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落ちこぼれの宮廷魔導師、元英雄を飼う~私が拾ったのは、かつて世界を救った最強の人でした~  作者: 松村道彦


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第38話:日記

 

 ──────────────────



 リベルタス魔導騎士隊隊長、フォルティ=ヒュペイス=リベルタス。二十三歳。

 王族の遠縁である名家、リベルタス家の長子であり、次期当主筆頭候補()()()女性である。


 彼女は王都騎士団一番隊副隊長辞任に伴い、現在はほぼ勘当に近い扱いを受けており、実家とはもう一年近く連絡をとっていない。

 そもそも、何故彼女は副隊長を辞したのか。

 それは当然、自身が子供の頃に憧れた、己の中で理想とする魔導騎士になるため、であった。


 王都騎士団は軍隊である。

 故に、いかなる場面においても集団行動が義務付けられ、自分勝手な行動は決して許されない。

 それは至極当たり前の話で、一人の身勝手が仲間全員の命を危険に晒すことなどあってはならず、正しい集団行動が正しい結果をもたらすということは、これまでの歴史がその証人であった。


 しかし、彼女にはそれが我慢出来なかった。

 彼女が憧れた魔導騎士という存在は、たった一人で敵陣に乗り込み、たった一人で多大なる戦果を上げ、たった一人で勝利へと導き、結果として周りから"英雄"だと、そう言われるような人物のことを指す。


 フォルティは、()()になるためだけに知識を学び、身体を鍛え、魔術を磨き、夢を夢で終わらせないだけの実力を身につけた。

 一番隊の副隊長になれたことが、まさにその証明だったと言っても過言ではない。


 だからこそ、彼女は折り合いをつけられなかったのである。

 もしかしたら届くかもしれないと、そう思えてしまうだけの自信と実力があったが故に。


 フォルティがそうまでしてなりたかった、真の意味での魔導騎士。彼女はそれにいつ、どこで触れたのか。

 それは子供の頃、より正確に言うならば十八年前。

 彼女がまだ、五歳の時の話である。


 当時、王都アルタイルは魔族に攻め込まれ、まさに滅亡する一歩手前という状態にあった。

 彼女を含むリベルタス家もまた、そんな絶望的な状況の王都で、いつ死ぬかも分からない恐怖に怯えていた。


 街は炎に包まれ、彼女は窓から見える赤いカーテンのようなそれと、悲鳴をあげながら逃げ惑う民衆を見て、今どれだけ恐ろしいことが起きているかを幼いながらになんとなく理解していた。

 やがて炎は彼女の住む屋敷にまで迫り、窓から見える景色の中に、異形の化け物が何匹も見え始める。


 彼女は強い恐怖を感じ、窓から身を屈めるようにしゃがみ込んだ。

 その時、強い衝撃とともに頭上で窓ガラスが割れる音が響き、彼女は思わず上を見上げる。

 そこで彼女は、その魔物と目が合った。


 一つ目の球体に、異形の手足がついた黒いそれは、とてもとても嬉しそうに、その大きな一つ目を細めながら舌を出す。

 フォルティは恐怖で泣き叫び、必死で逃げようとするが、身体震えて動かない。

 そうして、床を這いずりながら失禁し、ただ泣き叫ぶことしか出来ない彼女に、その魔物の手が触れた次の瞬間───


 光の刃がその魔物の身体を貫き、聞いたこともないような奇怪な呻き声を上げながらそれは絶命した。

 何が起きたのか分からないまま、彼女はなんとか立ち上がると、そのまま窓の外へと視線を移す。


 そこから見えたのは、曇天の空から降り注ぐ光の刃の雨だった。

 窓枠に切り取られたその光景は、まるで一枚の絵画のように美しく、彼女は先ほどまでの恐怖すら忘れ、その光景に目を奪われる。


 と、その時、片手に巨大なつるぎを持ち、もう片方の手から光の刃を放ち続ける、空に浮かんだ一人の男が目に映り、彼女は慌てて窓に近づくと、身体を乗り出してそれを目で追った。

