第39話:当日
天星歴二五二六年六月十三日。
空は雲一つない快晴で、王都の中心部にある闘技場には、通常の収容人数十万人を超える十三万人もの人が集まり、本来座席のない通路にまで人が溢れかえっていた。
王都に住む者であれば無料で入場出来るということも、これだけ人が集まった理由ではあったのだが、そもそも王都の四大イベントの一つであるこの御前試合への注目度は非常に高く、加えて今年は───
「リベルタス魔導騎士隊か……どう思う?」
天井のない闘技場の上部には、ガラス製の巨大な長方形の掲示板のようなものが宙に浮いており、そこには各隊の名前が入ったトーナメント表が魔術によって映し出されていた。
すでにくじ引きにより組み分けは完了しまており、そこには王都騎士団の一から十三番隊までに加え、今年はリベルタス魔導騎士隊の名前が追加で刻まれている。
事前に発表されていたこともあり、今までにない試みに興味を持った民衆がそれなりにいたことや、ある種有名人であるフォルティ、また顧問を務めたのがあのルウナだったこともあってか、例年以上に人が集まったという側面も間違いなくあった。
しかし、結局のところ、人はいつもと違うものに興味を惹かれる生き物であり、今回も御多分に洩れずそうなったに過ぎない。
そして、そんな民衆がいる観客席からは、あちらこちらから様々な声が聞こえていた。
「元一番隊副隊長が立ち上げたっていう部隊だろ? いや、さすがに正規の部隊には勝てないって」
「なんか一時期、朝から晩まで走ってたらしいぜ?」
「フォルティは強かったけど、ちょっと変わってたからなぁ……一年前もそうだったし」
「あー……確かに。あれのせいで負けたって言ってもいいもんな」
フォルティは昨年、一番隊副隊長として御前試合に参加している。
確かに彼女は強かったが、最終的に彼女の単独行動が仇となり、一番隊は三位という結果に終わっていた。
それをいまだに根に持っている隊員もおり、今回彼女が参加するということを知った彼らの中には、少々思うところがある者も少なくない。
「ねぇねぇ、魔導騎士隊ってアークライト卿が顧問をしてるらしいよ」
「"落ちこぼれ"が? じゃあダメじゃね?」
ルウナに対する評価は相変わらずで、民衆からは責めやすい格好のターゲットのままであった。
とはいえ、彼女は宮廷魔導師としてまだ何も成し遂げておらず、挽回する場がなければ、一度落ちた評価はなかなか覆らない。
故に、今回のこの顧問就任というものは、民衆からすれば、初めて彼女の手腕を見る場として捉えられていた。
「よぉ、オッズはどうなってる?」
「一から三番隊までは団子で、大穴は当然あそこだよ。ほれ、現時点でのオッズ表だ。ま、金を捨てたいんならそこへ賭けりゃいいさ」
当然非公式ではあるが、闘技場内には賭けを仕切る者たちがおり、その裏にはギルド組合の存在があった。
要するに、その胴元は彼らのトップ、十星会である。
また、それとは別に闇ギルドも動いており、賭け客の奪い合いが水面下で行われていたのだが、アルタイル政府はそれを知る由もなかった。
「十四チームでのトーナメントだから……あ、シードが二チームになんのか」
「そゆこと。だから、去年三位だった一番隊が割りを食う形になるね。十三チームなら、シード権は三つあったんだけど、今年はそこにあれがはいっちゃったから」
これもまた、一番隊の隊員たちがフォルティに良い感情を抱けない一つの要因となっていた。
本来ならば、昨年度の上位三チームはシード権を獲得し、戦う回数が一つ少なくて済む。
だが、魔導騎士隊が加わったことにより、三位の彼らはシード権を失い、一回戦から戦う羽目になっていた。
そんな騒がしい地上の観客席とは違い、半地下にある関係者のみしか入れない空間は実に静かで、待機している選手たちは皆集中力を高めながら、戦いの火蓋が切られる時を今か今かと待っていた。
ちなみに、各隊にはそれぞれ待機する部屋が与えられていたのだが、その部屋の数は十三しかなく、そこからあぶれた魔導騎士隊の面々は、フィールドへと続く入場口付近にある広めの通路で待機するよう命じられていた。
「そろそろか?」
「えっと……そうですね。もう間も無く開会式が始まると思います」
ルウナは腕時計を見ながら、彼にそう返す。
入場口は東門と西門の二つがあり、彼らは少し坂になっている東門の入り口を見るように整列し、ただじっと坂の先にある四角い光を見つめていた。
