第37話:三番隊
そう吐き捨てるように言いながら、小隊を引き連れて魔導騎士隊の練習場に突然現れたのは───
「フ、フリーク隊長……」
「おー……久しぶりじゃねぇか……フォルティ」
彼女に対し、馬鹿にしたような笑みを浮かべる彼は、王都騎士団三番隊隊長、フリーク=シーディア。
齢四十二。筋骨隆々の大男で、騎士団三強の一角である彼は、誰もが認める実力者として名を馳せていたが、その傲慢な性格から彼を毛嫌いする人間も多かった。
「な、何故こちらへ……」
「いやなに……お前らがなんかやってるって聞いたからよぉ……ちょいと様子を見にきただけさ」
「そ、そうでしたか……」
嫌な予感に、フォルティは警戒を強める。
フリークは地面に座り込む彼女へ近づくと、わざとらしく眉を落とした。
「しっかし、勿体ねぇよなぁ……せっかく一番隊の副隊長にまでなったのに、今じゃこんな負け犬どもの飼い主とはねぇ……だっはっはっはっ!」
彼が下卑た笑い声を上げると、その後ろにいた隊員たちも似たように笑い出す。
「か、彼らは負け犬などでは……!」
「いやいやいや……負け犬だよ。自ら望んで足を踏み入れたってのに、なんだかんだ言い訳して努力もせずに逃げちまったんだからな」
フリークはそう言って、弁当箱を抱えて座り込む彼らを見渡した後、あからさまに侮蔑の表情を浮かべる。
「あー……忠告しといてやるよ。どうやらうちからも逃げ出した奴がいるみたいだが、一度逃げ出した奴は何度でも逃げるぜ? そのうち煙みたいに消えちまうから気をつけな。あ、でもお前も似たようなもんか……せっかくセオスのやつに媚び売って副隊長になったのに、気づいたらいなくなってたもんなぁ!?」
再び彼が引き連れていた隊員たちが笑い始める。
その嘲笑の中で、フォルティはわなわなと肩を震わせた。
「わ、私は媚びてなどッ……逃げ出したわけでもありませんッ!」
「あー、悪い悪い……売ったのは、媚びだけじゃなかったか? ぎゃははははは!」
「きさッ───」
フォルティに対する侮辱に、彼女を含めた全員が立ちあがろうとしたその時、それを制するようにルウナは、フリークの前へと立った。
「おや? これはこれは宮廷魔導師のアークライト卿ではありませんか……聞けば、そこの負け犬どもの顧問に就任されたとか。素晴らしいことですなぁ……実にお似合いで」
ウォードの毛が微かに逆立つ中、ルウナは真っ直ぐに、臆することなく彼の目を見た。
その彼女の様子に、フリークの眉が微かに動く。
「……私のことはどう言っていただいても結構です。しかし、彼らに対する侮辱は……この私が許しません」
両手の拳をぎゅっと握り、彼女は強い口調で彼にそう告げた。
直後、フリークの表情から笑みが消える。
「ほぉ? 許さないってんならどうする気だよ……お嬢ちゃん」
凄まじい威圧感とともに、低い声で発せられたそれに、後ろにいる彼の隊員たちですら微かに恐怖を覚える。
しかし、それでもルウナは引かなかった。
「これは明確な侮辱行為です。撤回しないのであれば、正規の手続きを踏み、私の名を持ってあなた方に抗議します。それでもよろしければ……どうぞお続けください」
フリークは黙ったまま、じっとルウナを睨み続けた。
彼女もまた、見下すような彼の視線を受け止め、ただじっとその場に立ち続ける。
長い沈黙の後、フリークは唐突に表情を緩めた。
「フッ……聞いてた話と随分違うじゃねぇか。いいだろう……あんたの顔に免じて、さっきの発言は撤回してやるよ」
その言葉に、魔導騎士隊の面々も、そしてフリークの後ろにいた隊員たちもが驚愕の表情を浮かべる。
何故なら、彼らはフリークが人の話を聞くような人間ではないことを知っており、しかもその相手が、自身の子供ほどに歳の離れたルウナであったことで、尚更あり得ないと感じたためであった。
「では───」
「ただし」
ルウナの言葉を遮るように、フリークは言葉を続ける。
「最後に事実だけを伝えておくわ。はっきり言って、俺らはてお前らにムカついてる。それは三番隊だけに限った話じゃねぇ……王都騎士団全員がだ。騎士団から逃げ出したてめぇらが、なんでか知らねぇが由緒正しい御前試合に混ざることになった……どういう理屈だそりゃ? あ?」
フリークの身体から、抑えきれない怒りとともに魔力が溢れ出す。
ウォードは感じていた。
それが、まごうことなき強者のそれであると。
「一隊が三千九百人……それが十三隊で約五万人。御前試合に出られるのは、そのうちのたった五百七人だけだ。そんな出られるだけで名誉なもんに、お前らみたいな半端もんが混じる…………ふざけんのも大概にしやがれ」
猛り狂う嵐のような魔力の奔流に、ルウナは僅かに足を後ろへと運んだ。
それでもグッと堪え、彼女は表情を変えずにフリークの前に立ちはだかる。
「……覚悟しておけ。もし、俺の隊に当たるようなことがあれば、お前らが二度とそんな夢物語なんぞ描けないように叩き潰してやるよ。これは比喩でもなんでもねぇ。真の意味でそうなるってことを……よく、考えて生きるんだな。じゃあな……クソども」
