第40話:開会式
フリークは足を止め、その視線をウォードへと向ける。
ウォードは必死に口を押さえてはいたが、込み上げる笑いに耐え切れず、肩を大きく揺らし続けていた。
ちなみに、ルウナはその隣で無になっている。
「何がおかしいんだ? ……狼野郎」
「い、いやっ……ふふっ! あー、わりぃわりぃ……はぁ……いやー……堪え切れんかったわ。あ、気にせず行ってくれ。ほら、時間ないみたいだし」
ウォードはそう言って指をさす。
フリークの背後には運営スタッフがおり、どうしたらいいか分からない様子で慌てふためいていた。
彼はそれに一瞥した後、ウォードを再び睨みつける。
「お前……名前は?」
「あ、ヴァンだ。よろしくな」
「ヴァン……よし、分かった。後悔するなよ?」
そう言い残し、入り口へと向かっていった。
その背中がだいぶ遠かったところで───
「もっ……ヴァンさぁん……!」
ルウナは泣きそうな顔で彼に詰め寄った。
「いやっ、わりぃわりぃ。もう我慢出来なくてよぉ……だってさ、一番隊のねーちゃんもあいつもおんなじようなことしか言わないし、なんなんだこいつらって思ったら……ふふっ! お、面白く……なっちゃって……くっくっくっ……」
「もぉー……絶対目をつけられましたよぉ……」
「あー、おもろ……ま、なんとかなるって。ほら、こいつもあるし」
ウォードはそう言って、スーツの裏ポケットから何かを取り出すと、それを彼女へ見せた。
「あ、これ……つ、使ったんですか? さっきの?」
「ああ……ばっちりな。つか、それもあって笑っちまったんだよ。もしこれを使ったらどうなんのか想像したら……くっくっくっくっ……!」
「な、なるほど……確かにそれを使えば……」
「だろ? ま、ああいった下品な奴にはちょうどいい薬に───」
「魔導騎士隊の方々! そろそろお願いします!」
その声に振り返ると、運営スタッフが彼らに向けて手招きをしている。
二人はそれに頷くと、黙って前を向くフォルティたちへと向き直った。
「休め」
「「「はっ!」」」
バッと、全員が全く同じタイミングで足を肩幅に開く。
彼らはウォードに、"直立して真っ直ぐ前を向いていろ"と命じられ、それをただ実行していたに過ぎなかった。
故に、誰に何を言われても反応しなかったのである。
ウォードはそんな彼らの顔を一人ひとり見つめた後、少し間を置いてから話し始めた。
「この一ヶ月……お前らは本当によくやった。自信を持て……お前らは強い。でだ、今この闘技場にいる連中は、誰一人としてお前らが勝つなんて思ってねぇ。それがどういうことか分かるか?」
ウォードはニヤリと笑う。
そして、右手の拳を強く握りしめ、彼らに向けて突き出した。
「勝ったら全部ひっくり返って大逆転……つまり、最高に気持ちいいってことだ。お前ら……全員ぶちのめしてこいッ!」
「「「はいッ!!!」」」
彼らの目に、一気に生気が宿る。
その力強い瞳に、ウォードは強く頷いた。
「教官殿! 発言の許可を願います!」
その時、フォルティがそう言って手を挙げる。
いつの間にかウォードは、彼らにそう呼ばれるようになっていた。
「ん、許可する」
「はっ! 教官殿に一つ、お願いがあります!」
「……言ってみな」
一抹の不安を感じつつ、ウォードが彼女にそう促すと───
「この御前試合、優勝したあかつきにはッ 是非我らを……本気でぶん殴っていただきたいのですッ!!」
ウォードは半ば予想通りのその発言に、思わず頭を抱え込む。
彼女たちが強くなったのはよかった。
しかし、まさかこんな方向へ進むなどとは、全く想像もしていなかったのである。
「ヴァン教官! 俺たちは本気です!」
「そう本気ッ……本気の拳が欲しいんですッ!」
「教官お願いしますっす! あたしたちは教官に殴られることが至福の───」
「ば、馬鹿野郎っ! んなことをデカい声で叫ぶんじゃねぇ! ちッ……はぁ………………分かった……優勝したらな」
「あ、ありがとうございますッ……! 死ぬ気で勝ちます……死ぬ気でッ……!」
"目が完全にイっちまってる"。
そう思ったウォードは少しだけ、彼らをこんな風にしてしまったことに対し申し訳なさを感じた。
「ま、魔導騎士隊の方々ー!? 間も無く入場となりますのでお急ぎくださぁーい!」
「よし……もはや憂いはないッ! 行くぞ貴様らぁぁぁぁあッ!!」
「「「応ッ!!!」」」
魂の叫びとともに、フォルティたちは走り出す。
ウォードとルウナは、そんな彼女たちの姿を実に複雑な表情で見送っていた。