そんな隊員たちの目は非常に鋭く、ただどこか虚でもあり、見る人によっては荒んだ目という印象を受けるかもしれないが、彼らはウォードの教えを忠実に守っているに過ぎない。
遠山の目付と呼ばれるそれは、一点を見るのではなく、全体をぼやかすように見るという視線の置き方であり、視野を広げることで相手の細かな動きに対応しやすくなるというものであった。
つまり、彼らはすでに臨戦態勢にあり、いついかなる時でも戦えるということを表しているのである。
と、その時───
「……お、来たぜ」
「はい……あちらからも来ました」
スタッフに呼ばれたのだろう、彼らが立つ入り口へと向け、左右両方の通路から、各隊の選手たちが歩いてくるのが見えた。
ウォードはいつも通り腕を組み、ルウナはその傍らでぎゅっと両手を合わせる。
やがて入り口へとまずやってきたのは、フォルティとの因縁深き一番隊であった。
「久しぶりだな……フォルティ」
そう彼女に声を掛けたのは、現一番隊副隊長、アミナ=ペネストロイネ。
フォルティがいた頃は三番手であったアミナは、彼女の脱退後に副隊長へと昇進していた。
そして、彼女もまた、昨年フォルティとともに御前試合へ出場していた選手でもある。
「……」
フォルティは目すら合わせず、ただ黙って前だけを向く。
その様子に、アミナは苛立ちを露わにした。
「だんまりか……いいご身分だな貴様は。遠縁とはいえ王族……平民である私など、眼中にないらしい。だがな、我々は貴様を許さない。昨年、史上初の連覇がかかっていた我が隊を敗北に追いやった貴様の愚行……忘れたとは言わせんぞッ!」
しかし、それでもフォルティは一切表情を変えず、後ろ手に組んだまま、やはり前を向いたまま微動だにしない。
「……いいだろう。精々最後の時を楽しむがいい。出来れば我が隊の手で引導を渡したかったところではあるが、貴様も運がないな。初戦があの狂った連中とは……そして万が一、いや億が一勝ったとしても、よもや二回戦が……くっくっくっ! 二度同じ相手に敗れ、貴様の道が途絶えるのもまた一興だ! どちらに転んでもそれはそれでいい。では、楽しませてもらうぞ? 貴様らが無様に敗北する、その姿を……行くぞ」
「「「はっ!」」」
そう吐き捨てるように言った後、アミナ率いる一番隊は入り口へと向かって歩き出す。
フォルティはそれを、なんの感慨も抱かずにただ見つめるのみであった。
そして、一番隊に続くように七番隊、十番隊と、続々と各隊が入り口の通路へと向かっていく。
彼らはいずれも魔導騎士隊をちらりと見ては、その異様な雰囲気を感じ取ったのか、足早に先へと向かっていった。
その様子にウォードはほくそ笑むが、ルウナは"これでよかったのかなぁ"と心の中でため息をつく。
そんな中、最後に東門へとやってきたのは───
「ククッ……よお、クソども」
隊長であるフリークとともに、王都騎士団三番隊が姿を現したのだった。
ルウナは"何故隊長が一緒に?"と不思議に思ったが、その手に握られていた巨大な黄金の杯を見てすぐに察する。
そう。
昨年度の御前試合を制したのは、彼率いる三番隊である。
昨年度の優勝チームは、開会式に隊長が同行し、その杯をアルタイル王へと直接返還するのが習わしとなっていた。
「よくもまぁ恥ずかしげもなく来られたもんだ。どうせすぐに負けて醜態を晒すだけなのによぉ……なぁ、どうだフォルティ、今からでも遅くはねぇぞ? 逃げちまってもいいんだぜ?」
「……」
「ククッ……あ、なんなら色仕掛けでもしてみるか? 存外効くかもしれねぇぞ……お前、顔と身体だけはいいからよぉ。そうやって黙ってれば、十一番隊のイカれ野郎どもも多少は理性を取り戻すかもしれねぇなぁ? ぎゃっはっはっはっ……は…………」
フォルティも、そして隊員たちも、誰一人表情すら変えず、ただじっと前だけを見ていた。
その様子に、フリークは僅かな、ほんの僅かな不気味さを感じる。
一ヶ月前とはまるで違う、彼らが纏うその空気。
それは、強いと感じるのではなく、ただただ気持ち悪いと、彼はそんな印象を受けていた。
「……まぁいい。ま、精々頑張んな……負け犬ども。お前ら行く───」
「くっくっくっ……」
「……あ?」
フリークが行こうとしたその時、唐突にウォードが笑い始めた。




