第3話:元英雄
やばい。
一瞬で空気が変わっ───
「フッ……」
「…………へっ?」
彼が笑ったことで、一気に緊張が解ける。
こちらの気も知らず、彼は再びスープを口にした後、
「ま、別にどうでもいいか……うめぇし」
そう言って私をちらりと見ると、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
な、なんなのいったい……まぁ、すっかり顔色もよくなったし、ひとまずは大丈夫───
「なぁ」
「ひゃいっ!?」
「んな驚くなよ……傷つくぜ」
いやっ……あなたが急に真剣な顔で低い声を出すからでしょうが……!
「す、すみません……」
そして、なんで謝ってるの……私は……。
「そ、それで? なんですか?」
「いや、知ってんのに、なんで通報しなかったのかと思ってよ。大罪人なんだぜ俺は……怖くねぇのか?」
「あ、ああ……そりゃ多少は怖いですけど、でもそれはなんというか……お姉さん……あ、いや、エイーダさんの名前をあなたが口にしたので……」
それがなければ、こんなことにはなってなかったと思う。
もともとあの場で処置だけして、最終的には人を呼ぶつもりだった。
まぁ、いろいろと重なって、頭が混乱していたというのもあるけど……。
「ふーん……あんたはエイーダの知り合いなのか?」
「いや、知り合い……まぁ、そうなんですかね?」
「なんで疑問形なんだよ……」
知り合いかと言われると違うような……なんとも難しいところだ。
エイーダさんが私のことを覚えているかすら怪しいし……。
「ま、まぁとにかく、あなたのことをエイーダさんが話してるのも聞いてたんで……」
「エイーダが? どんなふうに?」
「え、えっと───」
──────────────────
今より十八年前。
世界は、ある男の手によって救われる。
ことの始まりは二十年前。
ある日を境に、この世界の生物群とは全く異なる"もの"たちが、世界各地で続々と発見されたのが全ての始まりであった。
それは竜でも獣でも魚でも昆虫でもなく、そして当然ながら人でもない、全く新たな生命体。
そして、それらは竜なら竜の、人なら人のように、種族を分類する形態というものの定義づけが極めて曖昧であった。
つまり、ものによっては犬のような形をした化け物で、また別の個体は顔のない人のような見た目をしていたり、あるいはこの世界の生物が混ざり合ったような姿をしていたりと、同じ種族であることは間違いないのだが、あまりにも姿形が異なっていたのである。
では何故、同じ種族であることは間違いないと言えるのか。
それは、やつらがただ全てを、目的もなく殺すから。
食べるためでもない。
攻撃されたからでもない。
邪魔をしたからでも、気に障ったからでもない。
やつらはなんの理由もなく、ただ全てを殺した。
数が少ない頃は、暗い森の中で行商人を殺し、数が少し増えると、山間の小さなエルフの村を焼き払った。
道中で見かけた獣を捻り潰し、ついでに空を飛ぶ竜を叩き落とす。
もっと増えると、やつらは群をなしていくつもの町を蹂躙し始めた。
ゴブリンの洞窟はただの穴に変わり、獣人族の隠れ里は二度と誰にも見つからなくなった。
ドワーフの鉱山街はただの山となり、小気味のよいツルハシの音はもう聞こえない。
精霊の神殿は廃墟へと成り下がり、四つの大陸の中央にあるアケルナー海には、もう網を投げる意味を失った。
そして、もっともっと増えたやつらは、遂に一つの国を滅亡させる。
当然、全ての種族も黙ってはいなかった。
いつもは歪みあっていたいくつもの国同士が、そして敵対していた様々な種族同士が、全ての垣根を越えて手を組み、やつらを駆逐するために総出で戦い始めたのだ。
そしてこの時、一つになった世界は、やつらを識別するために名前をつけることにした。
憎むべき、この世界全ての敵に。
この世界に生きとし生けるもの、その全てにとっての邪魔者に。
世界はやつらを"魔物"と、そう呼称した。
全ての種族は四つの各大陸ごとに連携し、数の優位によって魔物を次々と討ち倒していく。
また、優秀な魔導師たちの手によって、魔物がどこから現れ、どのように発生するかも解明され、さらにはそれを防ぐ対策も確立。
発生から一年が経ち、魔物の行動原理や、その種類、そして戦い方などの研究が進み、それらが共有され始めたことにより、魔物は一気に数を減らしていく。
世界はこの時、希望に満ち溢れていた。
だが、戦いは終わらなかった。
優勢に立っていたある大陸が、何故か突然劣勢となり、そのままなす術もなく崩壊してしまう。
逃げ延びたものたちは、口を揃えてこう言った。
"言葉を話す、人の形をした化け物が出た"と。
魔物を従え、言葉を話す人型のそれらは、数は少ないものの極めて高い戦闘能力を有しており、時には一体で何千、何万もの命を奪う個体まで存在した。
それらは"魔人"と呼ばれ、現れたが最後、抗うことの出来ない厄災として恐れられた。
魔人に立ち向かえるものは、全ての種族の中でもほんの一握りしかおらず、世界各地で魔人と魔物による蹂躙が加速。
この時、世界はそれらを総称して"魔族"と、そう呼び始めた。
やがて、四つの大陸のほとんどが支配され、もはやこの世界に生きる全てのものたちは、ただ滅亡する日を待つだけとなってしまう。
そんな、まさに絶望の淵だった。
その男が現れたのは。
魔人が率いる魔物の軍勢に攻められ、滅亡寸前の王都アルタイルに突然現れた彼は、圧倒的な力でこれを粉砕。
魔人の攻撃すら軽くあしらい、ただの拳のみでそれを討ち倒してしまう。
その光景に唖然とする人々を尻目に、彼はすぐさま次へと向かい、大陸中を飛び回って次々と魔族を討伐していく。
そうして、あっという間にその大陸から魔族たちを消滅させると、その発生源をあっさりと破壊。
たった数日で、一つの大陸に平和をもたらした。
さらに次の大陸に行き、そしてまた次、その次と、彼はただひたすらに戦い続け、たったの一ヶ月ほどで全ての大陸から魔族を消し去ってしまう。
そして、世界の中心に存在し、世界樹ユグドラシルが聳え立つ島、通称"誰のものでもない安息地"と呼ばれるシリウス島に全ての原因があることを突き止めた彼は、各種族最強の英雄たちを引き連れ、魔族との最終決戦へ向かった。
そして勝った。
余裕の圧勝である。
なんなら魔人の王みたいなのも一瞬で倒した。
こうして、世界に平和がもたらされたのであった。
ウォード=ヴォルニクス=ヴァンデンハートの手によって……。
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「───って、聞きましたけど……」
「……まぁ、ちょっと誇張されてるけど、だいたいあってはいる」
や、やっぱり本当だったんだ。
まぁ、いろいろな記録もきっちり残ってるし、別に疑っていたわけではないけど、あまりにも現実離れし過ぎていて……。
「た、確か、その時二十歳とかでしたよね?」
「ん? あー、そうだな……十八年前だし」
「とんでもない人ですね……本当に……」
「んー、まぁ……ちょっと無茶なことをしたんだよ。ただ、その無茶するためにだいぶ時間がかかっちまってな……助けられなかった人も多い。だから、あんま自慢はできねぇな。する気もねぇけど」
……世界を救ったのに。
じゃあ、だったら……こんなことを言える人が、なんであんなことを?
「で? その続きも聞いてるんだろ?」
「あ、はい……その……魔族の侵攻後、しばらく王都アルタイルに滞在していたあなたは……」
本当に───
「ある日突然……王女様を殺害しました」
この人が……やったの?