 黒い装備を身に纏ったその男は、あっという間に王都にいる魔物を排除すると、襲いかかってきた魔人をも軽々と倒し、王都に平和をもたらした。

 彼女はそれをずっと見ていたのだ。

 キラキラと輝いた、その瞳で。


 もはや語るまでもないが、彼女が見たその男こそ、世界を救った大英雄、ウォード=ヴォルニクス=ヴァンデンハートその人である。


 そう。

 彼女が憧れた魔導騎士という存在。

 それは即ち、ウォードのことを指していた。

 彼女は幼い頃に見た、世界を、国を、そして自分自身を救ってくれた彼に、彼のようになりたいと、そう強く思ったのである。


 現実と理想の乖離。

 それ自体は、よく聞く話ではあったのだが、彼女の場合その理想が、あまりにも高過ぎたのである。

 それは、憧れの対象が、世界最強の男だった故に起きてしまった乖離であった。


 つまり、元来生真面目で、一度決めたら曲げられないという性格が、副隊長にまで上り詰めたという現実でさえ、それをよしとしなかったのである。

 そうして、隊を抜けた彼女は、魔導騎士隊を立ち上げた。

 全ては、己の理想を貫き通すために。


 しかし、当初から自分を慕ってくれたペトラとロドス、さらに段々と増えていく仲間たちに、彼女の考えは少しずつ変わっていった。

 最初は自分の理想を叶えるための場所だったそれは、いつしか仲間たちの居場所を守るための手段へと変わっていったのである。


 そんな彼女は毎日、夜眠る前に日記をつけていた。

 それは、彼女が一日を終えるための儀式であり、何があっても必ずつけると決めた、ある種の誓いのようなものである。


 一日にあったことを全て振り返るように書いていたこともあり、それは日記のどのページを捲っても長文で、びっしりと綺麗な文字で書かれたそれは、彼女の生真面目さをそのまま表すようであった。


