何もなかった。
おそらく、ここを去る前に、エイーダさんが全て消したんだろう。自分の痕跡を。
「ま、あいつも優秀な魔導師だからな。ここと同じように、宮廷魔導師の私室にもなーんも残ってねぇだろう。自分の痕跡を残すようなヘマはしない……で、俺に連絡なしにそうしたってことは、よっぽどやばい状況になったか、なんらかの別の事情があったか……なんにせよ、こっちからはどうしようもねぇな」
「そんな……だってそれじゃ……」
ウォードさんはずっと……このままってこと?
世界を救ったのに、やってもいない汚名を着せられたまま、十数年もこの人は耐えてきたのに?
それなのに、また希望を失って……。
「やっと隠れずに生きられるかもって思ってたが、結局また振り出しか……あいつの仇も討てねぇし……さて、どうすっかねぇ……」
暖炉の灯りに照らされた横顔が、私にはとても儚げに見えた。
まるで、このまますぐにでも消えてしまいそうな、"もういいか"という言葉が聞こえてくるような、そんな彼の表情に私は───
「あ、あのっ……!」
思わず、声を上げてしまっていた。
「……ん?」
彼が私を見る。
どこか虚な、その綺麗な瞳で。
「えっと……」
……いいのか、私。
今、とんでもないことを言おうとしてるぞ。
自分の宮廷魔導師としての仕事すらまともに出来ていないのに、そんなことまで抱えてやっていけるのか?
いや、でも私は……エイーダさんみたいに、誰かを助けられる人に憧れて宮廷魔導師になったんだ。
そして今、目の前に助けを求めている人がいる。
そして、私の立場なら、それを助けることが出来るかもしれない……だったら、やらなきゃ。
「ど、どうした? 固まっちまって……」
「わ、私が……やります……」
「え? や、やります? 何をだ?」
「わ、私が……あなたの無実を証明しますっ!」
い、言っちゃっ……た。
「えっ……あんたが? なんで?」
「えっ? あ、いや、そっ、あのっ……」
な、なんでと言われると……あなたを助けたいから?
いや、初対面の人にそんなこと急に言われても怖いか。
でも、ただそう思ったからとしか……なんて言ったら信用してもらえ……あっ!
「じ、実は私、エイーダさんを探そうと思ってたんですよ! 忙しくてなかなか出来ていなかったんですが、お話ししたいことがいっぱいあるので! で! 私がエイーダさんを見つけられれば、必然的にあなたの無実が証明されるかもしれないってことですよね!?」
これは嘘じゃない。
私はエイーダさんを探そうとしていた。
ただ、そこまで手も頭も回ってなかっただけで。
「そ、そりゃまぁ……そうなる、のか?」
「そうです! それに私の立場なら、エイーダさんのことだけじゃなく、いろいろなことを知ることが出来ます。もしかしたら、他にも協力出来ることがあるかもしれません!」
「あー、まぁ確かに……あんたは宮廷魔導師だもんな。俺にはどうすることも出来ねぇし、実際そうしてもらえるのは助か……いや、だがそれだと、あんたに利がない。エイーダはまだしも、さっき会ったばかりのあんたに全部おっかぶせるってのは……」
「え、あ、えっと……」
そうか……結局エイーダさんを探すのも私だし、他のことも全て私がやることになっちゃうのか。
確かに私が逆の立場なら、そんな図々しいことは頼めない……かも。
でも、助けたい。
エイーダさんがそうしようとしたなら、私もそうしたいし、そうあるべきだと思う。
それに、この世界を救ってくれた英雄が、このままでいいはずがないから。
何か……何か彼を納得させる材料は───
「……あ、そうだ。じゃ、じゃあ! 私の従者として働いてくれませんか!?」
「あんたの……従者?」
「はい! あ、実は私、宮廷魔導師といってもまだ全然ダメで……むしろマイナスというか……」
「マ、マイナス?」
私は、今の現状をウォードさんに話した。
宮廷魔導師になってまだ一年で、今は他人の仕事や雑務ばかりをやっており、自分の研究などが全然出来ていないこと。
そして、ある大きな事件を起こし、そのせいで"落ちこぼれ"と呼ばれ、他にもいろいろあった結果、城で働くほとんどの人によく思われていない……ということを。
「───そんな、感じでして……」
「あ、あんた……よくそれで俺を……」
ウォードさんがすごい顔で私を見ている。
なんというか、かわいそうなものを見る目で……。
「いやぁ……ははは……お、お恥ずかしい限りで……だからその、ウォードさんが従者になってくれたらすごく助かるというか……はい」
「あー……なるほどな……うーん……」
あ、そうですよね……こんな私に任せられないし、私なんかの従者になるなんて嫌ですよね。
ああ、もう消えちゃいたい───
「ま、まぁ、あんたの現状は置いといて、従者になるのは構わねぇよ」
「そうですよね……ダメですよえぇっ!?」
「ずいぶんと器用に驚くな……」
「いやだって……ほ、本当にいいんですか?」
「いや、いいも何も……そもそも俺のためじゃねぇか。俺が納得いかなかったのは、あんたにそこまでしてもらう義理がなかったからだ。けど、俺があんたの手足になって、少しでも貢献出来るなら話は別だ。それに……」
ウォードさんは何かを言いかけ、マグカップを口へと運ぶ。
そして、残ったスープを一気に飲み干すと、
「俺は今日、あんたに命を救われてる。だから、さっきはああ言ったが、結局あんたに意見出来る立場にねぇのさ……今の俺は」
そう言った後に、マグカップを私へと差し出した。
「ま、どこまで役に立てるかは分かんねぇがな。そんで、今の俺にはあんただけが頼りだ。よろしく頼むぜ……宮廷魔導師殿?」
私は、差し出されたマグカップを受け取る。
それと同時に、何故かは分からないけれど、胸がすごくドキドキしていた。
誰かに期待され、必要とされる。
それが、どれだけ嬉しいことかを私は忘れていた。
宮廷魔導師になった時、最年少って褒められて、すっごく期待されて、そして私は……それを裏切ってしまった。
それから今日まで、私は自分がここにいる意味を見失っていた。
いや、ただ漫然と与えられた仕事をこなして、何も考えないようにしていただけなんだろう。
そして、時折ぶつけられる悪意に苦しんで、また何も考えずただ仕事をして、それを忘れようとする。
自分を誤魔化して、自分に嘘をついて、そして周りのせいにして……。
でも、それじゃダメなんだ。
誰にも必要とされない自分に絶望するんじゃなく、誰かに必要とされる自分にならなきゃいけなかったんだ。
それが、どんなに難しいことかは分かってる。
でも、少なくとも今は───
「こ、こちらこそ……よろしくお願いしますっ!」




