第42話:初戦
──────────────────
「もぉー……なんでよりによって第一試合なんですかね!」
観覧席に座るルウナは、そう言って頬を微かに膨らませる。
くじ引きなので仕方がないこととは理解しつつも、初戦という最も緊張する順番になったことに対し、彼らを慮って不安な気持ちを募らせていた。
「ま、どこだろうが関係ねぇよ。今のあいつらなら大丈夫さ」
ウォードはそう言って、机に肩肘をついてコーヒーを口へと運ぶ。
「……ところで、何故君たちはここにいるのかね?」
そんな二人の横に、宰相ルシフェルは若干戸惑いながら座っていた。
「しょうがねぇだろ……指定された場所に行ったのに、席がねぇって言われたんだから。いーじゃん別に……あんた一人なんだし、こんだけ広いんだからよ」
宰相ルシフェルが座る観覧室は、闘技場の中でもVIP中のVIPしか入れない特別なものであり、椅子は硬過ぎず柔らか過ぎず、各種ドリンクは飲み放題で、さらに室内の温度調節機能まで備わっているという、至れり尽くせりの空間である。
「いや、まぁ……そうだが……」
なんの連絡もなしに突然現れ、許可してもいないのに無理やり入り込み、我が物顔で座って飲み物まで勝手に飲んでいるという、その行い自体を咎めているのだよ……と、ルシフェルは心の中で呟いた。
「すみませんルシフェル様……ありがとうございます」
「…………うむ。君は実に……逞しくなったな」
「はい?」
「いや、なんでもない……試合に集中しよう。もう間も無く……始まりそうだ」
観客席に囲まれた中心にある楕円形のフィールド。
その一番端と端にある、東と西の入場口前に、それぞれ十一番隊と魔導騎士隊が向かい合うように立っていた。
『さぁ、皆様ッ……お待たせいたしましたぁぁぁあッ!』
ヤミーの声とともに、大歓声と拍手が巻き起こる。
その時、フォルティがスッと前に出て、隊員たちの方へと振り返った。
「……いいか貴様ら。我らに敗北は許されない。それは何故だ?」
「隊がなくなるからでありますッ!」
「そうだ。だが、今はそれだけではない……分かるか?」
「アークライト卿の汚名を晴らせなくなりますッ!」
「それも当然そうだ……他は?」
「教官に……ぶん殴ってもらえなくなりますッ!」
「その通りだッ!!!」
途端に隊員たちの目つきが変わる。
そして、全身を震わせ、魔力をその身体にみなぎらせた。
「特訓の成果……存分に見せてやろうではないか。さて、ここからはクールに行こう……突撃陣形」
「「「了解」」」
魔導騎士隊はフォルティの号令に合わせ、ペトラを先頭に三角形を形作る。
そして、その中心にフォルティが立ち、彼らは開始の合図を静かに待った。
対する十一番隊は───
「遠距離部隊前へ……いいかてめぇら? あんなカスどもに時間はかけねぇ……殲滅するぞ」
「「「了解!」」」
十一番隊副隊長アルミディの指揮により、魔導師と弓兵それぞれ十名ずつが前へと出る。
離れた位置から戦いが始まる御前試合においては、これが基本となる戦術であった。
近づいてくる相手を遠距離攻撃で削り、消耗したところに近接部隊がトドメを指す。
単純明快強力無比。
シンプルであるが故に崩しにくい、最も安定した戦略である。
だが、当然どの隊もそんな戦略など熟知しており、様々な対策を練ってこの場に立っている。
十一番隊も、本来ならこんな使い古された戦術は使わない。
彼らには、今回のために用意した新しい戦術もあり、それが決まれば上位勢を確実に討てると、アルミディは確信を持っていた。
だが、相手が魔導騎士のみの構成で、おまけに各隊から逃げ出した落ちこぼればかりとなれば、新戦術を使う意味など皆無。
見せるだけ損だと判断するのも当然であった。