そう言い残し、フリークは部下を引き連れて去っていった。
「……ふー」
全員が呆然とする中、ルウナは深く息を吐いた。
その直後───
「あっ……」
身体が意思とは関係なく、ガタガタと震え始める。
必死に呼吸を繰り返し、なんとかそれを止めようとする彼女の頭に、ポンといつものそれが乗せられた。
「ウォ……ヴァン……さん……」
フリークの度を超えた発言の後、ウォードは前に出ようとしていた。
しかし、ルウナはそれよりも早く、彼らを守るためにフリークの前に立ち、毅然たる対応で見事に彼を追い返したのである。
彼女が誰よりも早く行動したのは、フリークが挑発を繰り返したのは、フォルティを侮辱することで彼らに手を出させ、御前試合への出場を出来なくするためだとすぐに察したからであった。
そしてもう一つ、彼女が彼の前に立たねばならないと強く感じた理由。それは、ウォードのためである。
怒りによる変化の解除は勿論のこと、もし彼の真の実力にフリークが気づいてしまった場合、そこから彼の素性が暴かれてしまうかもしれない。
そう考えたルウナは、文字通り全員を守るため、恐怖を押し殺して前へと立ったのである。
ウォードは、そんな彼女の考えを全て理解していた。
だからこそ───
「よくやった、ご主人。俺はあんたを……誇りに思う」
そう言って、彼女の頭を優しく、何度も何度も撫でるのだった。
「……へへ」
微かに涙が溜まった目を細め、ルウナはニコッと笑った。
ウォードもまた笑顔を浮かべながら、そんな彼女の頭をいつもより多く撫で回す。
その心地よさに、いつの間にか彼女の震えは止まっていた。
彼はそんな彼女の成長を嬉しく思いながら、ぽんぽんと頭を優しく叩いた後、弁当を抱えたまま固まっている彼らへと視線を向ける。
「なんだよお前ら固まっちまって……悔しくないのか? フォルティが馬鹿にされたことを……もう忘れちまったのかよ」
その言葉に、彼らの表情が変わる。
「しかも、全員に嫌われてんだってよ? これで負けちまったら、魔導騎士隊も解散、嫌われもんのお前らは地方にぶっ飛ばされ、二度と日の目を浴びることはねぇ……それでいいのか?」
「「「よくありませんッ!!!」」」
血走った目で、彼らは同時にそう言った。
ウォードは笑みを浮かべ、こくりと頷いた。
「安心しろ。俺とご主人でてめぇらを強くしてやる。で、奴らをぶちのめしてやれ。ほんじゃ、あと十分で出発だ……さっさと食え」
「「「はいッ!」」」
「あ、先に言っとくわ。今日、あと二往復するから。分かったな?」
「「「は、はいッ!?」」」
「み、皆、とにかく食べるのだッ! 今は何も考えずッ……死ぬ気で食べろッ!!」
「「「は、はいッ!!!」」」
フォルティの一言でさらに勢いづいた彼らは、凄まじい早さで弁当にかぶりついていく。
その様子に"うんうん"と嬉しそうに頷くウォードに対し、ルウナは"やっぱりこの人はいろんな意味で凄い"と、そう心の中で改めて思うのだった。
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「しっかしムカつきますねぇ……あの宮廷魔導師。隊長に楯突きやがってよぉ」
三番隊の隊舎へと戻る道すがら、フリークの部下の一人がそう言って拳を握る。
しかし、フリークは応えず、ただ黙って歩き続け、その様子に部下たちは微かな恐怖を感じていた。
「だいたい隊長の言う通り、あいつらが出るなんておかしいんすよ。俺らの中にだって出られない奴は大勢いるってのに───」
「……おい、お前ら」
ビクッと、その低い声に反応し、全員が思わず立ち止まる。
そして、ゆっくりと振り返った彼は、そんな彼らに一瞥をくれた後───
「あの狼野郎……お前ら何か知ってるか?」
思わぬ言葉に、一瞬固まった彼らであったが、慌ててすぐに彼へと返答し始める。
「あ、ありゃアークライト卿の従者っすよ」
「最近雇ったみたいで、アレが来てからアークライト卿がちょいと変わったって、ほんのり話題になってましたねぇ」
「噂じゃ、ルシフェル様や樹梢卿にも気に入られてるとかなんとか……」
「他の隊の連中から聞きましたけど、なんか賢人会でも一悶着あったみたいっすよ? それにもあの狼野郎が関わってるらしいっす」
「……そうか」
彼は一言そう言うと、再び隊舎に向けて歩き始める。
隊員たちは不思議そうに顔を見合わせた後、再び彼についていった。
「あの狼野郎……いったい何者だ……?」
誰にも聞こえぬ声で、フリークはポツリとそう呟いた。
彼が怒りに任せて魔力を放出した際、あの場で唯一ウォードだけが、それに対して一切動じていなかったことに彼は気づいていたのである。
それどころか、自身が僅かにでもそんな気を起こそうものならば、即座に向こうも動くという確信すらあった。
まるで、常に喉元に刃を突きつけられているような、そんな腹立たしい感覚。
それは、フリークが強者であるが故に感じ取れたものであったのだが───
「……気に入らねぇな」
一人呟いたその言葉は、やはり誰にも聞こえることはなく、ただ彼の胸の中にだけ残るのだった。