 しかし、ある日を境に、その様相がガラリと変わる。

 まるで書き殴ったようなそれは、今まで取り繕っていた彼女の表面を粉々に砕いたようであり、ある意味彼女の本当の姿であったのかもしれない。



 ──────────────────



 訓練初日。


 死ぬかと思った。

 アルタイル城から街の外れにある北門まで走り、そこからまた城へと戻る。

 単純なものではあるが、装備をつけた状態で三十六キロを走り切った自分を褒めてやりたいと、その時はそう思った。


 しかし、その後の昼食は最悪だった。

 三番隊のフリーク隊長に負け犬だの、媚びを売って副隊長になったのだの言われ、流石に私も手が出そうになったのだが、それをルウナ殿が救ってくれた。

 彼女には感謝しかない。

 なんとしても恩を返さねばならない。


 ただ、彼女の従者であるヴァン殿には、はっきり言って殺意を覚えた。


 三往復ってなんだ。

 一日で百キロ以上走らせる意味が分からない。

 本当に死ぬかと思った。

 だが、これも強くなるために必要なことなのだろう。

 とにかく明日からも頑張る。

 絶対に、この魔導騎士隊をなくさせたりはしない。



 ──────────────────



 訓練三日目。


 やはりヴァン殿はいかれている。

 初日、二日目と二日続けて百キロ以上走った私たちに、"今日は四往復な!"と、朝から笑顔で言ってきた。

 彼はいかれている。


 本来なら身体が壊れていてもおかしくはないのだが、ルウナ殿が調合した霊薬(ポーション)により、身体はすこぶる元気だったせいで、結局本当に四往復するはめになった。

 朝から晩まで走りっぱなしで、頭がよく回らない。

 明日が怖い。



 ──────────────────



 訓練七日目。


 人を殺したい。

 いや、あれは人じゃない。

 だから罪にはならない。

 もう何キロ走ったのか分からない。

 意味が分からない。

 眠いので寝る。殺す。



 ──────────────────



 訓練十ニ日目。


 もう今日から走らなくていいと言われた。

 それを聞いた時、正直どうしたらいいのか分からなくなった。

 昨日は八往復出来たから、今日はみんなで九往復して彼の度肝を抜いてやろうって話してたのに。

 なんだか楽しみを奪われた気分だった。


 ただ、その後にまた彼を殺したくなった。

 彼は私たちを横一列に立たせると、いきなり魔術で炎やら水やら氷やら雷やら岩やらなんやらを次々とぶつけてきて、"耐える訓練な!"とか言ってまた笑っていた。

 殺したくなった。



 ──────────────────



 訓練十五日目。


 殺す。



 ──────────────────



 訓練二十日目。


 今日は彼にぶん殴られても、十メートルしか吹き飛ばされなかった。

 新記録だ。嬉しい。

 痛みにも慣れ、なんだか強くなった気がする。

 ただ、これで本当にいいのかと、疑問に思うこともあったが、よく分からないので考えないことにした。


 そんなことより、明日も彼にぶん殴られたい。

 彼は確実に手を抜いて殴っている。

 それは、これだけ殴られていれば分かるのだ。

 だから、いつか彼に本気で殴ってもらえるようになりたい。

 私に新たな夢が出来た。

 ここだけの話、少し快感になりつつある。

 また明日が楽しみだ。



 ──────────────────



 訓練二十五日目。


 彼が殴ってくれなくなった。

 御前試合が一週間後に迫り、"体力と精神面は終わったから、今日から戦術やらなんやらやる"とか言い出して殴ってくれなかった。

 それもちゃんとやるから殴ってほしいと言ったら、変な顔をされた。

 私はおかしいのだろうか。


 今はただ、彼にぶん殴られたい。

 彼にぶん殴られると、頭の中で火花が散って、全身にえもいわれぬ快感が迸るのだ。

 だから、必死にお願いしたら、ちょっと強めに殴ってもらえた。

 多分、二十メートルくらい吹っ飛んだ気がする。

 やっぱり彼は全然本気じゃなかったんだ。

 いつか、彼に本気でぶん殴られたい。

 あと、それでもスッと立ち上がった私を見て、ルウナ殿が引いていた。

 それも、ちょっとよかった。



 ──────────────────



 訓練三十一日目。


 ついに明日は御前試合当日だ。

 今日も殴ってもらえたし、ルウナ殿私たちのためにわざわざ生み出してくださったという新しい魔術も、ヴァン殿から授かった素晴らしい戦術もバッチリ頭に入れてある。

 また、剣術も魔術も、二人に教わったことで、私を含め全員がかなり上達したように思う。


 ルウナ殿も対人戦が苦手だからと、ずっと一緒に訓練をしていたのだが、何が苦手なんだというくらいあの人もあの人で化け物だった。

 ヴァン殿は当然化け物なのだが、ルウナ殿は自分が化け物だと分かっていない化け物なのである。


 だから、容赦がなくて本当に助かる。

 全員がかりでも全然勝てない。

 ヴァン殿には、もう絶対勝てないというのが分かるのだが、ルウナ殿の場合は、勝てそうだと思うのに全く勝てないという、ある意味でより強い敗北感を与えられたというか……とにかく気持ちよかった。


 また、お二人のおかげでペトラやロドス、勿論他の隊員たちも格段に強くなったし、(みな)ちゃんと人を殺せる目をしていた。

 隊員たちの素晴らしい目つきと成長に、私は嬉しくて涙が溢れ出してしまった。

 もう、何も心配はいらないだろう。


 また、ルウナ殿がいない時に、ヴァン殿が全員を集め、ルウナ殿が起こした例の事件についての話を聞かせてくれた。

 腹が立った。聞いていた話と全然違うではないか。

 彼女は何も悪くないし、落ちこぼれなんかじゃない。


 こんな話を広めたやつも、ルウナ殿を陥れたやつも絶対に許さない。

 だから、必ず優勝して、彼女に救われた恩を返すと、みんなでそう誓い合った。

 勿論、ヴァン殿のためにも勝つ。そしてご褒美に殴ってもらうんだ。


 ああ……明日が楽しみで仕方がない。

 騎士団の方々が、私たちにどれだけ素晴らしい痛みを与えてくれるのか、考えただけで、想像するだけでゾクゾクしてしまう。

 ああ……本当に…………楽しみだ。


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