「かわいそうにはしゃいじまってまぁ……ヒッヒッヒッ……恥を晒しに来ただけなのによぉ? さっさと終わらせてやるよ……そのくだらねぇごっこ遊びをな」
『それではッ! 一回戦第一試合ッ……始めぇいッ!』
「……進軍開始」
開始の銅鑼の音が鳴り響くと同時に、魔導騎士隊はただ真っ直ぐ前へと歩き始めた。
『おーっとぉッ!? 魔導騎士隊ッ! 隊列を組んだまま前に歩いていくぅッ!? これはあまりにも無謀だぁッ! ガイン様これはッ!?』
『うーん……危険ですねぇ。これじゃいい的だ』
それを見たアルミディは、思わず眉をひそめた。
「……正気かよおい。馬鹿もここまでくると……侮辱だな」
障害物のないこの状況で、一塊になってゆっくり移動するなど愚の骨頂であり、相手を馬鹿にしていると言っても過言ではない。
アルミディは苛立ちの中、その大鎌、デスサイズを強く握りしめた。
「射程に入った瞬間……ぶち殺せ」
遠距離部隊が詠唱を開始し、攻撃態勢へと移行する。
当然、その様子は魔導騎士隊からも見えているはずであった。
だが、彼らはただただ前へと進んでいく。
そうして、ただただ無造作に、彼らはその間合いへとあっさり踏み込んだ。
「……やれ」
直後、魔術によって強化された矢と、詠唱を終えた魔導師たちの魔術が一気に放たれる。
それは一直線に飛んでいき、無防備な彼らへと直撃した。
『十一番隊の遠距離攻撃が炸裂ゥッ! 巨大な爆発とともに高々と粉塵が舞い上がったぁッ!! 魔導騎士隊ッ! このまま何もせずに終わってしまうのかぁッ!?』
ヤミーがそう語っている間に、十一番隊はアルミディを先頭に、すでに走り出していた。
『十一番隊ここで一気に距離を詰めるッ! アルミディ副隊長満面の笑みだぁッ!』
「立て直す暇なんざ……与えねぇぜぇ!?」
十一番隊は前衛と後衛が入れ替わるような形になり、遠距離部隊の射線を塞がないようにしながら、近接部隊が前へと進んでいく。
この時すでに、遠距離部隊は再度詠唱を開始し、次なる攻撃ための準備を整え始めていた。
先頭を行くアルミディはすでに勝利を確信し、いまだに粉塵が上がる彼らの位置まで残り十メートルを切ったところで、そのデスサイズを大きく振りかぶる。
そして、粉塵が風によって散り、薄っすらと彼らの姿が見え始めたその時、アルミディは大鎌に魔力を流し───
「……ん!?」
彼はそこで気づいた。
魔導騎士隊のシルエットが、綺麗に揃って全員立ったままであるということに。
その時、強い風が吹いた。
「ッ!? はぁ!?」
アルミディは思わず目を見開く。
それも当然で───
『なッ……無傷ゥッ!! 魔導騎士隊が無傷で立っているゥッ!? どうなってるんだこれはぁッ!?』
粉塵が完全に消え、彼らの姿が露わになると、観客席からどよめきが起こる。
彼らは直立不動のまま、一切隊列を崩さずにそこにいた。
誰も何も、傷一つ負うことなく。
『ガ、ガイン様これはいったいッ!?』
『ふーむ……防御系の魔術や結界術は見えなかったんですがねぇ……』
ギリッと、アルミディは苛立ちを隠さずに歯を食いしばった。
「さっさと……死ねやッ!」
そして、迷うことなく、その大鎌から繰り出される必殺の一撃を、彼らに向けて解き放つ。
それは黒く輝く、三日月型の刃の閃光。飛ぶ斬撃であった。
今まで数多の敵を屠ってきた、アルミディ自慢の技である。
放たれた巨大なそれは、凄まじい轟音を上げながら彼らへと一気に迫る。
その時、魔導騎士隊の列がバッと割れ、赤いマントをなびかせながら、その中心からフォルティが飛び出した。
その手に握った剣には金色の魔力が宿り、彼女は走りながらそれを上段に構えると、迫る凶刃に向けて一気に───
「ぬぅらァァァァァアッ!」
その光り輝く剣を、振り下ろした。