「はたして本当に……これでよかったのでしょうか」
「…………分かんない」
二人は少しの沈黙の後、多少のやるせなさとともに、関係者専用の観覧席へと向かって歩き出した。
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『皆様、大変長らくお待たせいたしました。それではただいまより、王都騎士団による御前試合の開会式を始めさせていただきます』
直後、観客席から大きな拍手と歓声が巻き起こる。
うねりのようなそれは、あっという間に会場全体を包み込むと、入場口付近に立つ選手たちの肌を容赦なく叩いた。
否が応でも緊張感が高まっていく中、その最後尾に立つ彼女たちだけは、周りとは少し違った雰囲気を醸し出しながら、ただ静かにその時を待つ。
『司会進行、並びに実況はわたくし、アルタイル広報課係長兼アナウンサーの、ヤミー=パルシアが担当させていただきます。皆様、本日はどうぞよろしくお願いいたします』
そこでまた、一際大きな歓声が上がる。
可愛らしい声が特徴的で、また容姿端麗でもあり、加えて高い実況スキルを持つヤミーのファンは非常に多く、基本的にアルタイルで行われるイベントの司会などは全て彼女に任されていた。
彼女は自身の杖を握り、魔術によって増幅させた声を使い、会場中にそれが届くようにしている。
『それではまず、本日御前試合に出場いたします……選手たちのご紹介からさせていただきます』
直後、音がピタリと揃えられた、美しいファンファーレが高らかに鳴り響き、大空の彼方まで突き抜けていくようなそれに合わせて、大きな手拍子が始まった。
そのままマーチングバンドによる行進曲が流れ始めると、観客のボルテージは急上昇し、十三万人の手拍子と足踏みで会場全体が大きく揺れ始める。
「ふー……」
入場口に立つ各隊の選手たちは、ビリビリと肌を打つその独特な空気に呑まれまいと、眼光鋭く、拳を強く握りしめた。
そして───
『さぁ、それでは……選手入場ですッ!!』
声を張り上げ、実況モードへ移行した彼女の宣言とともに、先頭にいた隊が、勢いよくフィールドへと飛び出した。
『まず最初に現れたのは副隊長ビネガー率いる六番隊! バランス型で攻守に隙がないぞッ! 次いでお料理大好きヤサカ副隊長の八番隊に、十番隊も登場ッ! 副隊長のデルデラは弓の名手だぁッ! さらにさらにぃッ! 四番隊の副隊長ヒーテックも来たぞ槍使いッ! 魔導師多めの五番隊は副隊長シーナも魔導師だッ! 十二番隊は格闘術のスペシャリストが揃っているぅ! 率いるは女拳士のユーファ副隊長ッ! 今日もお綺麗ッ!!』
スラスラと流れるように、そして非常に熱がこもったその紹介により、観客のボルテージがどんどんと上がっていく。
さらなる大歓声の中、残る隊も続々とフィールドへ姿を現していった。
『続いて来ました十三番隊! 鋼鉄兵団の異名を持つガッチガチのガチ! 副隊長ダンバーの手には、いつもの巨大ハンマーが握られているッ! 九番隊もこんにちはッ! はたしてマライア副隊長の奇策戦術が今年も炸裂するのかぁッ!? あッ! 警報警報ッ! 十一番隊襲来ぃッ! 最も狂っていると書いて最狂の部隊のお出ましだぁッ! そしてアルミディ副隊長! そんな大鎌を使いこなせるのはあなただけでしょうッ! 今日はいったい何人の魂を刈り取る気ですかぁッ!?』
巨大な鎌、デスサイズと呼ばれるそれを肩に担ぎ、十一番隊副隊長アルミディは、微かに笑みを浮かべながら、隊員を引き連れて悠然とフィールドを闊歩する。
痩せ細った身体に白い肌、長く伸びた白い髪は背中にまでかかり、そして黒いマントを羽織ったその姿は、まさに御伽話の中に現れる死神の姿そのものであった。
「ヒッヒッヒッヒッ……」
死神は一人、嬉しそうに笑っていた。
その理由ははっきりとしている。
十一番隊は、王都騎士団の中でも異質な存在。
副隊長である彼はもとより、隊員も、そしてそれらを統べる隊長もまた、全員が戦いこそが全てという戦闘中毒者の集まりであった。
また素行が悪く、すぐに荒事へ持ち込もうとすることが多かったこともあり、他の隊からはあまり好かれておらず、狂人の集団と関わるだけ損と敬遠されている。
それ故に、彼らは王都騎士団の中に紛れ込んだ異物として、まさに腫れ物を触るような扱いをされていたのであった。
『さぁさぁさぁッ! ついに来たぞ来たぞぉッ!』
その時、一際大きな歓声が上がり、闘技場を再び震わせた。




